#5 翠色の烈風
「文乃、気をつけた方がいい。彼女から異常なまでの力を感じる」
かつてこの世界に存在した神、デウス。そのデウスの生まれ変わりにして、最終的に死んだとはいえ前回の戦いを生き抜いた元プレイヤー龍華。
龍華と対面したクロノスは、見ただけで龍華が強いと察した。文乃はクロノスからの忠告を受け取ったが、忠告を受けるよりも前に龍華の力を感じていた。故に、既に油断等という言葉は捨てている。
「試してあげる。アンタに世界を壊すだけの力があるのかどうかね」
「……私には神が宿ってる。あなたみたいなただの人間には負けない」
「……メラーフ、聞いた? 私がただの人間だってさ」
龍華はこの会話を聞いているであろうメラーフに一方的に話しかけ、返答もせず聞いていたメラーフはニヤついた。
「生憎、私……ただの人間じゃないんだよねぇ」
その時、龍華の翼は変形し、文乃の前で光の翼を披露した。
直後、紫の光を放っていた龍華は音もなく文乃の前から消え、気付いた時には文乃の首元に黒い刃が近付けられていた。その刃は鎌。その鎌を持っていたのは龍華。そして鎌は後ろから向けられている。即ち、文乃とクロノスが視認できない次元の動きで、龍華は文乃の背後に移動した。
「アンタとは違う。私は正真正銘の神……まあ、正確には前世の話だけどね」
「……っ、今の動きは速いなんて言葉じゃ言い表せない。一体何をしたの?」
「……神にしかできないこと、かな」
時間への干渉。かつて選ばれたプレイヤーのみが使うことを許された、言わば神の領域に達した者の力。
文乃が居た世界。即ち全てのベースとなった世界でも、時間に干渉する力を持ったプロキシーはいた。しかし未確定の未来に飛躍したり、逆に確定した過去に干渉する者しかおらず、時間を止めるという力を持つ者はいなかった。故に目の前から消えた龍華が「時間を止め移動した」という考えは文乃に無く、「人間を超えた速さで移動した」という考えしか出なかった。
隣にいたクロノスは、原初の神にして時間を司る神であるため、龍華の動きが時間停止によるものだとすぐに分かった。とは言えクロノスは、あくまでも過ぎ行く時間を司る者。動き続ける時間を止めることもできなければ、止められた時間に干渉することもできない。
「っ!」
文乃の危機を前にしたクロノスは、咄嗟にライティクルで刃を生成。龍華に向け刃を突き出す。しかし、クロノスの身体が「龍華に刃を突き刺した」と思うよりも先に、クロノスの身体は「突き刺された」と認識した。
「うぐっ!?」
「ねえ、こんな痛み味わったことある? お腹の中抉られて痛いでしょ、苦しいでしょ。まあ、私はそんな経験ないからどれ程の痛みか分かんないけど」
龍華の持つ白の槍は、クロノスの腹を突き刺していた。刺す瞬間は見えていない。即ち、龍華は再び時間を止め、止められた時間の中で槍を腹部に刺した。
「今すぐ殺したっていいけど、その前に幾つか聞かせて。まずは……名前、教えて」
「……綺羅、文乃。そっちの青髪はクロノス」
「じゃあ綺羅さん、なんで世界を壊そうとしてるの?」
「……戦いを終わらせるため」
「……残念ね。この世界の戦いは既に終わってる。綺羅さんが来たせいでまた戦うことになったんだけど。で、世界を壊すことと戦いを終わらせること、一体どういった関係で2つが繋がるの?」
「平行世界を壊せば、その世界は消える。1度消えた世界はもう元には戻らない。つまり全部の平行世界を消せば、もう戦いの起こる世界が作られることがない。平行世界の私達が辛い思いをすることもない」
文乃の説明を受けても、龍華はあまり話の内容を理解できなかった。
「知ってる? この世界は創造者ってのに作られた虚像なんだって。私達も、虚像の世界を彩るために作られた存在。戦うために作られた存在。適当な理由付けられて、ただ戦わされるだけの存在! 私達は人間のはずなのに、何で戦わされなきゃいけない? 意味が分からない! なら! 世界を全部壊して、戦いを起こせる世界を無くせばいい! もうどの世界の私達も傷付けさせたくない!」
文乃はハイヒールにライティクルを集約させ、自らの足下から急激な上昇気流を発生させた。気流に乗り文乃の身体は上空へ舞い上がり、その一瞬だけ龍華に隙が生まれた。
(クロノス!)
