色彩の聖戦

#14 白銀との邂逅

 初めて抱いた将来の夢は、医者だった。さらに言えば、大きな病院ではなく町の小児科医がいい。

 けど注射や診療に苦しむ子供の顔を見たくないという理由で、早々に断念。


 次に抱いた夢は、カメラマンだった。人ではなく景色や動物専門の。

 けど家にカメラが無く、欲しいと言っても買って貰えなかったため、数ヶ月で断念。


 次に抱いた夢は、体育教師だった。運動は好きで、苦手なスポーツも無かったため、勉強があまり得意ではない私でもなれると思った。

 けど中学生になってすぐの頃、私は医者に「運動は控えた方がいい」と言われ断念。その日以降、私は体育教師の夢を抱くどころか駆け回ることさえもできなくなった。


 次に抱いた夢は、小説家。運動ができない私にできることは、1文字も書かれていないまっさらな紙に自分だけの世界を綴ること。

 文字を綴っている間は、車椅子で移動する私に向けられる哀れみの視線も、まともに立って歩けないからと虐めてくるクラスメイトの声も、全てを忘れられた。

 高校生になり、小説家になりたいという夢は本格的になっていった。体調の悪い日が増え、同時に学校に通える回数が減ったが、期せずして執筆時間は増えた。

 書きたい。もっと書きたい。自分だけの世界をもっと広げたい。そしていつかは、自分の作った世界をみんなに見て欲しい。



 そう思ったのも束の間、私は文字を綴ることさえもできない身体になった。

 病名を聞いても今まで聞いたことの無い名前だったためすぐに忘れてしまったが、どうやらもう私は何もできず、すぐそこに迫った死を待つしかないらしい。


 1人ではもう何もできない。食事も、排泄も、入浴も、全てを任せ切りにしている。

 それ以外の時間は、病室の窓から空を見つめている。見ているだけなら何もしなくていいから、身体には負担がない。

 ある日の空は鬱陶しい程に青く、ある日の空は悲しい程の曇天。またある日は昼なのか夜なのかも分からない程に暗く、窓に大粒の雨を強く打ち付ける。

 今日の天気は晴れだが、雲が出ているため時折太陽が隠れる。


 空を眺めるのは、何とも虚しい時間である。


 私の人生はつまらないまま終わるのだろうか。

 やりたいことはあってもすぐに諦め、楽しいことを見つけてもすぐに飽き、漸く心の底からしてみたいことを見つけても叶えられなかった。


 私の人生は一体何だったんだろう。

 誰かの役に立つこともできない。自分の夢を叶えることもできない。


 何のために生きているんだろう。


 私は何のために生まれてきたんだろう。




「意味も無く生まれてきた者なんていない」


 知らない人……あの世からのお迎えかな。こんな幻覚が見えるなんて、私もいよいよお終いね。


「幻覚じゃないよ。私はアラン。かつてこの世界を管理していた神の1人」


 神……どうやら本格的に終わってるみたい。仮に神だったとすれば問いたい。何故神は私達人間を不公平な存在にした?


「生憎、不公平になったのは我々のせいじゃない。私達はあくまでも管理していただけ。この世界は不公平且つ不条理、そう世界を傾け、そう進化していったのは君達だ」


 ……結局、人間が1番悪いと?


「その通り。こんな世界に生まれてきて、なんとも哀れだよ。君も、私も」


 こんな世界、か……確かにそうかもね。生まれるなら、もっと公平な世界に生まれたかった。


「……なら、公平な世界を作ればいい」


 作るったって、私は神でもなければ人並みな力もない。


「できる。私とカナンが力を合わせればね」


 無理だよ。もう私には立つ力さえ無い。仮にあなたと力を合わせても、私は何もできない。そもそも合わせる力がない。


「……この世界は、創造者と呼ばれる者に作られた。私とカナンが力を合わせれば、いつしか創造者をも超えられる。もしも創造者を超えれば、もうカナンは苦しむことの無い、いや、誰も苦しまない世界を作れる。人が悲しむ日が来ないのは、私にとってもいいこと。だからカナン、一緒にこの世界を変えよう」


 この世界が作り物なら、私は主人公の見てないところで静かに死んでいく名前のない登場人物……いや、そもそも登場人物扱い自体されないかも。そんな私に、世界を変えられるはずない。


「変えられるよ。だってカナンは、この世界の理不尽さを身をもって理解した。自分の生まれてきた意味に疑問を抱いた。なら、その疑問を解決して、理不尽さを無くせばいい」


 簡単に言ってくれる。それに、なんで私なの?

