#15 空色の舞那
不気味な程に青い空に白い雲は無く、上を見れば視界は青く染められた。日差しはここ数日の中では強めで、12月末とは思えないくらいに暖かい。
体調は万全。絶好の戦い日和である。
しかしカナンは戦意を露わにすることなく、悠然と町を歩きプレイヤーを探す。
(んー……前は結構簡単に会えたのに、今日はなかなか会えないね)
(そう簡単に会えたら苦労はしない。苦労して得た勝利こそ意味がある)
先日は捜索を始めてすぐに瑠花と文乃に出会ったが、今日はまだプレイヤーとは出会っていない。とは言え瑠花と文乃に関してはメラーフの導きで出会ったため、カナンの運が良かった訳では無い。
(……ねえアラン、この世界、本当にリセットされた世界なの?)
(みたいだけど……どうかした?)
(いや、リセットされたにしては、私が元居た世界とあまり変わらないなぁって。通過とか言語も一緒だし、出版物とかも前の世界と同じものがある)
この世界に来た時から、カナンはずっと気になっていた。カナンが生まれ育った世界とこの世界は酷似していると。土地や建造物が若干違うのは仕方ないが、カナンが居た世界にあったものと同一の存在もある。
例えば文学作品。スマートフォン。城跡。挙句は雑誌まで。歴史は繰り返されると言うが、ここまで変化がなければ寧ろリセット自体が疑わしくなる。
しかしこの世界は確かにリセットされ、新たな神により新たな世界が形作られた。とは言えそれを証明する方法などないが。
(……恐らくリセットされた時に、誰かの強い思いが働いたんだと思う。でなきゃ、文明の発達具合まで同じなはずない)
(その誰かってのは……神にリセットを決意させた誰かかな)
(かもね。とは言え、誰の死が引き金でフォルトゥーナ達が世界をリセットさせたのかは分からないけど)
「あれ?」
カナンが気付いた時、聞こえていたはずの音が全て消え、動いていたはずのものは全て止まっていた。
自分以外の時間が止まっている。そう気付くのに時間はかからなかった。
「またあの神の仕業かな」
(恐らく。確かメラーフって言ったっけ)
「まさか時間止めて、私が老衰するのを待つつもりかな……だとしたら無意味だね」
カナンはアクセサリーを本へと変化させ、「変身」と呟きアランと融合した。町中で眩い白銀の光がカナンを包んだが、時間が止められているため誰もその現象を視認できていない。
「止められた時間なんて、私とアランの力があれば簡単に動かせるんだから」
カナンは本にライティクルを集約し、止められた時間を動かそうとした……が、
「まあまあちょっと落ち着きなよ」
「っ!!」
止められた時間の中で、誰かがカナンの能力発動を阻害した。阻害とは言ってもただ声をかけただけで、能力発動をキャンセルしたのはカナン自身であるが。
「これは別に、あなたを老衰させるための時間停止じゃない。周りの人達を巻き込まないため」
「……なるほど、つまりあなたは私に敵対して、今この場で戦う……と」
「話が早くて助かるよ。私は木場舞那。前に海影さんが戦った、翼を生やした露出度高めの女の子の友達」
「ああ……あの人の。てことはあなたも露出狂?」
「いや違うよ。それに瑠花だって別に露出狂なわけじゃないし」
時間を止めたのはメラーフ。しかしそれは、舞那の要望である。
瑠花とカナンの戦闘内容を聞き、舞那とメラーフは話し合った。その結果、舞那が直接カナンと戦い世界の破壊を阻止する、という話に至った。
「ねえ海影さん、もうやめない? 世界を壊して海影さんの理想郷を作るなんてさ」
停止した車のボンネットに座り、舞那は戦闘ではなく口頭での説得に出た。
「やめない。私の理想郷は私のためだけにあるんじゃない……不公平な世界に苦しめられた人達全員が報われるためにある。その人達のためにも、私は私の道を歩み続ける」
しかし舞那の説得は虚しくも拒まれ、カナンの発言から双方の和解は不可能であると舞那に感じさせた。
「不公平に苦しめられた人達が報われる、ね……じゃあ1つ聞かせて。その理想郷を作るためには、その"不公平に苦しめられた人達"以外の存在が犠牲になっても構わないと?」
「構わない。犠牲無くして新世界は作り得ない」
この時初めて、世界のリセットというカナンの目論みが「カナン1人の私利私欲によるもの」でないと判明。しかし同時に、カナンが救うべきだとした人々と、救うべきでない人々に対する思いの差を理解した。
カナンは人間を真に平等にしたいと考えている。同時に、カナンは平等の贄として幾人もの人々を殺そうとしている。そして、カナンは人を殺すことを一切躊躇わない。カナンの表情から察した舞那は、呆れにも似た感情を抱きつつため息をついた。
