#13 無色の世界

 緤那と文乃が訪れたその世界は、例えるならば無色透明な世界。

 緤那が居た世界は、ティアマトが生き残った事で赤い波動に包まれた。偶然にもプレイヤーになってしまった緤那の水色の心は、繰り返す死を見つめる中で濁っていった。そして文乃の死という出来事により変色、水色の心は深紅に染まった。

 文乃が居た世界は、クロノスが生き残った事で青い波動に包まれた。人間を救うという目的でプレイヤーになった文乃の水色の心は、繰り返される戦いの中で濁っていった。そして緤那の死という出来事により変色、水色の心は翠色に染まった。


 今2人が居るこの世界は、見たところまだ戦いが起こっていない。クピドは既に死んでいるものの、クロノスもティアマトはまだ死んでいない。

 とは言え、緤那と文乃が来た時には既に、クロノスとティアマトの命を賭けた戦いは始まっていた。





 人間には目視できない大爆発が、日本の上空で起こった。爆風は雲を破り、隠されていた太陽の光を人間に浴びせた。

 その後も上空では爆発が何度も起こったが、人間達は見えも聞えもせず、ただただ雲が消えたとしか認識しなかった。

 しかし、この時代で唯一プロキシーを宿している緤那と文乃には、爆発の中心に存在するクロノスとティアマトの姿が見えている。


「クロノス!!」

「ティアマト!!」


 2人はライティクルを刃状に変化させ、互いの心臓に向け突き出す。





 

「これでいいんですよね、緤那さん」

「うん……これで、もうこの2人が支配する戦いが起きない」


 クロノスとティアマトの動きが止まり、2人は自らの腹部に強い痛みを感じた。


「な……!?」

「お前達……一体……!」


 背後からの蹴りで腹部を貫かれたクロノスとティアマトは、込み上げる血を吐きながら緤那と文乃を睨んだ。腹を貫かれたことには勿論驚いたが、空中に緤那と文乃が浮いていることにも驚いた。

 緤那はナイアと同時にティアマトと、文乃はセトと同時にクロノスと融合しているため、ティアマトとクロノスと同じく浮遊が可能。しかし緤那と文乃が神、それも平行世界の自分自身と融合していることなど知らないクロノスとティアマトは、一先ず2人が何者かということを尋ねた。


「私達は平行世界からの来訪者」

「これから起こる悲劇を、喜劇に変える存在」

「はぁ……!? 意味分かんない!」


 クロノスとティアマトはライティクルの刃を突き立て、自らの腹を貫いた脚を切断するため2人同時に刃を振り下ろした。

 しかし刃が脚を落とすよりも先に緤那と文乃は脚を引き抜き、直後にアクセサリーへとライティクルを集約させた。


「クリムゾンフィスト!」


 緤那の右拳はティアマトの背中の皮膚を破り、筋肉を貫いた挙句心臓を破裂させた。この瞬間、ティアマトの"混沌"という能力が破壊され、最早並のプレイヤーにすら勝てない身体になった。


「ヴェルデビエント!」


 文乃のスキル、ヴェルデビエント。手や脚を振ることで風を起こし、瞬間的に風の威力を増強、さらにライティクルを纏わせることで緑色の鎌鼬を発生させる。文乃の起こした鎌鼬はクロノスの背中の肉を抉り、骨の一部を粉砕した。


「お、あったあった」


 抉られたクロノスの背中に手を差し込んだ文乃は、クロノスの体内から立方体の透明な固形物を取り出した。




 この時、世界は3つに分岐した。

 1つは、クロノスが生き残り、後に緤那が死に文乃が生きる世界。

 1つは、ティアマトが生き残り、後に文乃が死に緤那が生きる世界。

 そしてもう1つは、緤那と文乃によりクロノスとティアマトが殺され、現世を管理していた神が消えた世界。




「さて、じゃああとは"それ"を壊して……」

「はい……緤那さん、お願いします」


 文乃は透明な固形物を緤那に手渡し、緤那はアクセサリーにライティクルを集約、能力"破壊"を発動した。

 固形物は緤那の能力により爆散。同時に固形物の中から幾つものライティクルの塊が飛び出し、四方八方に飛び散った。

 固形物の正体は、アクセサリーを閉じ込めていた言わば宝箱。そして飛び散ったライティクルの塊はアクセサリー。

 箱が爆散した衝撃で、アクセサリーの中に宿っていたプロキシーは空中で分離。実体を失ったプロキシーと、力を宿したアクセサリーは別々の場所に落下し、色絵町に戦いの種がばら撒かれた。


