#21 カナンの分裂

「っ!」


 再び動き出した緤那達は、一瞬で変わった視界に驚く。しかし時間が止められていたのだとすぐに理解し、落ち着きを取り戻した。


「そこの3人、海影さんを救いたいんでしょ……なら、私の指示に従って」

「はぁ!?」

「従って!」


 舞那の声に若干畏縮した緤那達だが、舞那の発言から「カナンを救う術があるのだと」理解ししぶしぶ従った。


「分かった……何をすればいい?」

「……一先ずは、一緒に戦って」


 舞那と緤那達の間に、カナンは居る。舞那と緤那達が手を組めば、挟み撃ち状態のカナンは不利。


 《カナンは分身した》


 カナンは能力を発動し、自らの本にすら書かれていない力を使用した。その力は、分裂。その名の通り身体を分裂させ、分裂した身体のパーツから新たなカナンを作り出す。

 能力を発動したカナンの身体は4つに裂け、身体は4等分。しかし直後に分裂した身体からカナンが生まれ、最終的にカナンは分身した。その様子はさながら、切られた箇所から再生するプラナリア。記憶を保持し、分裂した、4人のカナン。


「創造者に干渉した今、私にできないことは無い……だからこんなこともできるんだぁ」

「へぇ……これで4対4、公平でいいと思う」

「本当に公平かな? 分裂した私はオリジナルの私と殆ど同じ……強いよ」

「……じゃあ死なないの?」

「オリジナルの私は死なない。けどさすがに、分身の私は死んじゃうみたいよ。まあ、ナイアとセト、それにアイリス……その3人の力じゃ殺せないかな」


 分身したカナンのうち、舞那と対面しているのが本体。とは言え残りの3人は「創造者に干渉する前のカナン」と同等の力を持っているため、戦闘能力自体はかなり高い。


「……志紅さん達はその個体を殺して。分身は殺しても本体は死なないみたいだから……手加減しないで」

「……本当に、カナンは救われるの?」

「信じなさい。私にできないことなんて無いから」

「……なら、信じる。文乃、エリザちゃん、勝つよ!」

「はい!」「うん!」


 《各々を別々の場所に移動させた》


 カナンは能力を発動し、対面する各々を別々の場所に移動させた。

 舞那と本体のカナンは移動無し。

 緤那と分身Aは小学校の校庭。

 文乃と分身Bは河川敷。

 エリザと分身Cは国道。

 各箇所間の距離は遠く、戦いを終えて加勢するにも少し時間がかかる。加えて緤那達はこの世界の住人ではないため、自らが置かれた場所から移動しようにも場所の特定に時間を費やす。


「別々の場所に移動させた、のね」

「こっちの方がり易いでしょ」

「……確かに。メラーフ、必要になったら呼ぶから、どっか行ってて」

「扱いが酷いな……まあいいけど」


 メラーフは舞那の命令に従い、舞那の手の届かない場所に移動した。


「プレイヤーが力を取り戻したのは予想外だったけど、問題は無い。舞那あなたを殺して、プレイヤー全員を殺せばそれでいいから。それに、もしかしたら案外簡単にプロキシーに殺られたりしてるかも」

「生憎、私達はそんなに弱くない」

「けど最後の戦いから今日までブランクがある。満足に戦えないんじゃない?」


 カナンの予想は正しく、戦いと戦いの間に大きなブランクがある。メラーフのバックアップで当時と同等の身体を取り戻したとはいえ、記憶に身体が追いついてくるかは微妙。


「……そっか、海影さんは知らないのか」

「え?」

「この世界のアクセサリーには便利機能があってね、オートプレイ、って言うんだけど」

「オート……プレイ……?」


 アクセサリーに記憶された戦いのデータが、プレイヤーの身体を自在に動かす。かつて舞那達がプレイヤーになってすぐの頃は、よくオートプレイの世話になった。


「私達は最初から強かった訳じゃない。オートプレイで身体を慣らせて、暫くしてから自分の意思で動くようになった。まさか、オートプレイがこんな形で役に立つとは思わなかった」

「まさかそんな機能が……けど、あなたを殺せば全て解決する」



「……何度も言わせないで。私、強いのよ」


 ◇◇◇


「はあっ!」


 緤那の回し蹴りを、カナンは結界の能力で防御する。かなり強固なはずの結界だが1回の蹴りで壊れ、カナンは再度結界を貼った。


「どうしたの! 防戦一方だなんて、世界を壊すとかかしてたにしては無様じゃない!?」

「戦い方は人それぞれでしょ。私はあなたみたいに下品に脚広げて戦うようなキャラじゃない。ショーツだって丸見えよ、はしたない」

「なーにお嬢様気取ってんのよ病弱女!」


 緤那は地面を強く蹴り加速。カナンの目では追えぬ速度で飛び蹴りを放ったはずだったが、カナンは結界を何重にも重ねていたため無傷。

 寧ろカナンは、緤那が蹴りに来たこの一瞬を狙い、別のページにライティクルを集約させていた。


「アクセサリー、ジャマダハル!」


 そのページに綴られたストーリーは、アビィ。カナンは開いたページからアビィのアクセサリーであるジャマダハルを取り出し、自らの右手に装備。蹴りの直後、無防備な緤那に向けて突き出した。


