#11 来訪する深紅の拳

(なにあの服!?)


 それは隣に立つ文乃、対面するカナンが同時に思ったことだった。

 ビキニアーマーと言っても過言ではないほど露出が異常な戦闘服。そんな服を纏い顔色1つ変えない瑠花も最早異常なのだろうか。


(アラン!? この世界のプレイヤーって露出狂なの!?)

(私が知るわけない……と言いたいけど、そういやこの前の自称神も全裸だったね)

(なんなのこの世界もう怖いんだけど!)


 敵を前にして混乱するカナンと、淡々と分析するアラン。しかしそんな事も知らず、瑠花はカナンに銃口を向け躊躇いなく引き金を引いた。


「っ!」


 銃口から放たれる光弾がカナンを撃ち抜くよりも先に、カナンは僅かに横に逸れ光弾を回避。直後、カナンは首から下げていたアクセサリーを握り、武器へと変化させた……のたが、アランのアクセサリーは武器ではなかった。

 プロキシーが封印されたアクセサリーは、大きく2つに分かれる。1つは、アスタの手甲鉤やルーシェの鎖鎌のような、確実に人を殺せる武器。もう1つは、ナイアのブーツやアイリスの鉄扇のような、使い方次第で人を殺せる武器。

 しかしアランの力が宿るアクセサリーは、1冊の"本"。確実に人を殺せるものでもなければ、使い方次第でも人を殺すことは非常に難しいものである。


(本? あれがアランのアクセサリー?)


 瑠花の服装に驚愕していた文乃だが、アランのアクセサリーを見て困惑した。

 あんな武器もので戦えるのか。戦うとしてもどうやって戦うのか。考えたところで見当もつかない。

 しかしプロキシー、プレイヤーの強みはアクセサリーの性能だけではない。プロキシーの持つ能力、及びプレイヤーのスキルが勝敗を分かつ。

 アランの能力は封印。対象Aの命を対象Bに封印するというもの。とは言え能力自体は強くとも、対象Aの同意が無ければ封印はできない。セトやクロノスが同意するはずもないため、能力だけで見ればアランは圧倒的不利。

 問題はカナンのスキル。全プレイヤーに共通して、スキルはプロキシーの能力を応用したもの。仮にスキルが―同意を求めずに封印する"というものであれば文乃達は圧倒的に不利。


「変身!」


 そうこう考えているうちに、カナンはアランと融合。対する文乃もセトと融合し、しぶしぶメラーフの要望に答えることにした。


「初対面でいきなり発砲とか、頭おかしいんじゃないの?」

「人のテリトリーに無断で入った挙句、世界を壊そうなんて考え持ってるアンタの方が余程イカれてる」

「そんな服装してる人にイカれてるって言われてもなぁ……じゃあ、負けた方がイカれてるってことでいい?」

「良いよ。じゃあ、イカれてるのは……」






 ――あんたの方ね。






「っ!!」

「え!?」


 目の前に居たはずの瑠花が突如消えた。そして文乃が漸く瑠花の居場所に気付いた時、瑠花は既に赤の刀でカナンの胴体を切断していた。

 瑠花は翼の能力である時間への干渉を発動し、カナン達が認識できない時間の中でカナンの背後に移動、切断した。普通の刃なら切断面がグチャグチャになる上、綺麗には斬れない。しかし刃はライティクルの集約により切れ味が向上。さながら厚さ1ミリ未満の鋭利な刀で剣豪が野菜を切ったかのように、簡単且つ美しい断面になった。


「ごめんメラーフ、もう終わっちゃった」


 カナンの身体は切断面から傾き、重力に引かれるがまま落下。切断面からは血液が噴出し、返り血の雨を瑠花の上に降らせた。瑠花は血の雨を避けようとはせず、青い髪と白い肌を赤く染めた。


「……でも、世界を壊すとかかしてた割には弱すぎる。メラーフ、本当にコイツで合ってる?」


 瑠花の質問を受け、メラーフは音もなく瑠花と文乃の前に現れた。瑠花にとっては慣れたことだが、文乃は未だにメラーフの登場に慣れない。


「ああ、確かにこの子だ。話すスケールの大きさから察するに相当強いと思っていたが……寧ろここまで弱いと妙だ」

「……念の為、コイツの上半身を微塵切りにしておく。文乃、目ェ逸らしておいた方がいいよ」

「う、うん……」


 グロテスクなものに対する耐性がある文乃とは言え、流石に目の前で人体が微塵切りになる光景を見るのは厳しい。想像しただけで顔を青くした文乃は、背を向けた後に目を瞑り耳を手で覆った。



