#71 Reset
「終わ……ったの?」
想像以上に呆気ない終わり方だったためか、消滅していくセルカを見ている緤那達には勝利の実感がなかった。
「終わったよ。呆気なかったって勝ちは勝ち。私達は誰も死なず生き残れた」
「……ようやく終わった……」
「終わってなんてないよ」
「「「!?」」」
突如緤那達の前に、白銀の髪を靡かせながら現れた1人の少女。身長と体型から歳は緤那達と同じくらいだと思われるが、エリザにも比肩する童顔であるため、正確な年齢は分からない。
それ以前に、少女がどこから現れたのかも分からなかった。目で追えぬ高速、という訳でもない。なぜなら、融合を維持している樹里に目で追えぬものなど存在しない。
「これは終わりじゃなく始まり……あなた達のストーリーはここで終わったとしても、私のストーリーはまだこれから」
「っ? どういうこと? というかあなた誰?」
樹里の質問に一瞬キョトンとしたが、少女は笑みを浮かべながら質問に答えた。
「そういや、あなた達は私の事知らなかったね。私の名前は
「……そっか、誰かに似てると思った。で、アランを従えたカナンちゃんは何を言いたいの?」
「言った通り。これは終わりじゃなく始まり。ここから私のストーリー……私とアランのストーリーが始まる」
カナンの言っている意味が分からない。それは樹里だけでなく、樹里の後ろで聞いていた緤那達も同様。
「私はずっと待ってた。未覚醒のプロキシーがいなくなる瞬間を。そして訪れた。最後のプロキシーであるセルカが死に、待ちに待った瞬間が。この世界に存在するプロキシーはアイリス、セーラ、ナイア、セト、ベル、ルーシェ、アビィ、サーティア、アスタ、そしてアランの計10体。セルカを殺すため、私以外のプレイヤーがこの場に全員集まった……これは偶然じゃなく、私のストーリーを始めるための言わば前置き。決められた招集」
カナンの言うことは殆ど理解できない。現時点では、結局カナンが何をしたいがためにこの場に訪れたのかも分からない。
全てが分からない。脳がカナンの話を理解不能と断定したのか、樹里は突発的な頭痛に襲われた。
「私がこの場に突然現れたんじゃない。あなた達がこの場に集まった。否、集まるよう動かされた」
「動かされた? 誰に?」
「創造者だよ。まあ簡潔に言うと、この世界と私達を作った存在。この世界は創造者の思い描く通りに動いて、私達も同様に創造者に動かされてる。けど、私だけは動かされた訳じゃなく、自分の意思でここに居る。創造者の意向を無視してね」
創造者。そんな存在については誰も触れていない。故に緤那達はさらに理解に苦しんだが、緤那達に宿るプロキシー達はカナンの言っていることが理解できていた。理解できているからこそ、その話を受け入れようとしていない。その証拠に、プロキシー達はカナンと樹里の会話に一切介入していない。
「私は本来、ここに居るべき存在じゃない。寧ろ、本来の私は名前すら与えられない空っぽの存在。あなた達とは違って、私には語られるストーリーが無い」
「名前……空っぽ……? あーだめ! 全然理解できない! つまり何!? もっと分かりやすく!」
本題に向かわず、且つ理解し難い話を続けるカナンに対し、樹里の我慢は遂に限界を迎えた。
「……この世界は本物の世界じゃない。こことは違う本物の世界で生きる人間が作り出した、言わば創作物。私も、あなた達も、この世界にある全てが、その人間の思うがままに作られた」
その時、緤那達の中に言葉では言い表さないような暗い感情が芽生えた。
これまでの出会いも、会話も、戦いも、全て創作物。全て本物に見せかけられた偽物。全てが創造者の意思で簡単に消え去る虚像。
自分達が築き上げてきた人生を、歴史を、全て否定されたような悲しみ。全ての行動が無意味と吐き捨てられたような虚無感。全てが敷かれたレールであり、そのレールを自らが作り出した道だと信じ進んでいたことを知ったかのような絶望。
この一瞬で、緤那達の心はひび割れた。
「私は、作り物で終わるなんて嫌だ。だから創造者に抗ってここにいる。名前も無い、寧ろ存在すらしなかった私が、アランと出会ったことでここに居られる。私は決めた。創造者の作った世界を全部壊して、私が新しい創造者になって誰もが本当の人生を歩める世界を作る」
