神速の閃光

#4 緤那の世界

「わぶっ!」


 世界の狭間を彷徨い、緤那はどこかの平行世界に辿り着いた。しかしその世界の入口となったのが空中であり、来訪直後に緤那は落下。骨を折る程の高さではないが、ナイアとの融合が解除されていたため受身が取れず地面に激突。尻を強打した。


「~っ!!」

「大丈夫?」

「う、うん……なんとか……って、え?」


 尻を押さえ悶える緤那。そんな緤那を気遣う言葉をかけたのは、ナイアではなかった。

 涙目のまま顔を上げてみると、そこに立っていたのは白いショートヘアの少女。その少女には見覚えがある。彼女はかつてナイアがティアマトの力を引き寄せアメイジング・プロキシーへと進化した後、緤那の夢の中に登場した少女。


「フォルトゥーナ……?」

「はじめまして、志紅緤那。君は私を知らないだろうけど、私は君を知ってる……っと、君も私を知ってるみたいだね」

「……え、じゃあここは……私達の世界から分岐した世界?」


 緤那は文乃同様、自らが生きた世界から直接分岐した世界に辿り着いた。しかし来訪直後に声をかけたのは、ゾ=カラールではなくフォルトゥーナだった。


「その様子だと、やはり君は別の世界から来たみたいだね」

「"やはり"……って、気付いてたの?」

「ああ。何せ、この世界の緤那はもう居ないからね」

「え、死んだの?」

「死んでないよ。君と一緒で、平行世界と平行世界を隔てる壁を越えたんだ」


 緤那はこの後フォルトゥーナから詳細を聞いたのだが、この世界の緤那は平行世界を滅ぼすためにこの世界から旅立った。

 この世界は、クロノスとティアマトが戦いを起こした結果、ティアマトが勝利した世界。ティアマトはプロキシーを解放し、人間を削減しようと目論んだ。その中で偶然、人間との親和性があった個体が現れ、その個体を初めとしたプロキシー達は人間に寄生。プレイヤーが生まれた。プレイヤーはプロキシーを根絶することで、人間の削減を止めることを目的として戦った。緤那や文乃も、この世界でもプレイヤーとして戦った。

 そして緤那がプレイヤーになって暫く経った頃、ルーシェとの戦闘で文乃は命を落とした。元居た世界のルーシェは光の中に宿り、プレイヤーとして戦っていたが、この世界のルーシェは光と出会っていない。故に人の心に触れることも無く、ただ人を殺し続け、文乃が犠牲になった。

 そこからは平行世界の文乃と同じ。神であるティアマトを引き寄せる程の殺意を抱き、ティアマトを自らに宿し融合。ナイアはアメイジング・ナイアへと進化を遂げた。その後ナイアはルーシェを惨殺。世界への絶望を抱き、全世界のリセットを目的として、平行世界の文乃同様に世界を渡った。


「なるほどね……じゃあ、プロキシーはどうなったの? 戦いは終わったの?」

「終わってるよ。とは言え、察しはついてると思うけど君達の敗北でね。緤那がティアマトと融合しこの世界を去ってから、プレイヤー達は一気に衰弱した。いや、そもそもプレイヤーが少なすぎた」


 この世界では、元居た世界よりもプレイヤーの誕生率が低い。故にプロキシーに対してプレイヤーの数が少なく、緤那が消えてからは一方的に劣勢に立たされた。


「……私、いや、私って言っても、この世界の私なんだけど、この世界から出ていく時に何か言ってた?」

「生憎、私は天国からただ見てただけで、緤那が何かを言ったのかは分からなかった。けど、泣きそうな顔はしてた。よっぽど文乃を死なせたことが悔しかったんだろうね」


 この世界から去り行くこの世界の緤那がどんな気持ちだったのか、それは別の時間を生きた緤那にも容易に理解できた。


「……けど、この世界を救う前に、この世界から出ていった……それは許せない。いくら文乃が死んだって言っても、この世界を見捨てていい理由にはならない。同一人物ではあるけど、私なら救うべきものを救う。文乃だって、そうしたはずだから」