 《切断されたはずの瑠花の身体は突如引き合い、傷口を完全に修復した》



「っ!」

「嘘でしょ……」


 その時、瑠花とメラーフは衝撃的な場面に遭遇した。

 切断されたはずの瑠花の身体は突如引き合い、傷口を完全に修復した。


「残念だったね。私、そう簡単に死なないから」

「……回復能力、というには少し不自然だ。まるで時間が巻き戻ったような……いや、それも少し違う。君は一体何をした?」


 冷静を装ってはいるが、メラーフは今、酷く混乱している。何せカナンの身体は重力に逆らい、斬られる前の状態に戻ったのだ。しかも一滴の血液も残さず。ただの回復能力では片付けられないような現象を、メラーフは時間を巻き戻したと捉えた。とは言え時間を巻き戻せば、その身体に宿る記憶も巻き戻るはず。即ち、時間を巻き戻した訳では無い。

 ならばカナンは何をしたのか。それはメラーフでさえも考えつかない、言わば神の想像さえも超越したものだった。


「……まあ対処法も無いし、特別に教えてあげる。けどまずは、そっちの露出狂にこの世界の説明からしてあげる」


 カナンはメラーフと瑠花の間を抜け、振り返った後に口を開いた。


「多分セト(文乃)は知ってるだろうけど、そっちの露出狂は多分知らないでしょ。この世界は全部、1人の人間に作られたただの創作物ってこと」

「創作物……つまり、私達は作り物なの?」

「そう。創造者に作られて、創造者の意向のままに動かされる傀儡。アンタは勿論、本来なら私も傀儡。けど私は違う。私は創造者の存在を知り、唯一創造者に干渉できる存在。私だけは創造者の意向に背き、私の意思で動ける。だからさっきの攻撃、創造者の意向ではアンタの斬撃で私は死ぬはずだった。けど、その未来は私の意向じゃない。だから否定した」

「否定……なるほど。つまりアンタは創造者の意向を否定し、自分が望む未来に変えられるってことね」

「そう……だけど、随分と飲み込み早いね。まあこっちとしては時間を省けるからいいことなんだけど」


 カナンは樹里同様にプロキシーとの親和性が極めて高く、シンギュラリティに到達している。故にアランの封印という力を応用しない新たな力を得た。

 その力には固有名詞が無い。ただ単純に「創造者の領域に干渉し、決められた未来を変える力」としている。

 カナンは勿論、瑠花や舞那達の行動は全て創造者の思い描く未来に進んでいる。故にそれが舞那の意思であったとしても、実際は全てが動かされた、決められた未来である。しかしカナンは決められた未来を否定し、自らが本当に進みたい未来を決められる。

 仮に創造者により"怪我を負う未来"を決められていたとしても、カナンはそれを否定し"怪我を負わなかった未来"に変えられる。


「……痛みはあるの?」

「あるんだろうけど、未来を変えた時に傷はリセットされるから痛みの記憶が無いんだよね」

「じゃあ繰り返し痛みを与えて精神から殺すってのは無理か……なら私のやることはここまで」


 瑠花は変身を解除し、武器をアクセサリーへと戻した。


「どうしたの? らないの?」

「やらない。だって今のままじゃ私に勝ち目は無いから」

「……本当、話が早くて助かる。てなワケで死ぬのはアンタ」

「死ぬとは言ってない。これはあくまで選手交代。アンタに相応しい相手を用意する。もしもその子が負けたら、私も大人しく死んであげる」


 瑠花は知っている。カナンに勝てる可能性を持ち、且つ確実に手を貸してくれるであろう存在を。


「私に相応しい相手ね……まあ居ないだろうけど、楽しみにしておくよ。けど……せめて1人くらいは殺しておく!」


 カナンは急加速し、文乃にライティクルを集約させた手のひらを向けた。瑠花に続いて融合を解除した文乃は、仮に防御したとしても押し負ける。加えて避けられる速度ではない。瑠花もメラーフも急なことであったため反応が遅れ、最早状況は絶望的。

 死ぬ。直感的に理解した文乃だが、次の瞬間その場に居る誰もが衝撃を受けた。




「……誰?」


 メラーフにより時間は止められている。故にこの場に居る者以外は、この状況に介入できず、視認することもできない。

 しかし止められた時間の中で、カナンの攻撃は何者かに防がれた。


「あ……」


 文乃とカナンの間に立つその少女は灰色の髪を輝かせ、身体からはシトラスの香りを放っている。

 幾度となく嗅いだ香り。幾度となく見てきた背中。背を向けていても、髪色が違っていても、文乃はそれが誰かをすぐに理解した。




「緤那さん……!」




 その正体は平行世界からやってきた緤那。文乃を失い、ティアマトと融合した緤那だった。

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