#6 透明な思惑
「っ!!」
突進を防がれ、一瞬呆気にとられた文乃。それでも龍華の反撃を警戒し、後退する体勢になっていた。しかし文乃は後退どころか前進することさえ許されず、気付いた時にはアクリルのような壁に前後左右上下を塞がれていた。
「これは……?」
「それは僕の作った結界だ。最初に警告しておくが、その結界の中で力を使えば君自身を傷付けることとなる。無論、壁は壊れない」
「……あなた、神?」
「そう。僕の名はメラーフ。この世界を見守る唯一神だ。僕もこの世界の一部であるが故、世界を壊されるのは非常に困る。本来ならばもう殺しているが、君と話したいことがあるから生かしている」
結界越しに話すメラーフは微笑んでおり、その隣には変身を維持した龍華。文乃は既に龍華への勝ち目が無いことを理解しているため、詰んでいる状況であることもすぐに理解できた。故に文乃は戦意喪失し、死を覚悟して変身を解除した。
「殺せる私を生かしてまで、あなたは一体なんの話をしたいの?」
「……志紅緤那を知っているかい?」
「っ……何で、あなたが緤那さんを?」
「やはりね……どうも僕の前世の姿は志紅緤那、君の仲間だったみたいだ」
メラーフの中には、前世の記憶が宿っている。ただ前世と言っても、緤那としての記憶は2018年の記憶。同時に、メラーフが今生きているのも2018年。メラーフは最初、現在進行形で体験している2018年と過去形で体験した2018年という、現実と記憶の齟齬に混乱した。
しかしカナンと同じく平行世界から来訪した文乃と出会い、メラーフは記憶の齟齬の真実に辿り着いた。
文乃が居た世界とはまた別の平行世界、即ち緤那の世界が、ゾ=カラールとフォルトゥーナによって2018年でリセット。"0"に戻った世界で神という名の"1"が生まれ、そこからこの世界に直結した。故に緤那の生まれ変わりであるメラーフにはリセット前の2018年の記憶があり、リスタートした2018年で偶然にもその記憶を取り戻した。
「仲間……私達は、仲間なんて言葉で片付けられる関係じゃなかった。私と緤那さんは恋人だった……けど、緤那さんはもう死んだ。あなたが緤那さんの生まれ変わりであったとしても、あなたはあなたであり緤那さんじゃない」
「……君の世界では志紅緤那が死んだのか。僕の中にある志紅緤那の記憶とは違うな。僕の記憶では、志紅緤那ではなく綺羅文乃、君が死んでいた。その結果、志紅緤那は新たな力を身につけていた……」
メラーフが話し終えると同時に、龍華の身体に電流並みの悪寒が走った。
「……メラーフ、私今、結構ヤバい想像しちゃった」
「ああ……その想像をしたのは僕も一緒だよ、犬飼龍華」
龍華とメラーフの会話内容をうまく理解できていない文乃は、無意識に首を傾げ分かってませんアピールをした。
「綺羅文乃、君はさっき創造者と言っていたな。創造者とはどんな存在だ?」
「……私達を動かす。私達の世界を作って、私達の運命を勝手に決める存在」
緤那を失った文乃も、カナンやエリザ同様に創造者という存在を知った。しかし緤那の死で一生分の絶望を味わった文乃は、自分達の言動が全て"決められたもの"であるという衝撃にはほぼ無関心だった。
「……綺羅文乃、君にとって喜ばしいか否かは分からないが、この世界も創造者という者の思考の元動いているのであれば、恐らく君が死んだ世界の志紅緤那がこの世界にやって来る」
「緤那さんが……この世界に……!?」
「恐らく、いや間違いなく来る。君と同じで心が凍った状態でね」
文乃が一生分の絶望を味わったのであれば、緤那も同じくらいの絶望を味わっている。仮にこの場に現れたとしても、このようにしてまともに会話できるかどうかさえ怪しい。
しかし今この世界には文乃が居る。文乃と対面すれば緤那は変わるかもしれない。逆に緤那と対面すれば文乃も変わるかもしれない。もしも2人が正気を取り戻せば、創造者ではない、メラーフの思惑通りに事が進む。
「綺羅文乃、僕と手を組まないか? 僕と手を組めば、志紅緤那に再び会える。加えて、創造者とやらの呪縛を壊すことを約束する。さらに断言しよう。君は創造者の思惑に背いて平行世界を移動しているんじゃない。君の行動は全て、創造者の思惑通りだ。創造者の思う通りに動かされ、操られ、結果この世界に辿り着いた。しかし創造者は1つミスを犯した」
メラーフの発言に、隣で聞いていた龍華は笑みを浮かべた。
「ここには、世界すら思うがままに変えられる存在が居る。加えて、思ったことを殆ど実行できる僕が居る。準備さえ整えば、創造者すらも予想しないであろう結果を生める」
言わば、メラーフは創造者を超えようとしている。それ即ち、作品内の登場人物が原作者の意向に背く行為。そんなことできるはずがない。
「無理よ……私達が何をやっても創造者には指1本触れられない」
「やってみたかい? 君は触れようとしたのか?」
「し、してない、けど……」
「やってもいないのに決めつけるな」
メラーフの強い言葉に、文乃は今にも消えそうなウィスパーボイスで「はぁ?」と答えた。
「人間の悪いところの1つは、やってもいないのに決めつけることだ。最初から諦めれば何も始められない。何も成し遂げられないまま一生を終える。人間は短い命だ。そんな短い時間を何もしないまま終わるのを、君は良いと思うのか?」
メラーフは神であるが故に、人間よりも多くの時間を生きる。寧ろ"死ぬ"ということがない。しかしメラーフには前世の記憶、文乃を目の前で死なせてしまった緤那の記憶がある。人間としての記憶がある。
緤那の記憶には負の感情しかない。憎悪、悲哀、破滅、恐怖、絶望。そしてそれらの感情を凌駕する程の強い後悔。人を死なせたことによる悲しみを知っている。愛する人を死なせてしまったことへの後悔を知っている。
知っているからこそ、創造者という存在を認知しながらそれを超えようとしない人間を否定した。
「努力しろ。自信を持て。イメージしろ。諦めるな。どうせいつかは死ぬ。ならば来世の自分に恥や後悔を背負わせないような自分に
絶対的な自信。無論、文乃の僅かな説明で創造者というものがどういったものかを、メラーフは大体理解している。
即ち理解した上での自信。その自身は最早異常とも思われるが、文乃は不思議と疑念を抱かなかった。寧ろ、その自信に賭けてみたいと考えた。
「綺羅文乃、君は不幸な人間だ。創造者とやらに操られた挙句、恋人を失った。しかしこの世界に来たことが唯一の救い……僕に出会ったことが最大の幸運。僕を頼れ、頼って、自分で自分の思い描く未来を掴め」
「っ!」
文乃は一瞬、メラーフの姿に緤那の姿を重ねた。そして同時に、本当にメラーフは緤那の生まれ変わりなのだと理解した。
メラーフ曰く、メラーフに出会えたことが最大の幸運。文乃にとって、人生で最高の幸運は緤那に会えたこと。それは揺るがない。しかしメラーフは転生した緤那。即ち、文乃の最大の幸運は転生した緤那に会えたこと。
平行世界を越えても、文乃は緤那に出会った。名前も、姿も、全てが違う。それでも、メラーフという名の新たな姿の緤那に出会い、狂ってしまった文乃の人生は再び変わろうとしている。
(あぁ……やっぱり、私は緤那さんと出会う運命なんですね……)
「メラーフ、もし創造者の呪縛から解放されなかったら、私はあなたを殺す」
「いいよ。まあ、殺す時は来ないだろうし、そもそも殺せないだろうけど」
「……やっぱ、緤那さんじゃない」
いちいち人を苛つかせる言い回しをするメラーフに、文乃は開きかけた心を再び閉ざした。しかし閉ざした心に鍵はかけられていない。
(緤那さん……早く、私に会いに来てください)
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