「さて、じゃあ最後の仕事といきますか」

「はい。では予定通り、私は"私"のところに行ってきますから、約束の場所で待ち合わせましょう」


 緤那と文乃は空中で別れ、それぞれ違う方向へと飛んで行った。


 ◇◇◇


 ナイアのアクセサリーを引き寄せた緤那は、自宅へと向かった。その後自宅近辺をウロウロとしていると、幼少期の自分を発見。

 髪型は今とは違い少し短め。背は同世代の中でも低め。幼少期の自分と会ってみると、当時の自分がどれだけ小さく、そして今の自分がどれだけ成長しているかがよく分かる。何より感慨深い。

 緤那は幼少期の緤那に歩み寄り、警戒されないように若干声色を変えて話しかけた。


「緤那ちゃん」

「え?」


 知らない人に声をかけられれば、普通は警戒する。しかし警戒した様子を見せない幼少期の緤那は、いつも通りの変わらぬ雰囲気で高校生の緤那と対面した。


「お姉さん、誰?」

「私は……ナイア。そう、ナイアっていうの」

「ないあ……外国の人?」

「いや、日本人だよ。それより緤那ちゃん、初対面でいきなりなんだけど、渡したいものがあるの」


 高校生の緤那は、幼少期の緤那の前にナイアのアクセサリーを差し出す。


「アクセサリー?」

「そう。このアクセサリーは、いつか君の役に立つ日が来るから、絶対に無くしちゃダメだよ」


 知らない人から物を貰ってはいけない。そう教えられてきた幼少期の緤那だが、なぜだかナイアのアクセサリーはすんなりと受け取ってしまった。


「それともう1つ。数年後、君は文乃って名前の女の子に出会うから、このアクセサリーを使って、その子を守ってあげてね。お姉さんとのお約束、だよ」


 文乃が死ぬ最悪の未来を回避するための布石。それこそが緤那がこの世界でやるべき事である。


「それじゃあ、私やる事あるから……頑張ってね、緤那」


 高校生の緤那は幼少期の緤那に別れを告げ、静かに路地裏へと消えていった。


 ◇◇◇


「いつかこのアクセサリーは、文乃の力になって、愛する人を守る力を得られる」


 緤那がアクセサリーを譲渡してから少し遅れ、高校生の文乃は幼少期の文乃と接触。この頃の文乃は愛歌の髪型を真似して、ボブヘアではなくロングヘアだった。


「だから、文乃が愛する人を絶対に守って……2人で生きられる世界を作ってほしい」

「愛する人?」

「そう。いつか出会う、アッシュゴールドの髪とシトラスの香りが特徴の人」


 緤那が文乃の名前を出したことに対し、文乃は緤那の名前を出さなかった。なぜなら、名前を出さなくとも文乃は緤那と出会う運命であると知っているから。


「文乃、私との約束……守ってね。私ができなかったことを……あの人を、守ってあげて」


 高校生の文乃は背後から風を起こし、幼少期の文乃は風で巻き上げられた塵から目を守る。風が止み、幼少期の文乃は乱れた髪を直しながら前を見た。しかしそこには高校生の文乃の姿は無く、幼少期の文乃は暫く呆然としていた。


 ◇◇◇


 色絵町、木坂きさか公園のベンチに、緤那は1人座っていた。高架下にある、狭く暗い公園であり、ただでさえ日が入らないのに冬場であればとても寒い。しかし、緤那がこの場所に座り、文乃を待っているのには理由がある。


「緤那さん、お待たせしました」

「うん……あったね、やっぱり」

「はい……他の建物とかは私達の世界から割と変わってますけど、変わってないものも幾つかありました。だからきっと、この公園も残ってるって思ってました」


 この公園は、緤那と文乃の思い出の場所。

 今この世界に居る緤那と文乃は、それぞれ別の世界からやってきた。しかし2人はそれぞれの世界で同じ出会い方をしており、プレイヤーになる以前の記憶に関しては殆ど違いが無い。