その一瞬、文乃に呼ばれたクロノスは、自らの身体を青いライティクルへと変化させ、龍華が反応できない速度で文乃の中に吸い込まれた。
直後、既に文乃と融合していたセトは、クロノスの力が加わったことでアウェイクニング・セトへと進化。花萌葱色の髪は翠色へ。白いへそ出しTシャツは、生地の薄い黒と青のセーラー服へ。デニムのショートパンツはスパッツへ。スパッツの上からは髪色より明るい、ほぼ股と同じ丈のスカートを履いた。同時に文乃の姿も変化し、セトの衣装からアウェイクニング・セトの衣装へと衣替えした。
(見た目が変わった……ってことは、力も変わったかな)
文乃の姿が変わったことで、龍華は無意識に笑みを浮かべた。
戦いはゲームではない。言わば敗北イコール死の状況。そんな状況で笑みを浮かべ、心の奥底で「楽しい」という感情を浮かべる人間は、恐らく生死を賭けることに興奮を感じる人間。或いはサイコパス。しかし龍華はそのどちらでもない。体感的には2ヶ月ぶりの戦いに、謎の懐かしさを感じたのだ。
止めようと思えば時間は止められた。止めれば空中で文乃を殺せた。しかし、時間を止めては戦いを楽しめない。故に龍華は時間を止めず、光の翼さえも解除した。
「この世界も壊す……そのためには負けられない!」
文乃はハイヒールにライティクルを集約させ、自らの背後に追い風を生成。追い風に身を任せ、龍華に向かい真っ直ぐに加速した。
アウェイクニング・セトの能力は"烈風"。従来の能力である風の上位互換であり、従来の使い方は勿論、さらに強力な風を生み出すことが可能となった。
元々鋭利だったセトの風はさらに鋭利になり、その風は身体だけでなく鋼鉄すらも切り裂ける程強力。そんな異常すぎる風を纏った文乃は、言わば動く凶器。すれ違っただけでも危険だが、文乃は龍華を殺す気でいるため、すれ違うどころか突進を考えた。
(決める!)
文乃のショルダーブロックは確実に龍華の胴体を捉えている。加えて龍華は防御も回避もせず文乃を見ている。
この戦いは文乃が制した。クロノスとセトだけでない、文乃自身もそう確信した。
「……っ!?」
「今の、風を操ってたの? 悪いけど、綺羅さんの攻撃じゃ私を殺せないみたい」
風を纏った文乃に突進されれば、人体はほぼ確実にバラバラになる。しかし、突進を受けた龍華に外傷は無く、突進によるダメージすら無い。それどころか、その場から1ミリたりとも動いていない。
それもそのはず、龍華の所有する白の槍の能力は硬化。文乃の突進だけではない、緤那のアクセラレーションスマッシュを受けても、多少ぐらつくがダメージは殆ど発生しないだろう。
「期待して損した」
龍華は時間を停めた後少し移動し、止めた時間の中で文乃の首を落とすべく鎌を振り上げた。
「待て、犬飼龍華」
「メラーフ……どうして止めるの?」
龍華を制止したのは、戦いを傍観していたメラーフ。
「彼女はもう君に勝つ自信を失った」
「だからって放っておけば世界が壊される」
「大丈夫だ。それに、僕はまだこの子に聞きたいことがあるからね」
根拠の無いメラーフの言葉に、龍華はため息をつく。その流れで龍華の戦意は萎え、振り上げた鎌を下ろした。
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