「……作るって……一体どうやって? アランにはそんな力は無かったはずだけど」
アランが使用する能力は"封印"。対象Aを物体Aに封印できる。この力を使い、かつてアランは全てのプロキシーをアクセサリーの中に封印した。しかしアランの力を知っているからこそ、アランとカナンが目論む世界創世の方法が全く分からなかった。
否、全てが分からない。なぜカナンがこの世界が創作物であると知っているのか。どうやって理に到達したのか。
「……死が救済となる。移ろい行く歴史の中で、人々は死を迎えることを救済とした。ただの宗教的な考えだと思ってた……けど分かった。人だけじゃない、世界そのものが死を迎えれば、その世界はリセットされる。1度作られた世界がリセットされれば、世界は再び歴史を繰り返す。けど私の力があれば、繰り返された時間を改変することができる。どうもアランとの同調率が最高みたいで、封印能力を応用しないスキルを身につけちゃったみたいなの」
リセット。口で言えば簡単なことだが、実行するのは決して簡単ではない。それが何かしらの機器であれば、手軽な操作で簡単にリセットはできる。しかしカナンがリセットさせるのは世界。人、記憶、地球、月、太陽、宇宙、全てのリセット。1人の人間どころか、全人類の力を使っても不可能。
だがカナンにはできる。なぜならカナンが生きる世界は創作物。且つ建造物でもない、ただ羅列された文字で作られている。いくらか手順を踏む必要があるが、全ての手順を終えれば簡単に世界はリセットされる。1文字も刻まれていない白紙に戻る。
そして白紙になった世界に、カナンは自らの思い描く理想の世界を綴る。ゼロから作り出せるが故、どんな言語を使いどんな環境に生きどんな形の世界が生まれるのかは全て思い通り。
「だからって今の時間を壊す必要なんてない……」
「破壊無くして創造無し……新たな世界を創るには、既存の世界を終わらせる必要がある故に! 私はこの世界を終わらせる。理不尽、不条理、不安定、不規則、不公平……最低限生きるために死に物狂いになるこの世界を私は否定して、私だけじゃなく誰も苦しまない、誰もが幸せな楽園を創る。とは言え、どうやら今の私達の時間よりも随分進んじゃった平行世界があるみたいだから、先にそっちを終わらせてからになるけどね」
「……まさか平行世界に行けるの?」
「行けるよ。何せ私は創造者に限りなく近い。世界の壁を超えるのなんて簡単だよ」
カナンの背後に、音もなく透明なモノリスが現れた。モノリスの表面には薄らと写真のフィルムのようなものが写っており、四角の中でプレイヤーとプロキシーが戦う様が映像として流れている。中には緤那達が遭遇したことないプレイヤーやプロキシーが映っているため、恐らくは平行世界での戦いの映像なのだろう。
「先に進み過ぎた世界を終わらせたら、私はすぐこの世界に戻ってくる。いつ戻ってこれるか分からないけど、少なくとも今月中には戻ってくる。だからせめて、この世界での記憶に浸りながら世界の終わりを待つといいよ。これはこの場にいる、プレイヤーだけに伝えた。もし世界の終わりを私と一緒に眺めたい人が入れば、私が戻ってきた時に一声かけてくれれば殺さずにいてあげる」
カナンが背後のモノリスに触れると、モノリスから放たれた眩い7色の光の中にカナンの身体が消えていく。
「「行かせない!!」」
その瞬間、緤那と文乃は同時に変身し、この世界から去るカナンを追いかけた。なぜこんな行動をとったのか本人達もよく分かっていない。しかしただ、1人で行かせてはいけないと直感が働いたのだ。そして気付いた時には、加速した緤那と文乃はモノリスの目の前に来ていた。
「緤那! 文乃!」
光の中に消えていく緤那と文乃を追うように、エリザも走る。しかし、
「っ!!」
エリザが触れるよりも前に、モノリスはその場から消えた。そして緤那と文乃、カナンも消えてしまった。
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