#18 透明な神と空色の神

「……? ああ、止めたのね」


 緤那達が突如微動だにしなくなったことで、止められた時間の中にいる緤那達が改めて止められたことを舞那は理解した。


「まずい状況になったね。志紅緤那と綺羅文乃、そして新たなプレイヤーの3人が、まさか海影カナンの味方をするとは」

「味方……と捉えていいのかは微妙だけどね。聞いてた話だと、志紅さんと綺羅さんがこの世界に来て、一緒に海影さんを殺してくれるんだったよね。でもどうよ、この現実。こんなんだったら先に来てた2人の方が役に立ったんじゃない? というか何でそもそも先の2人は新しい2人に託したの?」

「海影カナンさえも知らない新たな可能性を生むためだよ。しかし、まさかここまで甘い考えに浸った2人が来るとは思わなかった」


 先に来た緤那と文乃は、恋人の死という悲劇を経験したが故に、人を殺すことへの躊躇いが無くなった。しかし今回来訪した緤那と文乃、そして新たな来訪者であるエリザは、先に来た2人程の悲劇を経験していない。故に人を殺すことに抵抗をまだ抱いており、舞那曰く甘い考えを抱くようになった。


「問題はこの3人目だが……舞那、この3人の記憶をローディングできるかい?」

「無論。ただ3人同時でしょ……ちょっとだけ時間貰うね」



 ――ローディング。



 ローディングを発動した舞那の脳内に、緤那達3人の記憶が流れ込んでくる。かつてアイリスと同調した際には膨大な数の記憶を読み込み、死ぬ程の苦しみと痛みを味わったが、少女3人分の記憶を読んだだけでは体調の変化は起こらなかった。

 最初に読破した記憶は、最年少であるエリザの記憶。日本生まれ日本育ちのロシア人であり、中身はほぼ日本人。小学生の頃に、父親がエリザの友人と淫行。その情報を仕入れたエリザの母親が父親を殺し、自らも包丁で喉を刺すことで死亡。後に日本の綺羅家に引き取られ、以降は日本で暮らしている。色絵町で生きる中でプロキシーに寄生されプレイヤーとなり、数々のプロキシーを葬った。戦いの中でクラスメイトの光と心を通わせ、今では誰よりも仲が良い。そして世界のリセットを目論むカナンを追うためにクピドの力を受け継いだ。同時にカナンの歩んできた時間を知り、カナンを倒すのではなく救うべく、この世界にやって来た。

 次に読破した記憶は文乃。綺羅家の次女であり、校内でナンパされた際に緤那と出会い、後に交際をスタートする。緤那のために尽くし、緤那のために自らの時間をも犠牲にする。自らの全てを緤那のために使っている。そんな緤那がプレイヤーになり、それを追う形で自らもプレイヤーになる。戦いの中でセトが片目を失い、それ以降は戦う回数が減った。しかしカナンを追い、その後辿り着いた平行世界でゾ=カラールと融合、カナンさえも知らない進化を果たしこの世界にやって来た。

 最後に読破した記憶は緤那。父の仕事の関係上、幼少期から漫画やアニメといったものが好きであり、今では学校一のアニメオタク。容姿は驚く程に良く、アニメ好きであると学校中に知られているにも関わらず、学校一の人気を持つ……が、緤那自身は自覚していない。後に緤那のファンクラブの存在を知り、自らが人気者であるという自覚を持った。唯と出会いプレイヤーになり、幾多のプロキシーを葬った。後にナイアはアメイジング・ナイア、ナイア・エボルへと進化し、カナンを救うべくこの世界にやって来た。

 文字で表し、且つ舞那が要点として見たのはこれだけの記憶だが、実際に緤那達が経験し、舞那が読み込んだのはこれ以上に膨大である。


「……なるほど。海影さんを救うって思考に至ったのは、このエリザちゃんって子のせいみたいよ。とは言え仮にエリザちゃんが居なかったとしても、ほぼ確実に志紅さんと綺羅さんは私達と敵対してたろうね」

「そうか……海影カナンを殺せるだけの力を持つ存在を生むために、先に来た2人は別の世界に旅立ったのにな……」


 先に来た緤那と文乃は、カナンが知らない新たな力を持つ存在を作るため、2人で平行世界の壁を越えた。その思惑は見事に成功し、カナンが知らない新たな力を得た3人のプレイヤーがこの世界に訪れた。

 しかし力を得られただけで、本来想定していた緤那達ではなかった。さすがのメラーフも眉を顰め、叶うかどうかもわからない提案に賭けた自分自身の決断を悔いた。


「……今、この3人……いや、海影さんを入れて4人の世界の記憶を見た。プロキシーの犠牲になった人は少なからず居るけど、どうもプレイヤーは1人も死んでないみたい。それに、4人の世界ではプレイヤー同士が仲良しみたい……なんだか羨ましくなってくる」


 舞那がプレイヤーだった頃は、プレイヤー全員が仲間ではなかった。今では舞那の恋人である心葵と千夏も、以前は舞那と武器を交え戦った。学校こそ違えど今では親友の1人である瑠花も、かつては殺し合った仲。

 仲間として共に戦った者もいたが、戦いの中で死んでいった。或いは絶望に心を病み、戦いを放棄した者もいた。仲間が死に、離れていき、自らも人から遠ざかっていくことで、舞那の心もいつしか病んでいった。

 しかし今目の前に居る緤那達は違う。プレイヤー全員が信じられる仲間であり、仲間を誰一人として失っていない。心も病んでいない。

 舞那達とは違う。舞那達とは違い人であり続け、前の世界に帰ればその時点で戦いから解放される。体内にプロキシーの力を流し込んでいた舞那達とは違い、いつでも普通の女子高生に戻れる。いつでも平和な日常に帰れる。

 甘い考えは捨てるべき。そう言い放った舞那だが、緤那達を待つ愛歌や唯達の悲しむ顔を想像した途端、緤那達に向けていた殺意や戦意は消え去った。


「この4人の世界には、この4人を待つ仲間が居る。それも、みんな私達と同年代……できればその仲間達を悲しませたくはない。癪だけど、志紅さん達の甘い考えを後押しするよ」

「……つまりアランだけを殺し、海影カナンを生かす、ということでいいかい?」

「そういうこと」

「ならばどうする? さすがに僕の力では無理だよ」


 "自分にできないことはあまり無い"と自負しているメラーフだが、プレイヤーからプロキシーを引き剥がすことはできない。なぜならばカナンはこの世界の人間ではなく、同時にプロキシーのシステムが、メラーフの作ったプロキシーのシステムとは異なる。故にメラーフでは、舞那の思惑を叶える手助けはできない。


「……忘れちゃった? この世界に存在する神はメラーフ1人じゃない。ならメラーフができなくとも、"もう1人の神"ならできるかもしれない」

「……忘れるはずがないさ。ただ不安だった。君が、僕にできないことをできるかどうかをね。でも安心したよ。君が"もう1人の神"であることを自覚し、その力を信じてくれていて」


 2回目の戦いで最後まで生き残り、神に等しい力を得たのは舞那。それ以前に舞那の前世は神であり、ローディングという力も神との同調あってのもの。

 舞那が3回目の世界を作り、メラーフに自らのアクセサリーを預けた時点で、舞那は神の力を失いメラーフは唯一神になった。

 しかしメラーフから自らのアクセサリーを受け取り、再びプレイヤーとしての力を得た時点で、舞那はメラーフと同等の存在になった。

 即ち、世界の記憶さえも変えられる神の力を得た。舞那が望めば、不可能かと思われることも叶えられる。


「海影さんは死なせない。志紅さん達も死なせない。もう……誰も悲しませたりしない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る