 この瞬間、緤那は「カナンを追う」という目的の他に、もう1つやるべきことを見つけた。


「緤那! 平行世界を越えられる力を手に入れたら、アンタを見つけ出して1発殴る!」

「おぉ、面白いこと言うね」

「文乃が死んだからって仲間を見捨てた私に腹が立つ。1発……いや、2発くらい殴んないと気が済まない!」


 緤那が平行世界の緤那を殴る。ある意味自傷行為であるが、緤那の発言にフォルトゥーナはくすりと笑った。


「けどその前に、私がやり残したこと……やるべきだったことを終わらせる」

「と言うと?」

「この世界のプロキシーを全滅させる」

「……無理だ。緤那……いや、ナイア1人の力では50は居るであろうプロキシーには勝てない」

「やってみなきゃ分からない」


 緤那の発言に、今度は呆れたと言わんばかりにため息をつく。


「いいや分かる。何せナイア達を産んだのは私達だからね。あー……けど、プロキシー達に勝つ方法ならあるよ」

「なに?」

「私と融合すればいいよ」

「フォルトゥーナと? ティアマトみたいに?」

「そうそう。私はこの世界が好きだからね、正直壊すのは勿体ないと思ってる。私は私自身の意思でプロキシーを殺せない、だから、緤那と融合すればプロキシー達を滅ぼせる」


 フォルトゥーナも、ゾ=カラールも、自らの手でプロキシーを葬ることはできない。何故なら、神は間接的に人の命を操れるが、直接奪うことは理に反する。もしも仮にフォルトゥーナが人間を1人殺せば、その時点でフォルトゥーナは理に反したこととなり、消滅する。

 しかしプレイヤー、緤那と融合すれば、その時点でフォルトゥーナは神という概念ではなく、緤那に宿る神の力という概念として扱われる。そうすることで初めて、フォルトゥーナ達神は命を奪える。


「私の記憶が正しければ、フォルトゥーナは天国の管理をしてるんでしょ。フォルトゥーナが居なくなれば困るんじゃない?」

「大丈夫。天国は地獄と違って超平和だし、仮に誰かが問題を起こせばゾ=カラールが地獄に引き摺り込む。それに、最低限の管理は私のバックアップが代わりに引き受けてくれるから」


 天国は異常なまでに平和であり、怒号を上げる者も居なければ、そもそも怒りという感情を抱かない。仮に天国の住人同士で喧嘩でもしようものなら、すぐに地獄へと送られ業を背負わされる。

 天国は誰も不機嫌にならないように過ごす必要がある。故に天国で住めるのは、聖人と言わんばかりに寛大な心の持ち主か、怒りという感情を捨て去った者のみ。最悪フォルトゥーナが居なくとも勝手に平和は続いていく。


「……なら、私と融合してくれる?」

「いいよ。ナイアが許してくれるなら」


 暫く口を開いていないナイアだったが、フォルトゥーナの発言を受け緤那から分離。直後に漸く口を開いた。


「私……いや、緤那が強くなれるなら、私はフォルトゥーナと同居したって構わない」

「……だそうよ。さあ、私と融合して」

「分かった。この世界を、この世界の緤那を救おう」



「「変身!」」



 いつも通り、変身の合図と共に黒いライティクルが緤那を覆う。しかしそこへ、白いライティクルへと変化したフォルトゥーナが加わり、ライティクルは2色へ。さらに黒いライティクルは緤那の中に僅かながら残っていたティアマトの力にも感応し、黒から赤へと変化した。

 鮮やか且つ激しい赤の光と、穏やか且つ輝かしい白の光。2つの光は緤那を新たな姿へと変え、新たな力を与える。




「……これが私の新しい力か……この力があれば、もう何も怖くない」




 セト・エボルに続く2体目の進化体。ナイア・エボルが誕生した瞬間だった。

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