 私は主人公じゃない。脚光を浴びることの無いただの脇役未満の存在。ならあなたはもっと良い人間を選ぶべき。


「主人公じゃないなんて誰が決めたの? 少なくとも、今カナンが見ている世界の主人公はカナンでしょ。それに主人公じゃないなら、世界を変えてカナンが主人公になればいい。理不尽も不公平も不安定も不条理も全部壊して、カナンが主人公の新しい世界を作ればいい」


 なんで私に固執するの?


「カナンをもっと生きさせてあげたい。人の一生なんて私達神にとってはほんの一瞬程度の時間だけど、その一瞬をこんな形で終わらせたくない。それにカナンは他の人間とは違って、私との親和性が極めて高い。ここまで私と同調できる人間は他に居ない」


 優しいね。けど私は、この世界を不公平なものだと思っても、別に壊したいだなんて考えてない。


「嘘だね。私は今、カナンと同調している。だからカナンの思考や過去なんてものも大体把握してる。どうやらカナンは、ある映画を見てから人間のことがあまり好きじゃないみたいだね」


 ……凄いね、本当に分かるんだ。そう、本当は私、人間が大嫌い。"フリークス"って映画見てから、どうにも人間のことが好きになれない。

 映画の中でハンス達が侮辱されている時、私は怒りを感じた。けど終盤、ヘラクレスが見世物小屋の人達に殺されて、クレオパトラが罰を受けた時、私は怒りを払拭できるほどの快感と爽快感を抱いた。

 見た目が少し違うだけで同じ人間なのに、クレオパトラとヘラクレスは怪物扱いしてた。その2人だけじゃない、きっと色んな人が彼等を人として見ない。

 なんで人が彼等を人として認めないんだろう。なんで怪物だって罵るんだろう。罵って何がそんなに楽しいんだろう。考えれば考える程、私は人間が嫌いになっていった。


「人間はみな平等。そんなのは詭弁さ。だから人間は平気で人間を罵り、侮辱し、迫害する。カナンはその年齢でもう人間がいかに愚かで醜いものかを理解している。非常に素晴らしい」


 人間がどれだけ酷い生き物かってことを知るのに、年齢なんて関係ないでしょ。私はただ、クラスメイトよりも早く人間ってものを知っただけ。


「いい……やはりカナンは私のパートナーに相応しい。カナン、もしも私と契約してくれれば、もうベッドでの寝たきり生活を送らなくて済む。だから一緒にいこう、一緒にこの不安定な世界を変えよう」


 ……どうせ近々死ぬなら、最後に私の存在を世界に焼き付けたいな……いいよ、契約しよう。




 契約して、私や、ハンス達みたいな、不公平な生まれ方をした人が居ない世界を作ろう。




 ◇◇◇


「…………っ」


 保健室のベッドの上でカナンが目を覚ました時、隣に立っていたアランが優しく微笑みながら「おはよう」と言った。


「……私とアランが初めて会った日のこと、夢の中で思い出した」

「なるほど……それでそんなに機嫌が良さそうなんだね」

「うん、寝起きのわりにはいい気分」


 カナンは手で目を擦り、ゆっくりと起き上がった。今朝は頭痛もなく、それ以外の体調不良もない。


「今日は結構体調良いみたい……だから、できる限り頑張るよ」

「……無理は禁物だよ、カナン」

「分かってる」


 カナンはベッドの下に置いていた靴を履き、欠伸をしながら保健室の外に出た。

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