#17 金糸雀の介入

 色絵町上空。

 絵の具で塗られたような青一色の空に、虹色のモノリスが出現。モノリスは眩い光を放ち、光の中から3つの人影が現れた。

 1つは緋と白の少女。

 1つは花萌葱と黒の少女。

 1つは空色と金糸雀の少女。


 舞那とカナンの戦闘に気を取られていたメラーフは3人の来訪者に気付かなかった。






「止まってる……まさか時間が止まってるの?」


 来訪者の1人であるエリザは他のプロキシーの能力である"千里眼"を使い、上空から色絵町を眺める。初めて訪れた世界の初めて訪れた場所であるため、地理に関しての知識は皆無。しかし見ているだけで、色絵町に起こっている異変にだけは気付いた。


「時間が? でも、私達動けてるよ?」


 エリザの発言に、来訪者の1人である緤那は疑問を抱いた。

 時間が止まってる、ということは、同じ世界に存在している自分達も止まるはず。にも関わらず自分達は動け、こうして会話もしている。

 そんな緤那の疑問に、来訪者の1人である文乃は的確な仮説を立てた。


「私達が来る前から止まってたとしたら、私達が訪れたのは"動いている世界"じゃなくて"止まってる世界"になります。もしかしたら何らかの理由で、この世界の誰かが時間を止めているのかもしれません。けど私達は止められた世界に介入、既に発動した時間停止の影響を受けなかった……と思われます」


 文乃の仮説は当たっているが、現時点この3人がその仮説を証明する方法は無い。


「あ……あ! 居た!」


 突如声を上げ、どこかを指さすエリザ。エリザは千里眼の力で遠くのものも見えているが、千里眼を使えない緤那と文乃はエリザが何処を指しているのかさえ分からない。

 とは言え、エリザが何を指しているのかは分かる。それはこの戦いを終わらせるべく追ってきた存在、海影カナン。


「カナンは動けてる。それに、誰かと戦って……っ!!」


 エリザは驚きのあまり口元を押えた。そう、エリザはカナンの下半身が細かな肉片に変えられた瞬間を見てしまったのだ。


「エリザちゃん、どうかした?」

「カ、カナンが……カナンが殺される!」

「「っ!!」」


 ◇◇◇


「言ったでしょ、私はもう誰にも負けないって」


 カナンの首を掴む舞那は、斬っても斬っても再生するカナンの殺し方を考えた。そして考え出してすぐ、効果的かと思われる残酷な方法を思いついた。


「そうだ……脳を一瞬で細切れにしたら、さっきの力も使えずに大人しく死んでくれるのかな?」

「っ!?」


 童顔且つ低身長。カナンから見た舞那の第一印象であり、同時に「弱そうだ」と思った。しかしその見た目とは裏腹に、カナンを殺せるかもしれない方法をいとも簡単に考え出し、声色を全く変えずに発言した。


「悪く思わないでよ、海影さん。あなたは私の敵で、この世界の敵なんだから」


 頭部を細切れにされた時、カナンは再び生きるのか、それとも死ぬのか。それはカナン本人にも分からない。その理由は単純に、今まで頭部を細切れにされたことがないから。

 カナンとアランの力は最強。誰にも超えることはできない。しかし仮に頭部を細切れにされ創造者への干渉ができなければ、その時点でカナンは死ぬ。志半ばで尽きるというのも味があるが、そんなことカナンにとってはいいことではない。


(どうにか対策を……!)


 カナンは片手で本を開くが、上手く捲れず打開策となるであろうページが見つからない。

 ページが見つからず焦るカナン。その焦りを察した舞那は、対策を取られる前に終わらせようと鉄扇を構えた。



 しかし突如、光の翼は舞那の意思に関係なく黄のアクセサリーの能力"未来予知"を発動し、これから起こる未来を舞那の脳内に読み込ませた。

 数秒後に舞那は、何者かによって背後から高速の飛び蹴りを食らう。その速度は、間違いなく銀のアクセサリーの能力である高速移動よりも速い。


 ――ローディング、硬化!


