#7 空色の決意

「平行世界のプレイヤーね……」


 心葵の家に帰ってきた舞那達。

 心葵は風呂の準備、千夏はクラスメイトに電話するため部屋から離れ、舞那1人が部屋に取り残された。

 そのタイミングを狙い、メラーフは時間を停止。カナン来訪から文乃の来訪、そして今後起こるであろう緤那の来訪を伝えた。


「ああ。幾多の死を踏み越えた末に漸く作り上げたこの世界……折角の平和も崩れるかもしれない」

「……綺羅さん、って言ったよね。今はどこにいるの?」

「志紅緤那が来るまでは、一先ずホテルに泊めさせることにした。金銭的な話に関しては僕が手を貸したから安心してくれ」


 安心しろ、とは言うが、舞那はそもそも文乃の財布事情など心配していない。寧ろ心配しているのは、文乃が再び荒れるのではないかということ。龍華1人でも制圧できるが、暴れ始めたら少なからず犠牲が出る可能性があるためである。


「そんなの1人にして大丈夫なの?」

「大丈夫だ。綺羅文乃は一途だから、志紅緤那が来るのを静かに待つ」

「……随分詳しいね」

「何せ恋人だからね。まあ、前世の話だけど」


 いつも通り、ニヤけた表情のメラーフ。しかし、一瞬会話が途切れた瞬間にその表情は暗くなった。


「舞那、問題は綺羅文乃よりも、先に現れたカナンの方だ。対面したが、彼女の力は全く読めない。もしかすると舞那より強いかもしれない」

「私よりも? ってことは……うん、勝てる人いないね」

「いない。綺羅文乃の力でも、恐らくこれから来るであろう志紅緤那の力でも、カナンには勝てない」

「んー……まあでも、今までだって何回か考えたことあったよ。この戦いで死ぬかもって。けどこうして生き残った。だから今回も私は負けない。心葵や千夏、みんなの平和を崩したくないから」


 不安は無い。寧ろ勝つ自信しか無い。そして、世界を壊せるだけの力を持つカナンがこの世界に居ることに焦っていない。これが2回目の戦いの最中の出来事であれば、当時の舞那は相当焦っていたのだろう。

 僅かな時間とは言え、舞那は神になった。メラーフと同じ、全てを変えられる力を手に入れた。力を手に入れたからこそ、メラーフと同じ強い心を持ち、世界の破滅を前にしても落ち着いている。


「……志紅緤那をこちら側に引き込み、作戦を立てればすぐに戦いになるだろう。どんな戦いになるかは見当がつかないが、舞那も戦いに参加してくれるか?」

「当たり前でしょ。この世界で戦えるのは、龍華と私しかいないんだし。それに、私は神様だから」

「"元"神様、だがね」

「そうだった……まあ、戦いになったら呼んで。時間さえ止めてくれればいつでも駆けつけるから」

「ああ。進捗があり次第、その都度報告するよ」

「うん」





 メラーフは消え、時間は動き始めた。

 道路を走る車の音。外を歩く人達の声。エアコンから流れる温風。1度途切れた音が再び舞那の耳に入る。


(また、戦うことになるの……?)


 メラーフとの会話が始まった直後、舞那はメラーフから翼を模した透明なアクセサリーを受け取った。このアクセサリーには、かつて神に等しい力を得て本物の神になった時の舞那の力が宿っている。

 龍華達の身体は世界の改変と共に変化し、メラーフのバックアップを得なければアクセサリーを用いた変身は不可能。しかし舞那は神の力、プレイヤーとしての力を全てアクセサリーに宿しているため、バックアップが無くとも当時と同じ力を得られる。故にメラーフは舞那にアクセサリーを渡した。

 このアクセサリーは、言わば舞那のアクセサリー。この中には楽しかった記憶だけではない、ありとあらゆる感情が宿っている。ため息と共にアクセサリーを握る舞那の心情は、あまり良いものではなかった。


「う~寒い寒い……」


 風呂場から戻った心葵と、その後ろには電話を終えた千夏。心葵がドアを開けると同時に、舞那は隠すようにアクセサリー握りしめ、何気ない会話の中でバッグの中に入れた。


「さて、明日はどうする?」

「一旦帰って、新しい着替えとかを持ってきて……どうしよっか」


 舞那の父と母は、ネタ探しに夫婦中睦まじく海外旅行。心葵の母は長期出張で県外。千夏の両親は以前より海外在住。元々殆ど一人暮らしの千夏はともかく、舞那と心葵は年末年始の間は孤独。

 高校卒業後、舞那達3人は同居を予定している。同居の予行練習、という訳でも無いが、孤独という状況を変えたいがため、年末年始にかけて3人が心葵の家に居る。

 しかし、さすがに年末年始毎日となると、持っていく着替えの量が増える。故に舞那と千夏は2日分の着替えを持ち、2日分が終われば新しく家に取りに行くことにした。


「敢えて1日布団の中……とか?」

「……いいかも。たまには1日中寝てたいって思うし、高校出ればそんな日も無くなるだろうし」

「……まあ、舞那さんと心葵さんがいいなら私もいいですけど。でも1日寝続けることは無理ですから、布団の中でできるゲームでもしてますか?」

「いいねぇ、怠けてるねぇ私達……」

「怠けたっていいじゃない。高校生なんだもの」


 1日中怠けるというスケジュールを立てている今現在、既に舞那と心葵の中にある様々なやる気が失せていく。そんな2人を見ている千夏も、自らのやる気が徐々に失せている気がした。


「あ、でも今夜はまだ怠けちゃダメ。千夏と舞那をとことん味わうからね」

「いや、寧ろ心葵が私に食べられるかもよ。千夏は総受けだから勿論食べちゃう」

「誰が総受けですって? いいでしょう、心葵さんも舞那さんも私がまとめて頂きます」


 さっきまで世界の破滅云々を話していたとは思えない程、舞那はいつも通りだった。故に心葵も千夏も舞那に異変を感じることなく、いつもの舞那として接した。

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