#2 白銀の来訪者

「ゆーきちゃーん! りゅーかー!」

「舞那……!」


 商店街を歩いていた雪希と龍華。そんな2人を後方から呼び止めたのは、心葵と千夏と共に外出していた舞那だった。雪希と龍華は振り向きながら立ち止まり、駆け寄ってきた舞那達3人と合流した。


「2人だけで遊んでたの?」

「遊んでたと言うか……」

「寧ろやること無さすぎてただ歩いてた」


 彼女達は冬休みの真っ只中。暇さえあれば友人と外出し、一時的に勉学から開放された時間を共に楽しむ。しかし暇を持て余した雪希と、同じく暇を持て余した龍華が合流しても、やる事や行きたい場所が見つからず、結局は2人で暇を持て余していた。


「3人は買い物とか?」

「暇だからカラオケ行こうかなって」

「雪希と龍華も一緒に行く?」


 これまで、心葵は舞那と千夏以外を苗字で呼んでいたが、文化祭前後から雪希達と交流を深めていき、今では互いに名前で呼びあっている。心葵の付き添いである千夏も、各面々を名前で読んでいる。無論、先輩であるため「さん」は付けているが。


「私はいいよ。どうせ暇だしね。雪希は?」

「このまま歩き続けてもただ疲れるだけだし、どうせ疲れるなら歌って疲れたいな」

「なら決まり! さあみんな! カラオケにレッツゴー!」


 ◇◇◇


 カラオケに入ってから約1時間。既に舞那達の部屋はフェス並に盛り上がっており、盛り上がりは最高潮に達していた。


「?」


 その最中、龍華のスマートフォンにメッセージが届く。発信元は、同じ室内に居る舞那。わざわざ室内に居るにも関わらずメッセージを送るということは、恐らくこの場では出せない話題なのだろうと龍華は察した。メッセージの内容は、「私がトイレ行くって言ったら一緒に来て」と一文のみ。龍華がメッセージを確認しているところを、舞那は盛り上がったまま横目で見ていた。

 そして千夏が歌い終わると同時に、舞那は行動に出た。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「あ、じゃあ私も行っとこ」


 目は合わせなかった。目を合わせれば、2人が何かを隠していると思われる可能性があるからだ。

 2人は予定通り部屋を出て、何気ない顔でトイレへと向かった。


「どうしたの? 雪希達に仕掛けるドッキリでも計画してるの?」

「そんなことしてないよ……前の戦いのこと、なんだけど」


 冗談を織り交ぜていた龍華だったが、舞那の発言で一瞬にして表情が変わった。


「心葵と、それに千夏も、前の記憶が戻りつつあるみたい」

「……やっぱりね。雪希も前の記憶がほんの少しだけ戻ってるみたい」


 心葵達が見た謎の夢。それは、舞那達が経験した「前の戦い」の記憶の片鱗。


「私は、戦いの後に世界を書き換えた。戦いは起きず、誰も死ななかった世界に変えた。なのに……そのはずなのに……」

「舞那は間違ってない。私は前の世界で死んだ。けどこうして生きてる。舞那は確かに世界を変えられた。もしかしたら、雪希達は無意識に舞那の改変に逆らって、前の記憶を取り戻そうとしてるのかも」

「……やっぱり、前の記憶は忘れたくても忘れられないのかな」


 舞那の脳内に、かつてプレイヤーとして戦ってきた自分達の姿と、戦いの中で散っていった心葵達の姿が浮かんだ。

 忌々しくもあるが、自分達を引き寄せてくれた記憶でもある。故に舞那も龍華も、前の世界の記憶は忘れたいとは思っていない。

 しかし龍華の仮説によると、雪希達も前の世界の記憶を取り戻そうとしている可能性がある。舞那と龍華がそうであるように、雪希達にとっても前の世界の記憶は大切なもの。辛い記憶が殆どで、仮に思い出したとしても確実に悲しむ。それでも、出会いをくれたかけがえのない記憶であることは変わらない。


