第▒章 譛ェ譚・繧定ヲ九k2莠コ

鎖纏いし旋風

#1 文乃の世界

 勢い任せにモノリスの光への飛び込んだが、その後は地獄だった。

 世界の狭間。それは天も地も無く、ただ歪んだ空間。景色は幾つもの絵の具を撒き散らしたかのように混沌としており、且つ飴細工のようにドロドロと動いている。ずっとその空間にいれば気分が悪くなる。

 世界の壁を超える力が無い緤那と文乃は、世界と世界の狭間で離別。カナンに追いつくともできず、どこかの平行世界に不時着した。


 ◇◇◇


「ぅ、ぅえ、がはっ!」


 世界の狭間に酔った文乃は、不時着直後に嘔吐した。幸い今日は何も食べていなかったため、吐き出したのは殆ど胃液。


「はぁ、はぁ……セ、セト……ここどこか分かる?」

(分からない……けどこの気配、神かプロキシーがいる。フォルトゥーナかゾ=カラール……いや、もしかしたら原初の神全員が生きてるのかも)


 平行世界がどんな過去を経てどんな未来に行き着いているのか、それを知ることは基本的に不可能。無論セトも、今現在自分がいる世界の状態は把握できていない。


「……この場所、なんか見たことあると思ったら、病院の近くの住宅街じゃん。ってことは、世界は違っても私が行き着く先は同じ、か……」






「っ!?」


 立ち上がる文乃。しかし突如、目の前に見知らぬ黒髪の少女が現れ、驚きのあまり文乃はバランスを崩した。


(ゾ=カラール!)

(え、ゾ=カラールって……あの?)


 目の前に現れた少女はゾ=カラール。原初の神の1人にして、地獄を管理する者。実に100年以上顔を見ていなかったが、セトはゾ=カラールを覚えていた。


「綺羅文乃……だけど、君はこの世界の綺羅文乃じゃないね。平行世界から来たのか」

「分かるの?」

「分かるよ。だってこの世界での綺羅文乃は、既に神格化してこの世界から出ていったからね。君からは神格化しているような力は感じない。すぐに別人だと分かったよ」

「……神格化?」


 ゾ=カラール曰く、神の魂を継承したエリザや、最も相性の良いプロキシーと出会ったカナンのように、この世界の文乃も神に等しい力を得ている。そして何が目的なのか、神格化したこの世界の文乃はカナンのように世界の壁を越えたらしい。


「この世界の綺羅文乃は……いや、まずはこの世界について教えておくよ。君が居た世界と同じかどうかは分からないが、この世界ではクロノスとティアマトがアクセサリーを巡り戦いを起こし、ティアマトが死にクロノスが生き残った。しかしティアマトの罠に掛かり、アクセサリーは解放。プレイヤーとプロキシーの戦いが始まった」


 増えるだけで目まぐるしい進化もしない人間達に呆れたティアマトは、現世のリセット、及び新世界の創造を目論み、クロノスの管理するアクセサリーを狙った。そしてそれを拒んだクロノスとの間に戦いが起きた。ここまでは、文乃が元居た世界と同じ。

 元の世界ではクロノスとティアマトの両方が死に、アクセサリーが解放された。対してこの世界では、クロノスが生き延びた。しかしティアマトの残した力でクロノスは重症、その際アクセサリーが解放され戦いが起きた。経緯は違っても、人間と神が絡んだ戦いは起きた。

 戦いが起きたことで、クロノスは急遽、手元に残ったアクセサリーを人間に譲渡。ティアマトの罠で重症を負ったため、プロキシーの削除が困難だったのだ。そしてプロキシー駆除のためクロノスが雇ったプレイヤーの1人が、この世界の文乃だった。


「綺羅文乃はプレイヤーとして、幾人ものプロキシーを葬ってきた。世界を守り、恋人を守るためにね」

「っ! 恋人って誰!?」

「名は志紅緤那。1つ年上の女子高生だった。それがどうかしたかい?」

「……ううん、なんでもない」


 世界は違っても自分は緤那と出会い、恋人になっている。即ち2人の出会いは、元居た世界で起きた偶然ではなく、運命づけられた必然。ただそれだけ。ただそれだけの事なのに、文乃は心の底から嬉しかった。


「ごめん、続けて」

「……綺羅文乃はよく戦った。けど、戦いの中で彼女の運命……いや、彼女達の運命は狂ってしまった」


 声のトーンが僅かに下がり、ほんの僅かだがゾ=カラールの顔が険しくなったことで、文乃はこの先の展開が容易に想像できた。


「志紅緤那はプレイヤーになった。しかし志紅緤那の初陣、相手は非常に相性の悪いプロキシー。能力の差も勿論、戦闘能力の差も歴然としていた。加勢として綺羅文乃が現場に着いた頃には、志紅緤那は両腕を失い、小腸と脚を引きづりながらもまだ戦っていた」

