#29 平和な未来
緤那と文乃が訪れたその場所には、何も無かった。空気も、水も、土も、星も、
「ーーー……ー?」
「……ーーーーーー?」
神であり、且つ創造者という存在をしったクロノスとティアマト。そんな2人と融合している緤那と文乃は、言わば神と同等の存在。融合している間は、空気も何も無い空間であっても身体に異常は起きない。
しかし身体以外に以外な支障があった。会話をするにも空気が無いため、声が響かず会話できない。
そこで緤那は、この何も無い世界を"自らの知る世界"に近付けようとした。
そのために、まず最初に緤那が作り出したのは、空気だった。
「……あー……あ、あー……聞こえる、よね?」
「ええ、聞こえてます。どうやらこの世界、生命どころか何も生まれてないみたいですね」
「だね。じゃあ文乃、ここから世界を、私達の理想郷を作ろう」
緤那は自身から見て真上に手を伸ばし、色の無かった空間に黒い宇宙を生み出した。同時に文乃は真下に手を伸ばし、自らの生きた"地球"をイメージ。緤那の作った宇宙に、文乃の作った地球が生まれた。
それからは簡単だった。宇宙には星が生まれ、太陽が生まれ、月が生まれた。地球には動物が生まれ、植物が生まれ、人間が生まれた。聖書では、神は6日間で世界を創造したが、緤那と文乃の手にかかれば数分で創造できた。しかし、緤那と文乃が手を加えるのはここで一旦終わり。後はこの世界の神として、この世界の生物達が作るストーリーを観察する。
「もう誰も戦わない、もう誰も理不尽な死を迎えなくていい、私達の理想」
「……ここに来て、全てが私達の思い通りです。つまり、創造者の目は届いていません。理想郷にするには最適ですね」
「だね……さて、今頃どうしてるかな」
「さあ……でも、世界が違っても私達ですよ。きっと今頃笑顔で生きてます」
人工物が一切存在しない原始的な世界を見つめながら、緤那と文乃は平行世界の自分達を想った。
◇◇◇
色絵町。綺羅家、エリザの部屋。室内にはエリザと光。目の前にあるテレビではアニメから飛び出した声優アーティスト達によるライブが放映されており、エリザと光は推しのメンバーカラーのサイリウムを振っている。学校だけでなく普段から比較的落ち着いている光だが、アニメ関連を視聴中且つエリザと一緒なら落ち着きを失う。その結果、
「「ふぅぅぅうううううう!!」」
室内はエリザと光の叫び、もとい歓声で、ライブ会場さながらの騒がしさと熱が充満していた。特に光のテンションは異常で、エリザと友達になる前の光と比較すれば最早別人。
因みに、まだ午前中である。
「最高だよ! もう最高だよ! 語彙力なんてもの消え失せるほど最高だよ!!」
「まだだよ光! ライブはまだ終わってない! まだまだ盛り上がるよ!!」
翌日、喉から水分を奪われたかのようなガサガサ声になっていたが、エリザと光は満足だった。
「「きたぁぁぁぁあああああ!!」」
◇◇◇
色絵町。焔のガレージ。
「はいこれ、クリスマスプレゼント」
「……っ!!」
焔がガレージから出してきたのは、愛歌の為にカスタムした世界に1台だけの自転車。この日のために焔はメーカーから新品パーツ、父親のコネで新品フレームを取寄せ、自転車の整備士資格を持つ父親監修のもと作成された。防犯登録等も既に完了していることに加え、サイズは愛歌に合わせているため、今すぐにでも乗れる。
「わわ、私なんかがこんな凄いの貰っちゃっていいの!?」
「愛歌だからいいの。どう? この後時間あるなら一緒にサイクリングでも行く?」
「行く! 行きたい!」
「よし! なら私の自転車も持ってこよ」
3年生になった焔の進路は既に決まっている。市内にある自転車屋である。とは言っても父親の知り合いの店であり、且つ店主も焔の人格も技術力も信用しているため、他のクラスメイトと違い縁故採用である。就職後は整備士資格を取り、いつかは自分の自転車屋を開くのが目標である。
同じく3年生の愛歌は、焔とは逆に進学。現時点、将来就きたい仕事などは決まっていないため、大学在学中に決める予定である。
そして2人の共通した目標もある。焔は自転車屋での仕事で、愛歌は在学中のアルバイトで資金を貯め、25歳までに結婚をする。同性婚であるため子供を産むことはできないが、もう2人は結婚を決めた。後は残り僅かとなった高校生活を満喫するだけである。
「どこ行く?」
「んー……任せる!」
◇◇◇
色絵町。唯の家。
蓮の遺影の前で合掌する唯と吹雪。室内には線香の香りと沈黙が漂う。暫く経った後に2人は目を開け、手を下ろす。
