#20 在りし、在る色彩
色絵町、廃材置き場。
「プロキシーが現れるとは聞いてたけど……まさか本当に、それにタイミングまで完璧なんてね」
「さすがに引きますね……でも、嫌な気はしないです」
プロキシーの群れを前にして、心葵と千夏は落ち着いた様子で言葉を交わす。
心葵は右手に灰のハルバードを握る、左手に紫のチャクラムを握る。対して、隣に立つ千夏は両手に紫のチャクラムを握っている。
「嫌な気……しないの?」
「はい。だって私の隣には心葵さんがいますから。そう言う心葵さんだって、あまり嫌そうな顔には見えませんよ?」
「……かもね。前の戦いでは死んじゃったけど、もう私は負けない。千夏のためにも、舞那のためにも、私達の未来のためにも、目の前の群れを一匹残らず潰す」
「ふふ……心葵さん、かっこいい」
◇◇◇
色絵町、商店街。
「……そういや、私が最初に翼を生やしたのってここだったっけ……」
商店街のゲームセンター前で、龍華はかつての戦いで翼を生やした時のことを思い出していた。
あの日、龍華は人であることを捨てた。人であることを捨て、神の力を解放した。それも今や過去の話。今の龍華は平和の中で生きているつもりである。
しかし一時的に平和は消え、色絵町に再び脅威が現れた。平和を脅かす存在は、例え相手が何であろうと龍華の敵。殺すべき対象である。
「よくも私達の平和を台無しにしてくれたわね……その罪、死を以て償いなさい」
龍華は右手に黒の鎌を、左手に白の槍を握った。
◇◇◇
色絵町、住宅街。
「まさかまた戦うことになるとはね……」
「だね。でもお陰で、あの時日向子を救えなかった私への雪辱を果たせる」
群れを前にして並び立つ日向子と沙織。日向子の手には白の槍、沙織の手には黒の鎌が握られている。
沙織の脳内には、日向子が死んだ日の光景が鮮明に残っている。そして未だに、日向子を死なせてしまったことを悔やんでいる。恐らくはこの先一生、後悔を拭うことはできないだろう。
「今度こそ一緒に生き延びるよ、日向子」
「分かってる……もう、沙織を1人になんてさせない」
◇◇◇
「本当に現れたし……しかも思ってたより数も多い」
「まったくだよ。それに、許可証も無いのに勝手にウチの学校に入って……生徒会長として罰する必要があるね」
校庭に湧いたプロキシーの群れを、理央と杏樹は校舎の屋上から見下ろす。理央と杏樹の手には黄の銃が握られている。
かつては戦いを放棄し、新たな戦いを最初は拒んだ2人だが、舞那が作った平和を守るために再び戦う決意をした。
「戦うのは久しぶりだけど、覚悟はできてる?」
「無論。寧ろ前の戦いは腕無くして戦線離脱して舞那達に迷惑かけたんだから、せめてその分は働かないと」
◇◇◇
「相変わらず気持ち悪い見た目……嫌悪感で吐きそうになる」
理央と同じように、体育館の屋上からプロキシーの群れを見下ろす撫子。
かつて自らもプロキシーになり、プレイヤーに殺される
しかし目の前に群れるプロキシーは、人間が変化したものではなく、カナンが能力で生み出した言わば偽物。元が人間では無いため、気持ちの尊重などする必要が無い。即ち、躊躇いなく殺せる。
「さっさと終わらせて帰ろ。帰って絵の勉強しなきゃ」
緑の弓を握り、撫子は息を吸った。
◇◇◇
色絵町、病院。
「雑魚に、雑魚に、雑魚……なんだ、雑魚しか居ないじゃん」
病院に湧いたプロキシーを確認する瑠花。しかしプロキシーは全て通常個体であり、代行者レベルの力を持つ個体が居ない。
「ガイとかと同じレベルの個体が居たら少しは楽しめたろうに……ま、いいけど。それにしても、私をこの場所に配置するなんて、メラーフも意地悪だな……」
この病院は、かつて雪希を殺すために侵入し、患者や看護師達を殺戮。舞那と死闘を繰り広げた後、命を落とした場所。無論、忘れた訳では無い。
「記憶的には2ヶ月、体感的には10数年……あの日から一体何年経ったんだろう。けど、未だに私の罪は消えてないんだろうな……このプロキシーの群れを全滅させたら、私の罪も少しは軽くなるのかな」
赤の刀、青の盾、黄の銃を装備し、瑠花は止まってしまった青い空を見上げた。
◇◇◇
色絵町、駅近辺。
「3回目の戦い、か。2回目の世界が終わる時に、もう戦うことは無いんだって思ったんだけどな……それも今日で終わり、今日で終わらせる」
駅近辺に群れを成すプロキシーを見つめ、3度目の戦いを実感する雪希。しかしそれ以上に、雪希は最後の戦いをこの場所で迎えられることに喜びにすら近い感情を抱いた。
「舞那を看取ったこの場所で、私の戦いにピリオドを打つことになるなんてね。最後に相応しいっちゃ相応しいか……舞那もそう思わない?」
この場所は、1回目の戦いで舞那が死んだ場所。1回目の世界で雪希が生き延び、神に等しい力を得た場所である。
