#3 鈍色の記憶

「神? この世界に神がいるの?」

「いるよ。まあ、僕しか居ないけど。さて、本題に戻ろう。君達は何者?」


 メラーフの表情と声色は、世界に現れた言わば異物であるカナンを前にしても崩れず、まるで小さな子供と接しているかのように穏やか。カナンはその表情に寧ろ警戒したが、下手に抵抗するよりは従う方が得策だと考え、若干の間を空けた後にメラーフの質問に答えた。


「……私はカナン、こっちはアラン。平行世界から来た」

「平行世界……! まさか実在しているとは驚きだよ!」


 先程までの穏やかな表情から一変し、さながら楽しみに心を奪われた子供のような無邪気且つイキイキとした表情を見せた。その変わり様にカナンは、精神に異常でもあるのかと再び警戒した。


「しかし、平行世界で生まれた君達は、なぜこの世界に来たんだい?」

「壊しに来た。全ての平行世界を壊して、私の思い描く理想郷を創る」


 世界を壊す。その言葉にメラーフの表情は僅かに凍り、先程までのイキイキとした様子は消えた。


「邪魔するなら、まず最初にあんたを殺す」

「おおっと、それはやめとくよ。何せ、僕には君と戦えるだけの力はないからね」


 戦闘意欲が無いアピールとして、メラーフはカナンの目の前で両手を上げる。その行動と言葉に嘘は無いと感じたカナンは、首から下げたアクセサリーを掴んでいた手を緩めた。


「けど勘違いしない方がいい。僕はこの世界を見捨てた訳じゃない。断言しよう。君達の力では、どう努力してもこの世界を壊せやしない」

「どうかな。私は神格化して、いずれは創造者にすら干渉できる力を持つ。それに干渉しなくとも、私はもうだれにも負けない」

「創造者? よく分からないけど、この世界の戦いを生きた子……いや、生きた子達の力は甘く見ない方がいい」


 カナン達とは違う時間に生まれ、違う時間を生きたメラーフは、創造者という存在を知らない。そもそも、この世界が創造者により創られた仮想の世界であるということも知らない。何せ、メラーフの生きた時間の中では、カナン達のように創造者の存在を知れたものはいない。


「戦いがあったの?」

「あったよ。プロキシーって怪物と人間の戦いがね。けどそれ以上のことは教えてあーげない」


 メラーフは指を「パチン」と鳴らし、音と同時にカナンとアランの前から消えた。瞬間移動のようにも思えたが、それを知ったところで何の利益も無いと察したカナンは思考を止めた。


「どうやら、プロキシーがいた世界がリセットされ、また新たにプロキシーが生まれたみたいだね」

「私達の居た世界のプレイヤー相手なら勝てると思うけど……私達の知らないプレイヤーには勝てるかな?」

「勝てるよ。創造者に干渉すれば、私達はどんな敵にだって負けない」

「……アランがそう言うなら、そうだね」


 カナンは振り返り、再び見慣れない色絵町を眺めた。


「……そろそろここを離れよう。身体が冷たくなってきてる」

「うん……」


 ◇◇◇


「あ"あ"~、喉痛いよぉ……」


 終盤、ハイトーンボイスの曲が連発したためか、千夏の喉は限界を迎えた。千夏だけでなく、他の面々もこれ以上の歌唱は命取りになると思われたため、舞那達は大人しくカラオケから退店した。


「私達はこの後どっかでご飯食べてくけど、2人はどうする?」

「私はそろそろ帰るわ。秋希も待ってるだろうし」

「私は……」


 舞那、心葵、千夏は商店街に残り、雪希は帰宅。今後の行動について問われた龍華は、少し考えた。

 特に予定もなく、且つ金欠という訳でもないため、このまま舞那達と外食してもいい。しかし既に空は暗い。そんな中、雪希を1人で帰らせる訳にもいかない。それに、舞那達3人の時間に割り込むのも気が引ける。


「帰ろっかな。こんな暗い時間に雪希を1人で帰らせるなんて危なすぎるからね。外食はまた今度、みんなでね」

「そっか……ならここで解散?」

「だね。じゃあ雪希、私達は帰ろ」

「うん。舞那、心葵、千夏、またね」


 5人は商店街で解散し、各々予定通りに行動を始めた。


「いやー、暇が暇でなくなってよかった」

「……って言うか、最初から2人でカラオケ行けばよかったんじゃない?」

「……ま、まあでも? 2人より5人の方が楽しいじゃない?」

「……それもそうだね」


 商店街を抜け、2人は雪希の家に向かって歩いた。2人の家は同じ方角にあるが、雪希の家の方が商店街に近いため、一緒に帰れば雪希を安全に家まで送り届けられる。それから先は龍華1人になるが、龍華は暴漢が相手でも確実に勝利できる自信があるため問題ない。いや、実際その辺の成人男性よりも断然強い。


