#2 第4の進化

「分からないね。この世界の文乃キミと、今この場にいる文乃キミ、存在自体は同一であっても違う未来を歩んだ言わば別人同士。そんな別人が引き起こした絶望を、なぜキミが拭う?」

「……この世界の私は多分私と同じで、単純にこの世界を救いたかったんだと思う。けど緤那さんが死んだことで世界に価値を見いだせなくなって、世界を救いたいって考えも棄てた。なら、私はこの世界の私ができなかったこと、叶えられなかったことを代わりに叶えたい」


 文乃の考えは的中しており、この世界の文乃は世界を救いたいと願っていた。敵対プロキシーを根絶し、プロキシーの犠牲になる人間を可能な限り減らしたい。欲を言えば誰も殺したくない。しかしその願いも、緤那の死という人生最大の悲劇により潰えた。

 文乃も、この世界の文乃も、共に同じ願いを抱いた。この世界の文乃が志半ばで諦めた願いを受け継ぎ、全ては救えなかったがプロキシーの根絶だけでも叶えたいと考えた。


「……綺羅文乃、キミは元の世界で、叶えるべきことは叶えたのかい?」

「プレイヤーとしての願いは叶えた。プレイヤーとしての役目は終わったから、後は私の、綺羅文乃のやりたいことを1つずつ叶えていくだけ」

「そうか……キミは、この世界の綺羅文乃とは違い、いい未来を歩んだみたいだね」


 ゾ=カラールの脳内に、神格化しこの世界から去る瞬間の文乃の姿が蘇った。冷たく、輝きのない暗い瞳の奥に、世界を裏切る罪悪感と孤独と向き合えない寂しさを押し込めている。平行世界をリセットさせようとしているのに、いつまでも悲しみに染まっていてはいつまでも強くなれないと考えたのだろう。

 しかし、今ゾ=カラールの目の前にいる文乃は違う。その瞳に負の感情は一切無く、寧ろ前向きに自らの願いを叶えようとする希望が見える。

 この文乃なら、この世界から去った文乃を救えるかもしれない。力と引き換えに全てを失った文乃の暴走を止められるかもしれない。


「……綺羅文乃、もしキミが良ければ……私の願いを叶えてくれないか?」

「私にできることなら」

「……望まない絶望を味わいこの世界を棄てた綺羅文乃を救って欲しい。キミならできる……同一の存在であるキミになら成し遂げられる」


 可能性は高くないかもしれない。そもそも世界の破壊リセットを目論んだ時点で、元の文乃に戻る可能性はゼロに等しい。

 しかしゾ=カラールは平行世界から来訪した文乃に希望を感じた。仮に元の文乃に戻せなくとも、願いを叶えられた未来を歩んだ自分自身と対話すれば何か変わるかもしれない。


「とは言え彼女は神格化している。もしも戦闘になれば、今のキミではまず勝てない。故に、私の力をキミに与えよう」

「……ゾ=カラールは地獄を管理してるんでしょ? そんな大切な役目があるのに、私に力を譲渡してもいいの?」

「構わない。地獄には私のバックアップを残してある。亡者を現世から地獄に引き込むこともできるし、必要最低限の仕事は任せられる」


 ゾ=カラールのバックアップは、思考も持たなければ会話もできない。ただ仕事はできる。

 死亡した人間の魂を引き抜き、地獄に引き摺り込み、亡者を地獄に縛り付け豪を背負わせる。ゾ=カラールの仕事内容は以上の3つ。心を持たないバックアップは、まるで機械のようにただ淡々と仕事を熟す。

 仮にゾ=カラールが居なくとも地獄は動く。故にゾ=カラールが自らを文乃に宿したとしても、この世界のサイクルは全く変わらない。


「……本当にいいの?」

「いい。何せこれは私の叶えたい願いだ。生まれてから今まで職務を怠ったことはない。願いの1つくらい叶えようとしたってバチは当たらないだろう」

「……分かった。なら一緒にこの世界の私を救おう。けどその前に……」


 そう言うと文乃は横にある細道の方を見た。細道には銃を持ったプロキシーを先頭に、4体のプロキシーが居た。後方の3体については文乃は認知していないが、先頭のプロキシーだけは見覚えがあった。

 そのプロキシーは、かつて文乃がプレイヤーになった際に初めて殺した敵、ミロ。こちらの世界ではまだ存命であることから、元居た世界とこちらの世界ではプレイヤーが出会うプロキシーの順番は違うようである。


「アイツらを殺さないとね」

「……私が直接殺すよりも、私の力を託した方が早く終わる。安心して、私と融合すれば、神格化した綺羅文乃には劣らないから」


 文乃はアクセサリーを握り、ハイヒールを装備した。


「まだ人間が残ってたとはね……しかも、中にプロキシーを宿してる」

「もう根絶やしにしたと思ったけど、私達も案外節穴なのかも」

「節穴でもいいでしょ。見つけたらその都度殺せばいい」


 プロキシー達は各々アクセサリーにライティクルを集約させ、能力発動の準備をする。


「……やろう、綺羅文乃……いや、文乃、セト!」

「うん……変身!」


 変身と発し終えると同時に、いつも通り緑のライティクルが文乃を包む。しかしそこへライティクルへと分解されたゾ=カラールが融合し、文乃を包むライティクルは緑と黒の2色へと変化した。

 セトの光とゾ=カラールの光。2つの光は文乃を新しい姿へと変化させる。

 白と緑のTシャツは黒のブラへと変化し、緑色のファスナーやボタンが特徴の黒いライダースを着用。灰色のショートパンツは黒のスカートへと変化し、裾からはショーツを結ぶ紐が覗いている。ハイヒールに変化はないが、今までは履いていなかったオーバーニーソックスを着用。紙は今まで通り緑がベースだが、毛先が黒く変色している。



 ――今のセトはアウェイクニング・プロキシーじゃない、新たな進化を遂げたプロキシー……そうだね、"セト・エボル"とでも言うべきかな。



(セト・エボル……うん、気に入った)


 セト改めセト・エボル。

 ティアマトの力で進化したアメイジング、クロノスの力で進化したアウェイクニング、クピドの力で進化(クピド曰く継承だが)したインハリットに続く第4の進化。

 元居た世界で生まれた上記3種の進化は、世界に残留した原初の神の力だけが作用したために生まれた個体。即ち神本体と融合した訳では無い。対してエボルは、力の残骸ではなく神本体と融合することで可能となった新たな進化。実体を持つ神が融合したため、ステータスも格段に跳ね上がっている。

 アウェイクニングのように既存の能力を進化させるのか、或いはアメイジングのように既存の能力を棄て新たな能力を得るのか。誰も果たせていないゾ=カラールとの融合は、言わば未知数。誰も体験したことがないため、どのような進化をしたのかは分からない。無論、融合した本人である文乃を除いて。


「……プロキシー、確かミロとか言ったっけ?」

「っ! なんで知ってるの?」

「あんたは知らないけど、私は元居た世界で1度あんたを殺した」

「元居た世界……あぁ、そういうこと。あなた、平行世界から来た異物なのね。けど関係ない。あんたの世界の私が殺されても、ここに居る私が殺されるって確証は無い。それにこっちは4体……負ける気がしないわ」

「そう……けど、残念だったね」


 文乃はハイヒールにライティクルを集約させた。


「今の私、100体を相手にしても負ける気がしない」

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