 舞那は急遽ローディングを発動し、白のアクセサリーの能力である硬化を自らに付与。後ろからの強い衝撃に備えた。


「アクセラレーションスマッシュ、神速!」


 地面に降り立った緤那は、アクセラレーションスマッシュを発動。降り立った足でそのまま加速し、音速未満の飛び蹴りで舞那を攻撃した……のだが、攻撃を受けた舞那を見て緤那は仰天した。

 フォルトゥーナと融合した緤那のアクセラレーションスマッシュは、助走次第で音速にも達する。並のプロキシーであっても、音速の域に達した緤那の蹴りを食らってしまえば、身体は人の形を保てない。

 しかし緤那の蹴りを受けた舞那は、衝撃で前方に飛ばされこそしたが人の形を保っており、それどころか外傷が見当たらない。意識も失っていない。


「ストームブレイク……旋風!」


 飛び蹴りを受けて尚、舞那は硬化を維持していた。故に舞那の死角から放ったはずの文乃のストームブレイクを受けても、多少バランスを崩しただけでダメージを与えられなかった。


「嘘……」

「私の攻撃も、文乃の攻撃も効かないなんて……」


 平行世界のプロキシーを一方的且つ短時間で絶滅させた緤那と文乃。その力は確かに強大であり、本人もそれを自覚している。

 しかしその力をもってしても舞那に外傷を与えることができず、緤那と文乃は仰天どこらか落胆した。


「時間は止めてるはず。なのに動いてる人が2人……止められた時間の中に偶然介入してきた存在、つまりは海影さんと同じってことね。けど力だけ見れば、海影さんよりも弱いかな」


 舞那は緤那と文乃を分析し、敢えて2人にも声が聞こえるようにわざと大きめの声で考えを漏らした。


「私を攻撃した、ってことは、海影さんを救いたかった、ってこと。つまり……2人は海影さんの仲間……ってことでいい?」

「……仲間、とは言えない。けど私達はこの世界に来る前に決めた。カナンは死なせない……戦いの火種になりかねないアランは殺したとしても、カナンは絶対に死なせない」


 カナンが緤那達の前に現れた時、緤那達はカナンがどんな人間で何を考えて世界のリセットを望んだのかが分からなかった。しかしカナンを知っているクピドがエリザと同調し、エリザがカナンを知った。そしてエリザは世界と世界の狭間を彷徨う最中に、緤那と文乃へカナンという人間がどんな人間なのかを聞かせた。

 カナンがこれまでどんな苦しみを味わい、どんな思いで生きてきたのかは分からない。しかし少なくとも緤那と文乃は、カナンはアランという麻薬に取り憑かれた悲劇のヒロインだと考えた。アランを引き剥がせば、恐らくカナンはいつ死ぬかも分からぬ状態で再び寝たきり生活を送ることとなる。しかし放っておけば幾つもの世界が犠牲になる。

 そこで緤那達は決断した。アランを殺しカナンを救出。ベルの能力である細胞操作で何とかして病気を克服させ、また外を駆け回れる身体にさせてあげようと。そのためにはアランだけを殺す方法を模索しつつ、カナンを殺さないよう守り抜く必要がある。故にカナンを殺そうとした舞那を攻撃した。


「まさか……あなた達に助けられるなんて思いもしなかった」

「カナン、下半身が……そっか、それが創造者への干渉って力か」


 細切れにされた下半身は既に再生。額に湧いた汗を拭いながら、カナンはゆっくりと立ち上がった。エリザ経由でクピドから得た「創造者への干渉」という力を知っていた緤那達だが、外傷の帳消しという人知を超えた力を前にして漸くカナンとアランの強さを知った。


「私のことを知ってるってことは、あの世界のプレイヤーね。どうやって追ってきたの?」

「私がクピドと同調して、神と同等の存在になって世界を越えた」


 カナンの背後に降り立ったエリザが、落ち着いた声でカナンの質問に答えた。緤那達の情報や声を把握しているカナンは、振り向かずとも背後に立っているのがエリザだということが分かった。


「クピドは死んだはずよ、アイリス……いや、エリザって言った方がいいね」

「……確かに、クピドの肉体は既に滅びた。けどクピドの魂は滅びずに残留して、私達を観察していた。戦いだけじゃない。カナンが今までどんな生き方をしてきたか、とかね」


 エリザの発言を受け、カナンの表情に影がかかった。


「……私がどんな人生を歩んできたか、知ってどうするの? 同情でもしてくれるの? 世界を壊す手伝いでもしてくれるっての?」

「それは無理。クピドは私に、カナンを救ってほしいとしか頼んでない。救うことと世界のリセットを手伝うことは違う」

「救う……? 何から? どうやって?」

「カナンの身体を治して、近付いてくる死と満ち溢れた絶望から救う。私の中には、細胞を操作する力がある。その力を使えば、カナンの身体を治すことだってでき」

「できない」


 エリザの発言を遮り、カナンは断言した。遮られたことよりも断言したことに驚愕しつつも、エリザは再び言葉を紡いだ。


「やってもないのに決めつけちゃダメだよ。治る可能性だって十分にあるんだから」

「だからぁ……無理なんだって」


 呆れと苛立ちの混ざった声で再び断言したカナンは、本を開き1つのストーリーをエリザに見せた。


「私のアクセサリーはこの本。私はこの本に綴られたストーリーを読むことで、そのストーリーに登場するプロキシーの力を使える。無論、ベルの能力である細胞操作だって綴られてる」

「っ! なら使えば」

「だーかーらー! ああもう! なんで分かんないかなぁ!」


 カナンは語気を荒らげ、苛立ちのあまり頭を搔く。


「細胞操作はもう試した! 試した結果、私の身体は完治しなかった! アランと融合しなくとも少しは動けるようになったけど、確実に死は近付いてる!」

「た、試したの……?」

「そう! 私の身体は細胞を操作したくらいじゃもう治らない! だから! もう誰も私を救うことはできない! 世界一の腕を持つ医者も、神がかった力を持つプロキシーでさえも!」


 細胞操作により、カナンは外を歩く程度には回復している。しかし駆け回ることは勿論、物を遠くへと投げ飛ばすこともできない。病死の猶予が多少延びただけで、プロキシーの力だけではここが限界だった。


「……でも、私はカナンを救いたい。仮に残り短い人生だったとしても」

「救ってどうする?」

「残りの時間を楽しさで溢れさせる。誰かと敵対して、誰かの命を奪って、誰かから嫌われたまま死んでいくなんて……可哀想過ぎて見てられない」


 救いたいというエリザの言葉を聞き、これまで黙っていた舞那が会話に介入した。


「ならどうやって救う? あなた達のことは知り合いから聞いてるけど、あなた達はプロキシーと融合することで今の姿を保ってる。言わば今のあなた達は人でありプロキシー。そんな状態でアランだけを殺してカナンを生かすことなんてできるの?」


 融合状態のプロキシーだけを殺し、プレイヤーだけを生かす。そんなことはできない。なぜなら、プロキシーとプレイヤーは言わば一心同体。プロキシーの死はプレイヤーの死であり、プレイヤーの死はプロキシーの死。過去幾度となく融合し戦ってきた緤那達も、それは十分に理解している。