「……そう言えばさ」

「ん?」

「今朝言ってた、変な夢のことなんだけど」


 掘り返された悪夢の話題に、龍華は思わず足を止めた。


「さっきカラオケに居る時、夢の内容の一部だけ思い出したんだ」

「……どんなの?」

「……舞那が、私の前で死んだの。膝から下が切れて無くなって、身体中から血を流して……あんな夢見るなんて、私……どうかしちゃったのかな?」


 その夢の内容は、明らかに「1回目の戦い」の記憶。どうやら記憶の再生は、龍華が思っていた以上に早いらしい。


「……きっと疲れてるんだよ。私だって、たまに誰かが死ぬ夢とか見るよ。変に気にしすぎると体調崩すよ」

「……そう、かな」

「そうだよ。ほら、もうすぐ家着くから、そんな暗い顔しないの」


 視界には雪希の家。あと数十メートルで帰宅できる。


「……ねえ、龍華……」

「ん?」

「……キス、してもいい?」

「……え!?」


 それは突然の衝撃だった。

 龍華は雪希に思いを寄せているが、親友という枠を越えないようにしてきた。なぜなら、雪希は1回目の世界から舞那に好意を抱いていたから。恐らくは3回目の雪希も舞那に好意を抱いていると考えていたからこそ、龍華は自らの本心を押し殺してきた。

 しかし、龍華の考えは違っていた。舞那により改変されたこの世界では、舞那は既に心葵と千夏の2人と交際している。雪希は舞那が好きだった。好きだからこそ、舞那の幸せを邪魔したくない。故に、未だ舞那を愛していていても、今では親友として接している。1人の友としての愛情を抱いている。

 そして今、雪希は親友である龍華に、限りなく好意に近い感情を抱いている。舞那の代役という訳ではなく、龍華という存在に。


「とと、突然何を!?」

「……私、龍華のことが好きになっちゃったみたい。いつも龍華は私と一緒に居てくれるし、いつも優しいし、いつもこうして家まで送ってくれる。私が勝手にそう考えてるだけかもしれないけど、何だか龍華が特別な存在に感じられるの」

「雪希……」


 晴天の霹靂に大雪と地割れを付け加えたような、衝撃という言葉では到底表現できない程の衝撃。加速する鼓動は地面を伝い、地震を起こすのではないかとさえ思った。


「……友達だと思ってた龍華に突然こんなこと言って、やっぱり私、変だよね」

「変なんかじゃないよ! だって雪希が私の事好きになる前から、私は……雪希のこと、ずっと好きだったんだから」


 ずっと押し殺してきた言葉。言いたくても言えなかった言葉。1度死んで、3回目の人生を歩んで、漸く言えた。


「でも、こんな私でいいの?」

「龍華だからいいの……龍華だから、私の"初めて"をあげるの」


 雪希は龍華の項に手を回してから身体を前に動かし、そのまま自らの唇で龍華の唇に触れた。

 唇の感触。唇を通して感じる互いの体温。至近距離で感じる互いの息。さらに加速する鼓動。

 初めてのキスの感覚は消えぬまま、2人の唇は離れた。


「……ありがとうね。私のワガママ、聞いてくれて」

「……これで、変な夢のことを忘れられるなら、私でよかったら何度でもしてあげる」


 互いに見つめ合う。頬は赤く染まり、目はさながら酔っているかのように恍惚としている。


「……じゃあ、ね」

「うん……それじゃ……」


 雪希は熱くなった顔を背けながら、自宅玄関まで走った。その後ろ姿を眺める龍華は、まだ鮮烈に残っているキスの感覚に陶酔。数分程度その場に立ち尽くした後、ふと我に返り自宅に向かい歩いた。






 その時、聞こえていたはずの音という音が全て消え、動いていたはずのものは全て停止。この光景には見覚えがある。そしてこの光景を龍華達に見せるのも誰か知っている。


「久しぶりに会ったと思えば、廣瀬雪希といい雰囲気になってるじゃないか。僕の知ってる犬飼龍華はそんなニヤついた顔しなかったんだけどね」

「……もう戦いは終わった。今はもう私の生きたいように生きてる。今更何の用?」


 聞き慣れた声。決して好きな声ではない、寧ろもう二度と聞きたくなかった声。


「メラーフ……」

「やあ、久しぶり」

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