#9 灰色のプレゼント

「私達が……戦いを?」


 心葵が落ち着いた後、心葵の要望で1度千夏の記憶を蘇生させることにした舞那。メラーフのプロキシー生成から開戦、繰り返された世界で再び起きた戦い、そしてその終焉。大体の流れを簡潔に話したが、心葵とは違い、千夏は前の記憶をなかなか思い出せない。


「もしかしたら、千夏は拒んでるのかな? 前の記憶を取り戻すの」

「……かもしれない。けど、1度でいいから、あの頃の千夏に会いたい。それでもしも今を生きてくれるなら、そのまま千夏は千夏で居て欲しい。だから私は諦めない」

「……メラーフ!」


 舞那がメラーフの名を呼んだ直後、舞那と心葵以外の全ての時間が停止。そして心葵の家の壁をすり抜け、メラーフが部屋に現れた。


「話は聞いていた。記憶を取り戻させたいんだろう?」

「相変わらず話が早くて助かる。で、どうすればいいの?」

「……手を出して」


 メラーフに従い、舞那は一切疑うことなく手を出した。


「これは……!」


 差し出された舞那の手に、メラーフはアクセサリーを置いた。

 それはかつて千夏をプレイヤーからプロキシーへと変貌させ、後に心葵の手に渡った紫のアクセサリー。


「それを渡せば、もしかしたら思い出せるかもしれない。しかしいいのか? 大野千夏は過去に人を喰った。かつての記憶を取り戻すということは、食人の罪を背負うことになる」

「……人を食べることだけが罪じゃない。私達はこれまで何体ものプロキシーを殺した。けど、プロキシーだって元は人間。つまり私達は、数え切れない程の人達を殺してきた。殺すことも食べることも同じ罪……だったら、罪人だって千夏1人じゃない。千夏だってそれは理解してるはず」


 舞那達の罪は、改変される前の世界での出来事。故にその罪を裁くことは誰にもできない。裁くことも償うこともできないため、舞那達は一生罪を背負う。記憶を取り戻した時点で、自らが背負うべき罪を再認識する。

 それでも心葵は、千夏の記憶を蘇らせたいと考えている。1人の女子高生として十分に生きられなかった前の自分達の分まで、今の世界で生きたいから。自らの死を、罪を背負い、生きられるだけみんなで生きたいから。


「……前の世界から変わらず、君は大野千夏を愛しているようだね」

「当たり前でしょ。だって千夏は……」


 心葵の脳内に中学時代の記憶、千夏と初めて出会い、初めて距離が近付いた時の記憶が蘇った。


「千夏は、私みたいなクズに、ずっと一緒にいてくださいって言ってくれたんだから。愛し合う資格なんて無い私に、好きだって言ってくれたんだから。今更、千夏に向ける愛を曲げる気は無い」


 出会った日、互いに第一印象は最悪だった。しかし事件が終わってから、心葵は千夏の要望に応えずっと一緒に居た。その結果いつしか2人は愛し合い、恋人になった。

 最初は償いのつもりだった。否、未だにその気持ちはある。それでも千夏に捧げている愛は真実。もう誰にも2人の愛は壊せない。絶対に壊れることは無い。


「……なら、君の愛に彼女もこたえてくれるだろう」


 メラーフは指を鳴らし、時間を動かすと同時に姿を消した。


「……千夏、手、出して」

「っ?」


 千夏は言われるがまま手を差し出し、舞那は千夏の手に紫のアクセサリーを置いた。


「これは?」

「……千夏の人生を変えたアクセサリー。もしかしたら思い出したくないのかもしれないけど、1度これを握ってみて」


 千夏は恐る恐るアクセサリーを握る。しかし握っただけで千夏に変化は現れない。暫く様子を伺った心葵は、


「今年、千夏が私にくれた誕生日プレゼント……覚えてる?」

「今年? 今年は……」


 鮮明だったはずの千夏の記憶が、ブラウン管テレビのノイズのようなものに覆われた。


「……あれ……?」


 今年の心葵の誕生日には、心葵が気になっていたリップを買った。買ったはずである。買ったはずなのに、買った記憶が今になって漠然として思い出せない。


「思い出して。千夏が私にくれたのはリップじゃない……灰色のアクセサリーだった」

「灰色、の、アク、セサリー……っ!!」


 その一瞬で、千夏は忘れていた全ての記憶を取り戻した。とは言え心葵同様、記憶を取り戻しても体調に変化はない。

 それもそのはず、舞那の行った世界の改編はあくまでも「既存の世界に新たな世界を上書きする」というものであり、「既存の世界を壊して新たな世界を創造する」ものではない。言わば、心葵達の本来の記憶に、偽りの記憶を上から被せている。

 前の世界の記憶を取り戻すということは、真実の記憶を覆い隠していた偽りの記憶を拭うということ。即ち、忘れていたものを思い出しただけ。故にアイリスと同調した時の舞那のような異変は起きない。


「思い出した?」

「……やっと……やっと私達、幸せな時間を歩めたんですね……」


 千夏の目から涙が溢れ、それにつられて後ろで見ていた心葵も涙を流し始めた。


「それにしても、まだあったんですね、このアクセサリー」

「確かに……」

「あー……それ、私の判断。歴史は繰り返すって言うじゃん? だから、もしも何かしらの戦いが起こった時に武器になるかなー……って」


 世界を書き換えれば、アクセサリーが生まれない未来を作ることもできた。しかし敢えて舞那はアクセサリーを残し、起こるかもしれない新たな戦いに備えた。

 とは言え現存しているアクセサリーは、舞那が神になった時点で存在していたアクセサリーのみ。各色3つずつあったアクセサリーも、今では数が少ない。


「けど、心配しておいて良かった」

「……どういうことですか?」

「戦いが起こる。敵は多分1人……いや、2人って言った方がいいのかな?」

「また……結局、私達は戦う運命なの?」

「かもね……でも今回の戦いは長引かせない。1日でも、1秒でも早く終わらせて、今度こそ戦いのない世界で生きる」


 カナンがどれだけの強さかは分からない。しかし舞那は決めた。もう長く続く戦いは起こさない。犠牲者も出さないと。


「……もう千夏も心葵も、誰も死なせない」

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