記憶を取り戻した今、雪希の脳内には舞那が死ぬ瞬間の記憶が鮮明に残っている。追憶に浸れば、真横にある屋根あり駐輪場に瀕死の舞那の幻覚すらも見えるかもしれない。それ程までに怖かった。それ程までに辛かった。
しかし今、舞那は生きている。生きて、別の場所で来訪者カナンと戦っている。追憶の恐怖に呑まれれば戦意喪失の危険性もあるが、どこかで舞那が生きているのであればそれだけで雪希は恐怖を克服できる。
龍華という恋人ができても、舞那に向ける愛は変わらない。揺るがない。消えない。故に頑張れる。故に戦える。
「私、頑張るよ。龍華のためにも、秋希のためにも、舞那のためにも」
雪希は手中に隠していた銀のアクセサリーを七支刀に変化させ、深呼吸をして精神を安定させた。
◇◇◇
「……この世界の記憶では、アクセサリーは半分以上が破壊され、プレイヤーの殆どは記憶を無くしているはず! なのになぜ! この町にまだプレイヤーが存在してる!」
「僕がアクセサリーを作り、プレイヤー達に譲渡した」
「っ!?」
元々記憶を保持していた舞那、龍華。
偶然にも記憶を取り戻した龍華、心葵。
記憶を取り戻すよう促された千夏。
それ以外のプレイヤーは、1回目及び2回目の世界の記憶を取り戻せていなかった。
メラーフはカナンの行動を先読みし、カナンが創造者に到達しプロキシーを町に召喚することは既に分かっていた。召喚されたプロキシーを全て殺すには、プレイヤー達の力が必要であった。そこでメラーフは心葵と千夏に事情を説明しアクセサリーを譲渡。後に他のプレイヤーの記憶を取り戻させ、事情を説明しアクセサリーを譲渡。駒を揃えていた。
「けどプロキシーを召喚する場所なんて分かるはずが……」
「分かっちゃうんだよね……というか、召喚場所を決めたのは私なんだから」
舞那はアイリスの記憶から座標固定の能力をローディングし、プロキシーの召喚場所を数箇所に固定した。一見ランダムに見えたプロキシーの召喚だが、実際は舞那の思惑通りの召喚である。
メラーフがプロキシー召喚を予想し、舞那が召喚場所を固定。後はプレイヤー達を指定場所に配置させておけば、カナンの野望を簡単に砕くことができる。
メラーフと舞那。2人の神による共謀は、カナンとアランの野望さえも超えていた。
「平行世界の志紅緤那と綺羅文乃が旅立ち、新たな2人が訪れる今日という日を僕は待ち続けた。海影カナン、君はこの世界の時間がずっと止まっていたことに気付かなかっただろう」
「……待って……止まってたって、いつから?」
「君の体感的には、数分前。しかし僕の体感的には数分前じゃない」
メラーフが時間を止めたのは、カナンと舞那が接触する数秒前。即ち、動いた時間で言えばほんの数分前。戦いが起こる直前に世界を止めた。
時間が止められた世界の中で意識を保っていたのはメラーフのみ。状況説明のため、止められた時間の中でプレイヤーの一部は動かされたが、カナンは1度も動かされてはいない。
「僕は待った。どれだけ待っていたか分かるか? あの2人を信じ、今日という日をどれだけ待ったか分かるか?」
分かるはずがない。時間が止められた世界の中で、メラーフがどれだけの歳月を過ごしたかなど、考えたところで分からない。
1日、1週間、1ヶ月……もしかしたら1年以上待っていたのかもしれない。
「今日……という表現は変だが、今日で丁度100年だ」
メラーフは待った。いつ来るのだろうか、いつになったら来るのだろうか、そんなことを考えながら待ち続けた。そして100年分という節目に相応しい体感時間が流れた時、メラーフは「緤那達は来ない」と決め時間を動かした。
「100年待った。待ったが新たな2人は来なかった。もう来ないと思った。だから僕は時間を動かした……しかし来た! そして海影カナン、君は僕の予想通り世界にプロキシーを放った! 全てではないが、ほぼほぼ予定通りに事が進んだ、完璧な今日が訪れた!」
カナンさえも知らない力を持つ緤那と文乃、メラーフさえも知らない第3の可能性であるエリザの来訪。そして記憶を取り戻したプレイヤー達と完璧な配置。
今日が相応しい。寧ろカナンが創造者に干渉した今、今日を逃せばもうこの世界は終わる。
「今日という日は逃さない……今日で君を終わらせる! 僕達の戦いを終わらせる!」
「変身!」「変身!」
「変身」
「変身」「変身」
「変身」「変身」
「変身」
「変身!」
「変身!」
かつてプレイヤーとして戦った者達は再び光を纏い、在りし日の姿で各々武器を握った。
「色彩の少女達よ……戦え! この世界を救え!」
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