「さて、じゃあさっさと買い物行って、今日はもうゆっくりしよう」
「やね。今日こそは寄り道せずに真っ直ぐ店に行って、真っ直ぐ家に帰ろう」
先日買い物に行った際、クレープ屋の発見と同時に小腹がすいたため、唯と吹雪は寄り道。その後も寄り道を2度3度繰り返し、気付けば予定していた時間よりも帰宅が遅れた。とは言え、3年生に進級した直後に同居を開始した唯と吹雪。帰宅が遅れたところでそれを叱る家族も他に居ない。
ところでなぜ2人は同居を始めたのか。その理由は焔と愛歌同様、結婚を前提としているためである。とは言え焔と愛歌はまだ同居していないが。
同居前、吹雪の家族は猛反対すると考えていたが、両親は迷うことなく許可を出し、光も「相手が唯なら問題なし」という結論に至り許可。思いのほか簡単に同居生活を開始できた。
「あ、そうや唯! まだ今日の分してない!」
「おっと、じゃあ今日の分……」
同居を開始した2人は、1日1回キスをするように心がけている。その行動には特に大きな理由は無い。
高校卒業後、唯と吹雪は自営業として花屋を経営しようと考えている。取引先などに関しては樹里の紹介もあることに加え、樹里の花屋でアルバイトをしていた2人を町の人々は知っている。人脈もある程度はあるため、場所さえ確保できれば店は開ける。とは言え名が知れるまでには時間もかかり、経営が上手くいくとも限らない。故に2人は花屋を経営する傍ら、副業も並行して進めていくつもりである。因みに副業はまだ決まっていないが。
「さ、行こ」
「うん」
◇◇◇
色絵町。緤那の家。
「え、それ本当ですか?」
「本当だよ。でも、思ってたより驚かなかったね」
「いえ、驚いてはいるんですけど……不意打ち過ぎて身体が反応しないというか……」
「まあ驚いてくれてるならいいや」
それは突然すぎる報告だった。
緤那の家で劇場版のアニメを見終わり、浸っていた余韻が引き始めた頃、緤那は自らの歩む進路を文乃に話した。緤那が卒業後に就く職業。それは小説家である。実はアランの小説を父親に預けた際、緤那も自らが執筆した小説を預けていた。死を目前に控えているにも関わらず原稿を書くアランに触発され、「私も書いてみたい」と思い立ち、気付けば本2冊分の原稿を書いていた。そしてアランと同時期に、編集部からの応答を受け取っていた。
編集部、もとい編集長から受け取った文書にはこう書かれていた。「君をデビューさせる」と。内容等はまだ若干荒削りだが、ストーリー自体はかなり面白い。このまま自らの世界を展開し、且つ進化を続ければ、君は確実に我が社の看板作家となる。否、させる。と。
若干胡散臭いとも考えたが、父が直接持ってきた上、編集長直筆のサインも書かれている。多少胡散臭くとも、編集長からそう言われれば嫌でも自信が湧く。舞那は社の看板作家、看板娘となるため、アランに負けないくらいの努力を積むつもりである。
「アランみたいな才能が無い私はデビューまで時間がかかるから、それまでは編集社でアルバイトして、知識と経験を蓄えて堂々とデビューしたい。私が小説家になれるまではそんなお金も無いし、結婚するのもかなり後にはなるかもしれない」
「いいですよ。私は舞那さん以外の人を愛しませんから、舞那さんが待てと言うならいくらでも待てます。それが例え50年後でも、私は一切不満を抱くこと無く待ち続けます」
文乃は現在2年生。未だ進路については漠然としており、進学か就職かさえも未定。しかしその後についてはもう決まっている。緤那との結婚である。何年費やしても構わない。緤那と家族になれるのなら、どんな過酷な人生を送るとしても耐えられる。
「そっか……なら、私も頑張って、なるべく早く小説家にならなきゃ」
「でも頑張りすぎて体調崩すのもダメなので、程々でお願いしますね」
◇◇◇
10ヶ月前までは、常に死と隣り合わせの生活を送ってきた。しかし敵対するプロキシーが全滅し、プロキシーも今では神として世界の管理を行っている。もう戦う必要は無い。もう戦いの事を考える必要は無い。もう誰もプロキシーによる理不尽な死を迎えることは無い。そう理解した途端、緤那達はプレイヤーではなくただの少女に戻った。趣味に、娯楽に、交友に時間を費やし、まるで戦いというものを知らずに生きるごく一般的な少女のように生きている。
管理の傍ら、プロキシー達はかつての
もう緤那達は戦わない。
もうこの世界で戦いは起きない。
確定した平和な未来を見たナイアは、静かに微笑んだ。
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