#24 寒色の世界

 時間は少し遡る。

 カナンの能力で緤那達が別々の場所に移された後、場所が変わらなかった舞那とカナンは一触即発の状態にあった。そんな中で、舞那は突如カナンに声をかけた。


「海影さん、やり合う前に少しだけ時間くれる?」

「ん? もしかして怖いの?」

「怖くはないけど……本気を出す準備だけさせて。本気で挑んでくる海影さんには、私も本気で向き合わないといけないから」

「……いいよ。まあでも、本気出したところで私には勝てないだろうけど」

「ありがと。じゃあ少しだけ……」


 舞那は目を瞑り、大きく息を吸いゆっくりと息を吐いた。



 ――ローディング!



 読み込んだのはカナンの記憶。

 舞那はカナンの情報を既にメラーフから聞いていたため、その情報だけあれば十分だと決めローディングはしなかった。しかし創造者に干渉し、創造者に近い存在となったカナンと同等に戦うためには、カナンの記憶を読み込む必要があった。


「……おまたせ、私の準備は整った」

「そう……なら始めよう、まあ、すぐに終わるんだけどね」


 《舞那の四肢は切り離された》


 創造者の能力を使い、カナンは見えない紐状の何かで舞那の四肢を縛る。四肢を引くその紐の力は強く、舞那はその痛みに眉を顰める。そしてそのまま紐は四肢を引き続け、最終的に舞那の四肢は切り離さ


「なーんて……切り離せるとでも思った?」

「え……?」


 舞那の四肢を引っ張っていた筈の紐はいつの間にか消え、苦痛に歪んでいたはずの舞那の表情は嘘のように冷めていた。




「っ!?」


 突如現れた不可視の紐がカナンの四肢を縛り、一瞬で訪れたその痛みにカナンの身体から汗が噴き出た。


「嘘……なんで私なの!」

「……そういや、詳しく言ってなかったね。私の使う能力について」


 四肢を引く紐の力は突如消え、痛みから解放されたカナンはその場に膝をつく。


「私の能力の名前はローディング。対象の記憶を読み取ることで、その対象が使う能力を自分の身体に読み込ませる。簡単に言えば、他人の力を使える、ってこと」

「他人の力……記憶……嘘、まさか!」

「……そう、そのまさか」


 舞那はカナンの記憶をローディングした。その際、創造者に干渉したアランの記憶も同時に読み取り、アランにしか使えないはずの能力である"創造者への干渉"を自らに記憶させた。

 自らの思い描く通りに物体を出現させ、自らの思い描く通りに物体を破壊し、自らの思い描く通りに事を進める。創造者という存在に抗い、創造者という存在に直接干渉したことで漸く得られたカナンの能力。その能力も、今ではカナン1人のものではなくなってしまった。

 そう、舞那も創造者に干渉する力を得たのだ。


「嘘だ、ありえない、あっちゃいけない! この力は私だけの力! 他の誰にも使わせない!」

「海影さんだけの力? なに寝ぼけてんの……そもそもこの力は創造者のもの。海影さんが開花させた才能じゃなく、他人から借りることで漸く使え」

「うるさい! 私の……これは私の力だ!」


 《舞那の身体は突如破裂した》


「……言っても無駄か」


 《舞那を攻撃する言葉は消え去り、代わりにカナンの身体が破裂した》


 《カナンは危機一髪で破裂を逃れ、本から出現したアクセサリーが一斉に舞那を狙う》


 《舞那を狙ったアクセサリーは数メートル手前で爆散した》



 創造者に干渉した者と、創造者に干渉した者の記憶を読んだ者。2人の発する言葉が、2人の綴る文字が攻撃となり、常人では理解できない次元の戦いが繰り広げられる。


 望んだだけで技量を超えた力を肯定し、望んだだけで技量を超えた力を否定する。

 望んだだけで1を生み、望んだだけで0に還す。

 望んだだけで天は地となり、望んだだけで下は上となる。

 望んだだけで白は黒となり、望んだだけで陽は陰となる。

 望んだだけで未知は既知となり、望んだだけで有は無となる。

 望んだだけで理想は現実となり、望んだだけで真実は空想となる。

 望んだだけで進は退となり、望んだだけで死は生となる。


 舞那とカナンを取り囲む無数の文字は互いを壊し合い、文字が壊れる度に世界は知らず知らずのうちに歪んでゆく。

 色絵町で戦う緤那達も、雪希達も、誰も世界の歪みには気付かない。それもそのはず、景色と同時に理が歪めば、誰も歪んでしまった理に抗えず、否定するはずの現実が否定するものではないと感じてしまう。


 舞那とカナンの戦いは終わりが無い。言わば無限と無限の戦い。終わりなど来るはずが無い。

 死は生となり、進は退となる。

 例えどちらかが死んだとしても、その死は生となり、再び生きて戦いを続ける。

 例え1000年の時間が過ぎたのしても、その進は退となり、1000年分の時間を巻き戻しながら戦いを続ける。

 永遠。永久。無限。混沌。終わりの無い戦い。終わりの来ない戦い。いつしか舞那とカナンは時間というものを忘れ、互いが互いを消すことだけを考えた。


 しかし終わりが来なければ永遠に平和は訪れない。止めてしまった色絵町の時間、世界の時間は、永遠に前に進まない。

 舞那は見計らった。カナンの身体が壊れ、再生するまでの一瞬。確実に隙が現れる一瞬を。簡単ではない。簡単にできるのであればもうとっくに終わっている。


(まだ……)


 これでカナンの死は何度目だろうか。


(まだ……)


 これで舞那は何度死んだのだろうか。


(まだ……)


 あと何回カナンを殺せばいいのだろう。


(まだ……)


 舞那はあと何回死ねばいいのだろう。



(今!!)



 カナンの頭部が破裂し、2人の間の距離は1秒未満で詰められる。

 この絶好のチャンスを逃してはならない。このチャンスを逃せば、舞那の心は壊れる。



(行けええええ!!)











 緑と紫のベッド。

 空は白く、浮かぶ雲は黒い。

 壁面は紺。

 カーテンは灰。

 視界に映るものが所々霞んでいる。


 ここは、カナンの心の中。精神世界である。


「……戦いの最中なのに、何で私の中に入って来たの?」


 ベッドの上で蹲るカナンの前に現れたのは、部外者である舞那。ここはカナンの精神世界であるため、本来ならばカナンと、融合しているアラン以外は立ち入れない。にも関わらず、舞那は確かに目の前に存在している。

 カナンの身体が死に、再生するまでにはラグが生じる。その間、カナンは無防備になる。舞那は無防備になる一瞬を狙いカナンに接触、精神世界に来訪した。

 今この場にアランは居ない。故にカナンは融合前の姿。対する舞那も、精神世界の中では変身前の姿である。


「いやぁ、ちょっとお話でも、と思ってね」


 ふざけているのか。そんなことを思いながら、カナンは膝を抱える手を強く握った。


「戦う前にしたでしょ。もう話すことなんて何も無いはずよ」

「確かにした。けど、あれはアランと融合した海影さんとの会話。今から始めるのは、海影さんとの会話。アラン抜きでお話ししましょう。それにしても……」


 配色が異常な世界を見渡し、舞那は胸焼けでも起こしたかのような表情を見せた。


「あまり、綺麗な世界じゃないね」

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