 この世界は、緤那と文乃の両方が死んだ世界から延長した世界。1度リセットされ、緤那や文乃が居た世界とは違う、新たな世界が形成された。しかし歴史は繰り返すものであり、歴史上の人物や出来事は繰り返された。とは言え、緤那や文乃が生きた世界から変わっているものは多々。形として変わらずに残っているものは極めて稀。しかし偶然か必然か分からないが、この公園はリセットされても再び作られた。


「私達2人の物語が始まったのは学校だった。けど、私達の学校はこの世界にはない。それでも、私の世界にこれまでない彩りが生まれたのはこの場所……この場所で私の戦いを終わらせられるなら、私は満足」

「……奇遇ですね。私の世界に彩りが加わったのは、緤那さんと出会った時。でも、この世界で生きてて良かったって思えたのは、この公園で緤那さんと1つになった時です」


 交際を始めてすぐの頃、緤那と文乃は2人きりになれる場所としてこの公園に来た。そしてこの場所で、2人は初めてキスをした。言わばこの公園は、2人が初めて互いの愛を証明した場所。忘れることの無い思い出の場所。


「……さあ、これで私達の役目は終わった。もうこの公園ともお別れしないと」

「ですね……」


 平行世界を繋ぐモノリスを出現させようと緤那が前に手を翳した時、


「待ちなさい」


 モノリスの生成直前で予期せぬ邪魔が入り、緤那は静かに翳した手を下ろした。声をかけたのは、クロノスとティアマトの戦意を感じ取ったフォルトゥーナとゾ=カラールの2人。既にクロノスとティアマトが平行世界からの来訪者により殺されていることには気付いており、逃走を謀った来訪者を止めるべくこの場にやってきた。


「なぜクロノスとティアマトを殺し……! どういうこと、なぜあなた達からクロノスとティアマトの力を感じるの!?」

「……まずは1つ目の質問、その答えは、片方の神の死によって起こる戦いの回避。同時に、希望へと繋がる戦いへの布石」

「2つ目の質問の答えは、平行世界で生き残った神の片割れと契約したから。まあ詳しいことは創造者が教えてくれるよ。けど、少しだけ話は変えさせてもらう」


 文乃はクロノスの能力、"時間"を発動した。

 クロノスは時間を司る神。しかし進み続ける時間を止めることはできず、過ぎてしまった時間を巻き戻すこともできない。ただ、そんなクロノスにも唯一時間に干渉する力を持っている。それは、記憶の操作。


 生物は常に時間の中で生きている。故に1秒先の未来も、1秒経てば現在、また1秒経てば過去になる。そして過去となった時間は記憶としてその生物の脳内に残り、永遠に未来へと進むことの無い時間となる。

 クロノスは生物の中に在る記憶、即ち「過去となり前に進まない時間」を操作し、虚実を一方的に変えられる。


 文乃はフォルトゥーナとゾ=カラールの記憶を操作し、緤那がこの世界に来た時間と文乃がこの世界に来た時間にズレを生み、緤那と文乃が接触していた時間を消した。これにより「緤那と文乃は同時期にこの世界へと訪れたが、接触していない」という偽りの記憶が残った。

 数年後、フォルトゥーナはアメイジング・ナイアと融合した緤那に接触し、進化体が生まれた経緯などについて語った。しかしその情報と今この場で起きた出来事には大きな齟齬が生じている。この齟齬も、緤那と文乃の目的などを悟られぬように仕組まれたことであるが、フォルトゥーナとゾ=カラールが気付く日はこの先絶対に訪れない。




「これでこの世界にはアメイジングとアウェイクニングが共存して、後々また新しい進化も生まれる……と思う」

「生まれますよ。あとはこの世界の私達に任せて、私達はもう戦いから退きましょう」


 緤那と文乃は虹色のモノリスを用いて、この世界から抜け出した。


「どんな世界に行ってみたい?」

「緤那さんと一緒なら、どんな世界であっても私は満足です」

「そっか……なら、私達2人が幸せに暮らせるような場所を探そう。憎しみも、争いも、もう嫌なことが何も無い、もう創造者なんかに支配されない……理想的な世界を」

「はい……見つけるのに何年かかっても、私はずっとついて行きます。だから緤那さんも、ずっと私を好きでいてくださいね」


 世界と世界の狭間で、緤那と文乃は手を繋いだ。

 もう二度と離れ離れにならないように。

 もう二度と離さないように。


 そしてこの日、緤那と文乃は創造者の視野から外れ、誰も見た事がない新たな世界へと向かった。



 緤那と文乃の戦いは、漸く終わった。

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