「あなたの処女膜ごと穿いてあげる!」

「なんて下品な!」


 緤那は結界に触れた脚に力と体重を込め、後方に加速。寸前のところで回避した。


「というか、それ吹雪のアクセサリーじゃん。カナンってエリザちゃんと似た能力なの?」

「似てるけど全く違う」

「んー……よく分かんないや!」


 緤那は再度加速。カナンを守る結界を数枚破壊した。


(さっきよりも速い……なら!)


 カナンは別のページにライティクルを集約させ、能力を発動。その能力は、アウェイクニング・ルーシェの闇。

 緤那の背後から青みがかった黒い闇が迫るが、緤那は闇の発動にも気付かなければ迫り来る闇にも気付かない。


(これで終わり!)





「悪いけど、その未来は私が望む未来じゃない」


 緤那はフォルトゥーナの能力である運命の確定を発動しており、闇が迫り来ることを既に知り、知った上で飛び蹴りを放った。

 緤那は結界を踏み台にして加速。闇が緤那を飲み込むよりも先に、緤那はカナンの前から居なくなった。反応できなかったカナンは闇の使用を中断する暇もなく、カナンが生成した闇は不覚にもカナンを守る結界を消滅させてしまった。


(やば……!)





「私の望む未来は……これだ!」


 緤那はカナンの後方から加速し、僅かに残った結界を破壊。同時に進路を変更し、別角度からカナンを攻撃。さらに別の角度から攻撃、さらに別の角度から攻撃。徐々に加速していく緤那の姿を視認できぬまま、再生不可能なカナンの身体は死に近づいていく。


「アクセラレーションスマッシュ、神速!」


 連続して受ける飛び蹴りにカナンの身体が浮いた頃、緤那は最後の加速でカナンに飛び蹴りを放つ。

 最後の加速は音速に達し、その一撃でカナンの身体は遠くに吹き飛ばされた。飛ばされる直前にカナンの身体は少しバラけ、肉片と血液を撒き散らした。


「まだ!」


 緤那は再度加速し、飛ばされたカナンのすぐ真上に到達。


「念には念……を!」


 上空で身体を回転させ放った踵落としで、カナンの身体は急降下。路面に激突し、内臓を散乱させた。

 カナンは最後の蹴りの時点で死んでいたため完全なオーバーキルであるが、創造者に到達したカナンは脅威。オーバーキルで確実な安心を手にしたかったのだ。


「……よし、こっちは終わった。文乃かエリザちゃんに合流しなきゃ」


 緤那は一先ず加速し、どの方角に居るのかが分からない文乃とエリザを探した。


 ◇◇◇


 一方、河川敷。


「セト……見た目は変わってるけど、さっきのを見る限り能力は風。悪いけど、私セトには負ける気しない」


 文乃と対面するカナンは自信に満ち溢れていた。なぜならアランとセトの戦闘力には大きな差がある。プレイヤーと融合しているとは言え、その差は埋まらない。寧ろカナンという最高の器を見つけたアランの戦闘力は異常に向上している。

 先程文乃が放ったストームブレイクを見た時、セトが風の能力を維持していることを理解した。そして確信した。勝てると。


「……さっきは敵か味方かも分からない状況だったけど、今はもう敵か味方かハッキリしてる。もう容赦なんてしない」

「へぇ、じゃあ見せてみてよ」

「いいよ。どうせあなたは分身……言い残すべきことも無いよね」


 文乃はカナンに対して手を翳すが、カナンは涼しい顔を維持している。その表情からは鬱陶しい程の余裕が感じられるため、文乃は苛立ちで眉を潜めた。


「余裕は敗北を招く……だから早く死んじゃって」


 その時、地面から4本の黒い鎖が生え、一瞬でカナンの四肢を縛った。

 セトは風の能力。アクセサリーはハイヒール。鎖を操る力なんて持っていない。それどころかこの鎖には見覚えがある。


「これは……ゾ=カラールの……!」

「そう。魂を束縛する鎖。いくら強い能力を持っていても、この鎖からは逃れられない。アラン、プロキシーのあなたなら知ってるでしょ?」


 カナンの身体は徐々に下に引っ張られ、痛みと屈辱でカナンの顔が歪む。


「セト……ごときがぁぁぁぁ!!」

「ストームブレイク……旋風!」


 四肢を縛られ、鎖に抗おうとするあまり、カナンは能力発動の媒体であるアクセサリーを手放していた。

 即ち、


「地獄で悔いなさい。私に、敵意を向けたこと」


 カナンは文乃のストームブレイクを防御できず、脳が死を受け入れるよりも先に身体は風に消された。


「分身、とは言え……思ってたよりもずっと弱かったな……」

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