#5 未来への加速
ナイア・エボルの服はセト・エボルと共通。しかし色が違う。黒い部分は白くなり、緑の部分は赤くなっている。服の形は全く一緒だが、色が違うだけで全く違う服に見える。とは言え、緤那はまだ文乃と再会していないため、「また服が変わった」程度にしか服の変化に関心を持たなかった。
「あの光(ライティクル)を集めなくても能力が使えるんだ……」
(みたいだね。フォルトゥーナのおかげでタイムラグが解消できる)
(どういたしましてぇ~)
ライティクルの集約を経由せず直接加速を発動し、プロキシー捜索のため緤那は1歩前に踏み出した。
「ぅおっ!?」
まだ1歩しか動いていない。にも関わらず、従来の加速数歩分の距離を進んだ。その異常な加速度に緤那本人も驚愕し、思わず足を止めてしまった。フォルトゥーナが融合したことで、「加速」という能力を維持したまま能力値が急上昇したのだ。
アメイジング・プロキシーは「既存の能力とは違う新たな能力」を得て、アウェイクニング・プロキシーは「既存の能力を進化させた能力」を得る。文乃と緤那の例から察するに、エボルは既存の能力により発揮できる力を底上げしている。能力を進化させるアウェイクニングに近いように見えるが、実際には違う。なぜならアウェイクニングは、あくまでも「既存の能力の延長線上にある全く新たな能力」を得ているため、正確には能力自体は進化していない。
アメイジングもアウェイクニングも新たな能力を得ているが、エボルはその名の通りスペックと能力を進化させた。進化させたが故に能力自体は変わらない。猿が進化の果て腕が6本の阿修羅にならず腕が2本の人間になったように、プロキシーの能力も形を維持したまま進化した。
「速い……今までの私で1番速い……!」
(ついでに言っておくと、今の緤那は私の力を使えるんだけど……使いこなせるかは緤那次第だね)
「どんな力なの?」
(それは使ってみてのお楽しみ)
焦らすフォルトゥーナに若干苛つきつつも、緤那は再び捜索のため走り出した。
「っ!!」
数歩進んだ時、緤那の脳内に「2秒後に起こる未来」がイメージされた。
これから2秒後、緤那はプロキシーと遭遇する。
そして直後、「プロキシーと遭遇した未来を歩んだ際に起こること」として幾つかの選択肢が現れた。緤那は選択肢の中から「加速して体当たり、敵の身体を粉砕する」という未来を選択。
未来のイメージから選択までの時間は、ストップウォッチでは測れないほどの一瞬。緤那の体感的には10数秒のシンキングタイムがあったが、それは身体と同時に意識も加速しているが故の現象である。
(これがフォルトゥーナの力……)
フォルトゥーナは原初の神の1人にして運命を司る神。そんなフォルトゥーナとの融合により得た力は「運命の確定」。数秒後に起こる未来を瞬間的に予知し、幾つかの行動選択肢を選ぶ。選んだ答えを実際に脳内でシミュレーションし、厳しければまた別の答えをシミュレーションする。そして最終的に最前の一手と言える行動を見つけ出し、実行、運命を予測し確定する。
セルカは未来予知という力を持っていたが、フォルトゥーナの運命の確定の前では最早セルカの力は真似事。セルカはあくまでも、起こる未来を予知するまでしかできないため、行動により起こる未来をシミュレーションできない。加えて意識すら加速する緤那とは違い、予知から行動までの時間イコール体感時間であるため、どう足掻いても最善の一手を選ぶことはできない。
(ヤバい……今の私、強すぎでしょ!)
2秒後、予知通り緤那はプロキシーと遭遇。直前に加速していた緤那は、選択に従い体当たり。
そして体当たりの瞬間、緤那はほんの一瞬だけ音速に近付いた。
プロキシーの顔を確認することもできず、緤那の高速体当たりを受けたプロキシーは爆散。緤那は足を止めることなく加速を続けた。
その後も緤那はフォルトゥーナの導きでプロキシーを特定し体当たりを続けた。最初は音速未満だった緤那だが、徐々に徐々に音速へと近付いていく。生身の人間では耐えられない、寧ろ意識と肉体を保てていない速度だが、人外のプロキシー、及び神と融合している緤那の身体に影響は無い。寧ろ、もっと速く、もっと速くと、さながらスピード狂のように最高速度へと向かっている。
何体殺したかももう分からない。しかしフォルトゥーナは導きを終え、次で最後だと名言。緤那はさらに加速し、5秒後、直線上でプロキシーと遭遇する未来を予知。
(ラストはやっぱ必殺技で決める!)
緤那は選択肢の中から「相手に気付かれる前にスキルで終わらせる」という未来を選択。中でも、確実に当て確実に一撃で終わらせられる軌道に乗る未来を選んだ。
プロキシーを視認できる距離になり、緤那は地面を強く蹴り上げ空中で飛び蹴りの姿勢になる。姿勢は従来のスキルであるアクセラレーションスマッシュと同じであるが、蹴り上げるタイミング、そして飛び蹴りのスピードが従来のものよりも明らかに違っていた。
「アクセラレーションスマッシュ……"神速"!!」
その時、生身の人間が出せるはずのない破裂音のようなものが響いた。同時に、人型をだったはずのプロキシーは人の形を失い無数の肉片へと変わった。
緤那は確信した。クリムゾンフィストも勿論自らの力であったが、やはりアクセラレーションスマッシュの方がしっくり来ると。やはり加速という能力の方が好きだと。
(プロキシーは全滅した……けど、さすがに早すぎるって)
「速くしたのはフォルトゥーナでしょ」
(まあそうだけど……)
「……いやぁ、やっぱ高速で駆け抜けるのは気持ちいいね。もしかしたら、前世の私はスピード狂だったのかも……って、そもそも私達に前世なんてないのか……」
カナン曰く、この世界は創造者により作られた空想。本来あるはずの広大な時間から僅か一部を切り取り、創造者の思うがままに形作られた。
緤那達はこの時間にしか存在していない。この時間しか無い。アルバムに産まれた時の写真が残っていたとしても、それは語られることの無い設定上の過去。仮に前世の記憶を持っていたとしても、それは後付けの記憶であり語られる時間では無い。即ち、前世等という曖昧且つ不明瞭なものは存在しないと言ってもいい。
(……確かに君達……いや、私達にだって前世は無い。何せこの世界は文章で構成された紛い物の世界。私達は、今この瞬間を生きるためだけに作られたただの登場人物Aに過ぎない。けど、私は運命を司る神よ。自分の運命くらい、自分で決められる。前世は無くたって来世は作れるかもしれない)
「運命は自分で決める、か……」
運命、というものを考えながら、緤那は雲のかかった空を見つめる。
「……ん!?」
その時、空にモノリスが現れ、モノリスが発する激しい光の中から文乃とエリザが現れた。2人はまだ緤那を発見できていないが、緤那には神との融合で変わってしまった2人の姿がハッキリと見えた。
「文乃にエリザちゃん…………フォルトゥーナ、私でも、運命は決められるのかな?」
(さあね。けど運命を、自分が歩むべき未来を変えようと努力しない者に、運命を決めることなんてできない)
「……なら、私は決められる。だって、こんなにも前の世界に帰りたいって、みんなで未来を築いていきたいって思ってるもん」
「見ててフォルトゥーナ。私、絶対にハッピーエンドに導くから」
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