#3 駆け抜ける旋風

 ゾ=カラールの力が加わったことで、セトと文乃の力がどの程度変化したのか。融合した本人であるセトと文乃には分かってる。

 しかし感覚として、ゾ=カラールとの融合で進化したセト・エボルの力は異常だった。異常とは言え弱い訳では無い。ゾ=カラールと融合する前よりも強くなっていることは間違いない。ただ、異常だった。


「100体にだって負けない? はっ! バッカじゃないの!?」

「賭けてもいい。アンタはここで私達に殺される」


 自信満々な発言をした文乃を嘲笑うミロ達。それもそのはず、プロキシーの能力には相性がある。100体も相手にすれば、必ず相性の悪い敵に当たる。


「なら、賭けよっか。賭けるのは……命でいいよね?」


 文乃はハイヒールにライティクルを集約させていない。即ち、能力の発動準備をしていない。ミロ達は完全に油断した。





「……は?」


 気付けばミロ達の身体は黒い鎖に貫かれていた。

 痛みは無い。身体の中に異物感も無い。しかし地中から伸びた鎖は、確実に身体を貫いている。


「この鎖、見覚えあるでしょ?」


 文乃の質問に、ミロ達は一斉に顔を青くした。それもそのはず、この鎖は本来セトが操れるようなものではなく、そもそもプロキシーに対して使われるものではない。使われる日が来るとも思っていない。


「う、そ……」

「ゾ=カラール……!」

「せいかーい。今の私はセトだけじゃない、ゾ=カラールの力も宿ってる。100体のプロキシーなんてもう敵じゃないみたい」


 ゾ=カラールと融合したセト・エボルは、セトであると同時にゾ=カラールであると言っても過言ではない。何せゾ=カラールしか使えない"魂を束縛する鎖"を使える。ゾ=カラールにのみ許された力を使える。

 その時、ミロ達は知った。セトは代役プロキシーという枠を超え、神の域に達したのだと。もう神の代用品である我々プロキシーでは勝てないと。


「あ、そうそう。100体は倒してないけど、賭けはもう私の勝ちでいいよね。てなワケで、賭けた命……私が貰うから」


 文乃が言葉を終えると同時に、地面から伸びていた鎖は地中に引き込まれ、その際貫いていたプロキシーの魂を身体から引き抜いた。そして引き抜かれた魂は鎖と共に地面の下の更に下、地獄まで引き摺られた。

 魂が抜け身体だけになったプロキシー達は言わば死体。目を開いたままその場に倒れた。


「ゾ=カラール、この世界にはあと何体いるの?」

(30体前後だね。各々バラけてはいるが、君の風に乗れば移動時間も省ける)

「そう……ならいこうか」


 文乃はゾ=カラールの道案内に従い、最も近い場所からプロキシーの討伐に向かうことにした。ゾ=カラールのアドバイス通り文乃は強い追い風を起こし、走る速度を大幅に上昇。僅か5歩で50メートル近く進んだ。その姿は走行というよりも、最早飛行。

 この追い風は文乃が起こしている。しかしハイヒールにライティクルは集約されていない。これまでは能力発動の際にライティクルを集約させ、発動準備が整って漸く風を起こせていた。

 しかしゾ=カラールと融合した今、風を起こすためにライティクルを集約させる必要が無くなった。即ちライティクル集約から能力発動までのラグが無くなった。言わば、風の能力は身体能力の一環となった。


(見つけた!)

「止まらずに行く!」


 プロキシー発見直後、文乃は速度を落とすことなく、魂を束縛する鎖でプロキシーの魂を拘束。地獄に引き摺り込み、次のプロキシーを探した。

 その後、文乃は追い風による加速を続けながらプロキシーを捜索し、発見次第鎖で地獄に送る。30前後居たはずのプロキシーも僅か数分で殆どが地獄に送られ、残すプロキシーは1体。