「~っ!!」


 文乃はあまりの衝撃に口元を両手で抑え、呼吸さえも忘れた。


「恐らく、後にも先にも綺羅文乃があんな強い殺意を抱いたのは無いだろう。その時だった。文乃は重症を負い療養していたはずのクロノスを引き寄せ、クロノスの力を自らの体内へ取り入れた。クロノスの力が加わったことでセトは進化体、アウェイクニング・プロキシーになった」


 元居た世界のクロノスは既に死亡しており、世界に定着し残留した思念が力となり、その力は光の覚悟に引き寄せられた結果光と融合。ルーシェを進化させた。

 こちらの世界のクロノスは存命だったが、文乃が抱いた殺意に無理矢理引き寄せられた結果、光同様にセトを進化させた。

 元の世界では力だけだったのに対し、こちらの世界は実体のあるクロノス。無論、得られた力もそれ相応に強く、成長具合だけ見れば元の世界を遥かに凌駕しているだろう。


「アウェイクニング・セトは強かった。何せ志紅緤那が死にかけながら戦った相手を、綺羅文乃は瞬殺したんだからね」

「……それで、緤那さんは?」

「文乃の強さに見蕩れながら死んでいった」


 話の内容から、この世界の緤那が死んでいることは気付いていた。しかし緤那が生きている極僅かな可能性を信じた文乃。とは言え、やはり文乃の期待は裏切られた。


「その後綺羅文乃は志紅緤那を助けられなかった自分自身に絶望し、いつしか世界そのものに絶望した。それからは早かったよ。クロノスの入れ知恵で綺羅文乃は世界の理に触れ、クロノスと完全に融合することで神格化。世界の壁を越える力を手にして、全ての平行世界をリセットさせようと考えた。そして綺羅文乃はこの世界を棄て、平行世界を巡る旅に出た」




「……え、ちょっと待って? 棄てたってことは……この世界、まだプロキシーが居るの?」

「居るよ。というより、まだ気付いていないようだね」


 そう言いながら、ゾ=カラールは近くの木造住宅を指さした。


「っ!!」


 ゾ=カラールが指さす先には、見知らぬ人間の死体が転がっていた。死体には蝿と蛆虫がたかり、身体の数箇所に齧られたような跡がある。恐らくは野犬か何かに喰われたのだろう。凄惨な死体を見た文乃は驚愕したが、このような状況になった経緯をある程度察した。


「この街に生きている人間は居ない。みんなプロキシーに殺されたんだ。大人も、子供も、プレイヤーも、みんな殺された」


 唯一進化体となった文乃がこの世界を去ったことで、戦力は大幅に激減。プロキシーは次々に現れ、プレイヤー達は次々に倒れていく。そしてプロキシーの根絶は叶わず、プレイヤーが根絶した。その結果プロキシーを殺せる存在は居なくなり、プロキシーは人間を殺し続けた。


「おっと、人間達が殺されていく様を静観していたことについて文句は言わないでよ。プロキシーが溢れて色絵町の人間が死んだのは、あくまでも人間達の敗北故。神である以上、人間だけを擁護することはできないからね」

「……文句なんてない。実際、私のいた世界では、私達が勝って敵対プロキシーは根絶させた……あーいや、1体残ってるけど。つまり、この街を終わらせたのは、この世界の私……ってことでいい?」

「結果論だがね。アウェイクニング・セトを宿した綺羅文乃さえ消えなければ、プロキシーの根絶も叶えられたかもしれない」


 文乃が人間側の敗北に戦いを傾けた。しかし、文乃は罪悪感などは感じなかった。なぜならこの世界に存在していた自分は、自分とは違う自分。自分であっても自分ではない。別人と言っても過言ではない。

 だが、文乃は1つ考えた。核兵器も効かない、そもそも普通の人間には視認することさえできないプロキシーがこのまま色絵町に存在すれば、この先の未来、色絵町は歴史の汚点にして語り継がれるのではないかと。


「そっか……ねぇ、この世界のプロキシーも色絵町からは出られないの?」

「ああ。つまり、現存しているプロキシーは全員色絵町に居る」

「……なら都合がいいや」


 文乃は決意した。平行世界の間を移動する方法の捜索やカナンの追跡よりも、最も優先すべきことであると。


「私のせいでこの街にプロキシーが溢れた。なら、今度は私の力でこの街のプロキシーを滅ぼす。どうせ平行世界に行く方法が見つかるまで暇だろうし、私が撒いた種くらい私が摘む。人がいっぱい死んでもう手遅れだけど、せめて、明日からは安心して人が生きられる色絵町に戻したい」


 色絵町を救う。それが今の文乃が1番にやるべきことであると、文乃は気付いた。

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