「そ、それは……」

「方法が分からない? 分からないのに救うとか言ってるの?」

「……救う方法だって、模索すれば見つ」

「考えが甘いのよ!」


 舞那の容姿からは想像もできないような強い声に、エリザは勿論カナンでさえも畏怖した。


「あるかどうかも分からない打開策を見つけるのにどれだけ時間を費やす? それだけの時間があれば世界なんて簡単にリセットできる。何十億の命が住むこの世界と、プロキシーと融合したたった1人の女の子……あなた達はこの世界を捨ててもカナンを救いたいの? 1つの世界と1人の少女を天秤に掛けて、あなた達は恐らく迷うでしょう。けど私はそもそもその2つを天秤に掛けない。天秤に掛ける価値さえ無い問題だから」


 トロッコ問題、というものがある。

 制御不能に陥った走行中のトロッコは、このまま直進すれば5人の作業員を轢き殺す。その時、偶然分岐点に居合わせたA氏が分岐器を操作し、トロッコの進路を変更。しかし新たな進路には1人の作業員が存在し、トロッコは5人の作業員の代わりに1人の作業員を殺してしまう。

 問題によっては作業員が一般人であったり、そもそもトロッコではなく乗用車である場合もあるが、いずれにせよ人は確実に死ぬ。

 この問題では、上記のA氏の行動で5人の作業員が助かる代わりに1人の作業員が死ぬ。そのA氏の行動は正しかったのか、或いは5人を助けるためには仕方なかったと許されるのか、といった個人の意見が求められる。因みに舞那は迷うことなく「許される」と答えた。可能な限り多くの人間を助けたいという考えによる回答だ。

 作業員を誰一人犠牲にしないという第3の回答が無いように、世界とカナンの両方を救うという考えは舞那に無い。しかし期せずしてトロッコ問題と似た状況に立たされた緤那達は、未だに第3の回答を模索している。


「先に言っておくけど、もしもあなた達がこの世界を見捨てるのであれば、この世界の代表として私があなた達を殺す」


 脅しではない。仮に緤那達が舞那の世界を見捨てれば、舞那は躊躇いなく緤那達全員を殺す。


「天秤に掛ける価値が無いなんて、それはあなたの個人的な意見でしょ」

「カナンを救うのも個人的な意見よ」

「~っ! ああもう! 何なのよアンタ! カナンがどんな人生を歩んできたなんて知らないくせに!」

「知ってるよ。病気のせいで寝たきりの生活を送ってきたんでしょ。1人では歩くことも起き上がることもできない、糸の切れた操り人形だった」


 舞那はカナンの記憶を既にローディングしており、カナンが紡いできた記憶を全て理解している。

 世界のリセットを防ぐためにカナンを犠牲にする。カナンの記憶を知った上での判断である。


「あなた達、人殺したことないでしょ?」

「はぁ!? ある訳ないでしょ!」

「私は……私達はあるよ。何人も、何人も、何人も何人も何人も殺した。数え切れないほどにね。せどあなた達はそんな経験無い。人を殺した時の気持ちなんて分からない。分からないからそんな甘い考えが簡単に浮かぶ。この際だから教えておくよ……甘い考えは死に直結する。死にたくなければ甘えは棄てなさい」


 緤那達はこれまで、プロキシーは殺してもプレイヤーは殺さなかった。なぜなら人は守るべきもの、殺す理由がない。

 対して、舞那達がこれまで殺してきたのは全て人間。見た目は人型の怪物であっても、数秒前までは人間だった。それを知り、理解した上で舞那達はプロキシーを殺してきた。

 舞那だけではない。この世界に存在していたプレイヤーは皆人を殺した。中にはプロキシーではなくプレイヤーを殺した者もいる。そんな舞那達が「全てを救う」という無謀且つ甘ったれた考えをするはずがなかった。


「さあ、あなた達は何を救うの?」







 遠くから舞那達のやりとりを観察していたメラーフは、状況の悪さに苦い顔を見せた。




「志紅緤那と綺羅文乃。漸くあの2人が紡いだ可能性が来訪したと思ったが、このままでは2人の判断が無駄に終わりそうだな」

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