「……っ!」


 文乃は追い風を止め、急激な向かい風を起こし急停止。そして数メートル先のベンチに座る、見覚えのある灰色の髪のプロキシーを見つめた。


「こっちでも、最後の敵はアンタなのね」


 この世界で最後に残ったプロキシーはセルカ。しかしこの世界のセルカはプロキシーへの疑念や嫌悪を抱いておらず、且つ人間を殺してもいない。中立の立場にある。中立であるが故、アクセサリーは自らのアクセサリーしか所有していない。


「プレイヤーか……まだ生き残りが居るとはね。悪いことは言わない、早くこの街から出た方がいい」

「忠告ありがとう。けど安心して。もうこの世界で私に勝てるプロキシーは居ないから。アンタ殺して、ここから出る方法を見つけたら出ていくけどね」

「……まさか、プロキシー全員殺したの?」

「"殺した"……というか、"死なせた"って言った方がいいのかな? あーいや、"地獄に送った"の方が正しいや」


 妙なこだわりを見せる文乃に首を傾げるセルカ。しかし文乃の様子から、色絵町に存在していたはずのプロキシー達は案外簡単に殺されたのだと察した。


「……よく分からないけど、それならそれでいいや。これでプロキシーがこの世界を支配することも無い、人次第の世界になった。後は、私が死ねばそれでいい」

「……戦わないの?」

「望むのなら戦う。望まぬなら抵抗はしない」


 中立の立場にあるとは言えセルカはプロキシー。自分以外のプロキシーが滅びれば、自らも滅ぶべきだと考えている。故にプロキシーが滅びた今、セルカはセトに殺されるのをただ待つのみ。

 しかし抵抗する様子を見せないセルカに、文乃は若干拍子抜けした。


「……こことは別の世界の話だけど、私の友達がアンタに殺されかけた。正直今こうしてアンタと向き合ってるだけで吐き気がする。できることなら、抵抗できないアンタを一方的に痛めつけたい」

「そうか……なら私は一切抗わない。君の思う通りに、思うがままに殺してくれて構わない」


 セルカはベンチから下り、アクセサリーの銃を投げ捨てた。アクセサリーを手放せば能力の発動はできないため、この時点でセルカは戦闘を放棄、サンドバッグになることを承諾したことになる。

 しかし文乃は正直、一方的に痛めつけることはしたくない。故に攻撃は1度きり。スキルで終わらせると決めた。


(創造者、ってのが本当に居るならよく見てて。あなたも予想してなかった、新しい私の力を見せてあげる)


 文乃は追い風を起こし、身体全体を風に乗せることで浮遊。さらに以前の文乃スキル、ストームブレイクの回転を加える。追い風による後押し、加えて旋回によるジャイロ効果は、銃から発砲された銃弾と同じ。即ち、人間大の銃弾。


「ストームブレイク……"旋風"!」


 加速した文乃の蹴りはセルカの上半身を破壊した。下半身は残ったが、直後に文乃を覆っていた旋風により切り刻まれ、つい数秒前まで人型だったセルカはただの肉片へと化した。

 ゾ=カラールとの融合により得た文乃の新たなスキル、ストームブレイク"旋風"。従来のストームブレイクは、追い風を起こしても回避できる速度であり、且つ防御されやすいという欠点があった。しかしゾ=カラールの力で風の威力が格段に上昇し、従来の旋風脚スタイルから飛び蹴りへと変更。追い風が強くなったことで速度が増し、身体の回転によるジャイロ効果でさらに加速、従来よりも速く、威力も高い。そして速いが故、従来よりも回避されるリスクが低い。加えて身体をミンチにしてしまう程、威力も跳ね上がっている。


「……どう? 創造者さん。この力、あなたでも予想してなかったでしょ? って、聞いたところで返事も無いか」







「文乃!」

「っ!」


 突如、上空に現れたモノリス。モノリスからは眩い光が放たれ、光の中からエリザが現れた。


「迎えに来たよ!」

「エリちゃん……どうやら、私と一緒で新しい力を得たみたいだね」


 エリザは文乃の気配を辿り、この世界に辿り着けた。


「緤那さんは?」

「これから迎えに行く! 急ごう!」

「うん!」


 天使の如く上空から舞い降りたエリザは文乃の手を掴み、再び平行世界との狭間の入口であるモノリスへと吸い込まれていった。

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