「メラーフに頼んで、私の神としての力を使えば、心葵達から記憶を奪うことはできる。けど、仮に奪ってもいつかはまた悪夢として記憶が蘇ると思う」

「……なら、雪希達が記憶を取り戻すのを待つだけかな。最悪、記憶を消してくれって言われたら消せばいいよ」

「んー……そうだね。まあ、あくまでも消してって言われればの話だけど」


 正直なところ、前の記憶は戻って欲しくない。思い出せば、今の関係が崩れてしまう気がした。


「……戻ろう。あんまし長居すると怪しまれるかもしれない」

「浮気してるんじゃないかって?」

「っ! 違うし!」


 舞那と龍華は部屋に戻り、フェス並みの熱気を保ったカラオケに復帰した。


 ◇◇◇


 季節は冬、且つ今日はいつもより寒い。外を走れば吹く風は肌を刺すほどに冷たく、寒さ以上の痛みを伴う。


「寒い……」


 学校の屋上。ただでさえ風が強い上、真冬。その寒さに身体と声は震え、この世界に渡来してきたカナンは早くもやる気が失せた。


「場所を移そう」


 分離していたアランはカナンの肩に手を置き、少しでも寒さを緩和させるためカナンの背中に身体を密着させた。


「こんな寒いとこにいたら身体に障るよ」

「うん……けど、もう少しだけ町を眺めさせて」


 カナンは屋上から色絵町を眺めた。

 同じ名前の町でも、この町はカナンが生まれ育った町とは明らかに違う。

 知らない建物が立ち並び、知っている建物は殆ど無い。物心ついた頃には住んでいた自宅も、幼少の頃よく遊んだ公園も、友達と通った学校も、高校生活を台無しにした病院も、何もかもが無い。


「病室からの眺めも、丁度この位の高さだった。ベッドの上だったから、こんなにハッキリとは見えなかったけど」

「……綺麗な世界だね。私達が居た世界とは違って、町に染み込んだ戦いの匂いがしない。戦いの痕跡も無い。分岐した私達の世界の延長線上にあるとは思えない」


 この世界は、カナンや緤那が生きた世界の平行世界。正確には、その平行世界の延長線上にある。

 この世界の元を辿ると、その世界はティアマトが生き残った世界。緤那達がプレイヤーとなり、文乃が死に、緤那がティアマトの力で進化した世界である。仮に名をつけるのであれば、緤那の世界。

 カナンが居た世界の緤那は、カナンを追って緤那の世界に辿り着いた。その時間軸では、ティアマトと融合した緤那は既に世界から出ていった後。しかしこの世界は、ティアマトと融合した緤那が"戦いの中で偶然死んでしまった世界"から延長している。即ちこの世界の元を辿ると、緤那達プレイヤーは全滅している。

 緤那が死んだ後、ティアマトとゾ=カラールは自分ごと世界をリセットした。そしてリセットされた世界はまた新たな歴史を刻み始め、舞那達が生まれた。しかしリセット前の記憶は世界に定着しており、死した緤那の記憶が転生後の緤那、即ちメラーフの中に残留した。


「この世界に、私っているのかな?」

「分からない。仮に居たとしても、それがカナンじゃない可能性は高い」


 歴史は繰り返されるものである。故に、緤那達の戦いが終わった後の世界でも、舞那達の戦いが始まった。それだけではない。歴史上で重要な出来事は繰り返す。飛行機の誕生も、電球の発明も、第二次世界大戦も、決められた人物により再び繰り返された。

 しかし歴史上において重要ではない存在は、繰り返されない可能性が高い。新たな世界でヒトラーが生まれても、緤那は転生という形で緤那ではなかった。新たな世界でエジソンが生まれても、文乃は転生すらしなかった。故に、カナンがこの世界に再び"海影カナン"として生まれてきているという確証は無い。


「もし、この世界に私、或いは私じゃない私が居たら、どんな風に生きてるのかな」

「さあね……もしかしたら、私と姉妹になってるかもよ」

「ふふ……ならいいかも。もしも今の私より幸せな人生を歩めてるなら、正直この時間を壊したくないかな」

「……カナンが壊したくないなら、私はそれでいいよ。この世界は、戦いが起きない気もするし」

「……もう少しだけ待ってみる。それで怪しげな雰囲気があったら、躊躇いなく壊す」





「こんにちは、お嬢さん」

「「っ!?」」


 町を眺めるカナンとアランに、誰かが声をかけた。振り返るとそこには、布一枚纏っていない全裸の少女が立っていた。


「僕はメラーフ。この世界を見守っている神だ。僕の記憶が正しければ、この世界に君達のような子は存在しないはずだ。君達は一体誰だい?」

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