「そっか……なら、仮に私が海影さんの友達だったとして、私が不公平に苦しめられた人じゃなかったとしたら……海影さんは友達である私を殺してでも理想郷を求めるの?」
「無論殺す。別にあなたが居なきゃ生きられない訳じゃないし。まあ私の好きな芸能人とかだったら、生かして私の恋人にしたいとは思うよ。他の芸能人はいらないから切り捨てるけど」
迷いの無いどころか若干食い気味な答えに、舞那は寧ろ清々しささえ感じた。
「つまりは、海影さんにとって得の有る人だけを生かして、得の無い人は誰彼構わず殺すと」
「そういうこと。あなただって、名前も知らないどこかの国の誰かが死んでも何も思わない、というか死んだことにさえ気付かないでしょ。それと同じ……結局は自分と自分の好きな人以外は居なくていいの。なら知らない人が理想郷創造の犠牲になったっていいじゃない」
5秒。
日常生活を何気無く生きる我々にとって、5秒という時間は簡単に過ぎ行く短い時間。とは言え5秒あれば、何かを作ることも、逆に何かを壊すこともできる。しかし意識しなければ、人は5秒という時間を数えない。言わば当たり前の瞬間。
世界では5秒に1人、人が死んでいる。普段我々が無駄に費やす5秒という短い時間で、1つの命が終わりを迎えている。
5秒毎に人が死んでいる。知ったところで、人はそんなことを意識して生きない。即ち、何処で誰が死のうと興味が無い。そもそも身近な人物や有名人が死ななければ、人は"死"というものを知れない。
故にカナンは、5秒毎に消える命が、世界のリセットと同時に全て消えることに何の抵抗も抱かない。5秒毎に消えるのであれば、一瞬で全てが消えることも同じだと考えた。
とは言え、カナンは死を理解していない訳では無い。何せカナンは少し前まで、いつ死ぬかも分からない状態で生きてきた。病院のベッドの上で、何度もカナンの脳内に死というものイメージが過ぎった。そして悟った。命とは簡単に消えるものだと。悟ったからこそ、命というものを軽く見るようになった。
「……確かに、海影さんの言う通りかもしれない。知らない人の訃報を聞いたって何にも思わないし、関心だって持たない。でも、重要なのは"誰が犠牲になったか"、じゃない……海影さんの思考に"誰かが犠牲になった"ということ。全人類が海影さんに賛同するなら文句は言わないけど、少なくとも今此処に1人、海影さんに賛同しない私が居る。生きている限り、私は海影さんの思考に反対する。私はもう誰も……誰も犠牲にしたくないから!」
その瞬間、舞那の脳内に1回目と2回目の世界の記憶が蘇った。
人がプロキシーになり、プレイヤーが人だった
舞那はこれまで、幾度となく人の死を見てきた。1回目の戦いに関しては、舞那自体が死んだ。命を奪い、仲間の命を奪われ、挙句自らが死に、舞那は"死"というものがどれだけ簡単で悲しいものかを知った。
知っているからこそ、カナンの言っていることが理解できる。理解できるからこそ、幾人もの人々が犠牲となり作られたこの世界を、絶対にリセットさせたくないと考えた。もう自分達の戦いで犠牲を出したくないと考えた。
「だったら……戦って結末を決めようよ。私が勝ったら、私はこのまま世界のリセットを続ける。あなたが……木場さんが勝ったら、私は大人しく死んであげる」
「……海影さんと、海影さんの中に居るプロキシーは、この世界の人達を危険に晒してる。つまりは私の敵……敵である以上、私は"あなた"を殺すまで死なない」
舞那はボンネットから下り、カナンに向かい歩みを進めた。
「変身……!」
歩みを進める中で、舞那の身体は変化していく。
短めな黒い髪は長く透き通るような空色へ。
青みがかった黒い瞳は水色へ。
タートルネックやロングスカートといった衣類は水色と白のフリル付きワンピースへ。
そして、この世のものとは思えぬ程に美しい空色の翼を背中から生やした。
変化した舞那の姿は、人間というよりも天使や神といった神聖且つ美しいものに見える。変身の瞬間を見ていたカナンでさえも、その美しさに思わず息を飲んだ。
「……言っておくけど私は……アランと融合した私は強いよ」
「……なら私も言っておく。私はもう誰にも負けない。例えそれが、世界にすら干渉する神であっても」
創造者にさえも干渉するカナン。
世界を書き換える程の力を持つ舞那。
本来ならば出会うはずのない2人が、今この場で出会い、起こるはずがなかった新たな戦いを引き起こした。
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