#4 紅桔梗の再臨
「なんの用? 舞那が書き換えたから、もうこの世界にはプロキシーは居ない。私達のやるべき事はもう無いはずよ」
「ああ、確かにもう無い。現時点ではね」
「どういうこと?」
「……平行世界から、この世界を壊そうとする輩がやってきた」
平行世界という言葉に、龍華は若干胡散臭さを感じたが、メラーフに限ってガセネタを持ち出す筈が無いことは知っている。
「何者?」
「カナンとアラン……そう言ってた。そしてこれは実際に会って話したからこそ分かる事だが……アランは人間じゃない」
プロキシーであるアランは、人間と全く同じ見た目をしている。故に見ただけでは人間との区別がつかない。
メラーフが居る世界のプロキシーは、人の形はしていても人の見た目ではない。アランと並べてみれば、誰がどう見てもアランの方が人間。とは言え普通の人間に、緤那達の世界で生まれたプロキシーは視認できないが。
「……プロキシー?」
「プロキシー、というよりは……寧ろ僕やアイリス、デウスに近い気がする。恐らくは平行世界での神だろう」
見た目は人間であっても、アランから感じる力は人間ではない。生きた時代は違っても、神であるメラーフにはそれがすぐに理解できた。
「舞那は知ってるの?」
「まだ言ってない。流石の僕も、大野千夏と風見心葵と楽しんでるところを邪魔したいとは思ってないからね」
メラーフは神であるが心が無い訳では無い。加えて前世は人間であり、断片的ではあるが人間だった頃の記憶もある。楽しみを邪魔された時の嫌な気持ちも勿論知っている。故に、まだ舞那にはカナンの来訪について話していない。
「……分かってると思うけど、私はこの世界を壊させたくない。折角舞那が作り直したのに、折角雪希に思いを伝えられたのに……こんなところで壊れるなんて納得できない」
「そういうと思ったよ」
「メラーフ、今の私がアクセサリーを使えばどうなる?」
「書き換えた今の世界では、君がプレイヤーとして戦った経歴がない。故に身体が対応しきれず、改変直前の君と同じ力は出せない……が、あの時の君と同じ力を使う方法がある」
メラーフは龍華に背を向け、手を動かしながら龍華が戦う為の方法を説明した。
「僕は世界の改変の影響を受けない。受けないからこそ、改変前後の全てを知ってる。即ち、僕の中には全ての"君"が記憶されている」
「……つまり?」
「あの時の君のバックアップを、今の君にロードさせる。そうすれば一時的だが当時の力を取り戻せるし、戦いが終われば今の君に戻る」
龍華だけではなく、これまで戦ってきたプレイヤー達のバックアップはメラーフの中にある。そのバックアップを今の龍華達にロードさせれば、バックアップ時点の身体能力だけではなく、髪型や身長体重を完全に再現できる。
言わばこれは、メラーフの記憶をローディングする行為。舞那の使用する能力であるローディングと似ているが、他人の記憶を自身の力へと変える舞那とは違い、メラーフの場合は自らの記憶を他人の力へと変える。
「そんなことが出来るの?」
「忘れたかい? 僕に出来ない事はそんなに無い。それにアイリス……舞那だってローディングという力を使えた。舞那に出来るんだ、僕にだってできるよ」
「……相変わらず出鱈目で絶大ね、神の力ってのは」
ため息をつく龍華に対し、メラーフは不敵、否、不遜な笑みを浮かべた。
「なら案内し…………すまないが、カナンとアランよりも前に会ってみるべき者が現れたみたいだ」
「え?」
◇◇◇
色絵町は既に夜闇に包まれている。中には街灯の無い真っ暗な場所もある。
そんな暗く静かな場所に現れたモノリス。そのモノリスから発せられた光により、街灯の無い暗い住宅街は明るく照らされた。
「妙に静かね……まるで時間が止まってるみたい」
モノリスの中から現れたのは、翠緑のロングヘアが特徴的な少女。身長はそこまで高くはない。
「クロノス、この世界はどんな世界?」
少女が問うと同時に、少女からクロノスが分離した。直後に少女の姿に変化が生じ、服装だけでなく髪色も僅かながら変わった。
「……どうやら、私達は居ないみたい。けどプロキシーの気配がする。この波長は恐らくアランだね」
「アラン……殺したよね?」
「平行世界のアランだよ。とは言え、アランがどうやって世界の壁を越えたのかは分からないけど」
少女が元居た世界のアランは、既に少女の手で葬られた。故に現在この世界に存在しているアランは、少女が居た世界とは別の世界から来たアランだということが分かる。
そもそもここは少女が居た世界とは違う世界。アランが生きていてもおかしくない。
「なら人間滅ぼす前に、先にアランを殺そっかな」
「その前にアンタが死ぬかもよ」
「っ!」
突如聞こえた声に少女は反応し、背後から心臓目掛けて突き出されていた槍を回避。軽やかな動きで槍から距離を取り、戦闘態勢になった。
「私達の世界に何か用?」
「……壊しに来た。平行世界は潰せるだけ潰して、紡がれる悲劇を無くす」
「は? 何言ってんのか全く分かんない。分かんないけど……世界を壊すってんなら私の敵ってことでいいよね」
街灯は無い上、雲に隠れて月光も無い。故に顔はよく見えない。しかし闇の中から感じるただならぬ殺意は異常であり、少女の膝は無意識に震えていた。
「あなた……誰?」
「私? 私は犬飼龍華。この町に住む高校生。まあちょっとばかし、普通の高校生とは違う力を持ってるんだけどね」
「違う力……まさかプレイヤー?」
「御明答……と言いたいところだけど、多分アンタの言うプレイヤーと私達とじゃ違う」
闇の中、龍華は白の槍と黒の鎌を持ち、大きく息を吸い込んだ。
「……変身!」
直後、龍華の身体は黒と白と紫の光に包まれ、再び暗い住宅街を照らした。
光は弾け、龍華の私服は白黒紫の3色のドレスへと変わった。
ドレスは背中開き。スカートの前部分は膝丈、後部分は地面スレスレ。同時に髪色も変わった。黒髪をベースとし、白と紫のメッシュ。そして背中からは龍華の、デウスの翼が生えた。
龍華が変身すると、月を覆っていたはずの雲が消えた。月明かりに照らされた龍華の姿は非常に美しく、少女が今まで見てきたプレイヤーやプロキシーの中でもその美しさは並外れていた。
「あれは……」
少女の視界の外から2人の様子を伺っていたメラーフは、明かされた少女の姿を見て衝撃を受けた。
「文乃……?」
メラーフの中に宿る前世の記憶。その記憶の中で死した少女、文乃。今龍華と対面している少女は、メラーフが記憶している文乃と酷似していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます