#69 Cell
「全く、無理しちゃって……あ、安心して。死んでないから」
愛歌から分離したセーラの口から、愛歌が生きていることが告げられた。且つそのあっさりとした言い方から、ただ単純に寝ているだけだと緤那達は察した。
「頭打ってたけど大丈夫かな?」
「大丈夫。脳にも頭蓋骨にも損傷は無いから、次起きた時にはもう痛みは感じてないと思う」
セーラの発言で、緤那達は一斉にため息をついた。特に心配していた文乃と焔は腰が抜けてしまい、尻から地面に着地した。
「あー、もう! 姉さんの馬鹿! 心配かけないでよ!」
「ホントだよ……でも良かった、死んだわけじゃなかった……」
腰が抜けたついでに文乃と焔は融合を解除し、それに続いて緤那達も融合を解除していった。セルカを殺し、且つ愛歌が生きていたことに安心したのだ。ただ1人、エリザを除いて。
「あれ、エリザちゃんどうかした?」
「……ちょっとセルカに触ってくる。念の為、未来予知を覚えとく」
未覚醒のプロキシーはもう居ない。即ち、ナイア達と戦う予定が無い限り未来予知を覚える必要は無い。
しかしエリザは慎重だった。セルカが案外簡単に死んだことに違和感を覚え、セルカが生きており且つまだ戦う力を残していると仮定し、セルカの能力である未来予知を自らの能力ライブラリに加えようとした。
「能力、発動」
エリザはセルカに触れ、未来予知を覚えた。触れた瞬間に反撃される可能性も危惧して色彩反転の準備もしていたが、結局セルカは反撃もせず、乾いたセルカの目は1ミリも動かなかった。
「……慎重すぎた、かな。けど念の為頭を刻んで、切断されたパーツを潰しておこう」
エリザは能力"刃"を発動し、閉じた鉄扇の先端からライティクルの刃を延長。セルカの頭部を刻むため構えた。
「死んだと思った?」
「やっぱり生きてた……セルカ!」
セルカを殺すため、エリザは鉄扇を振る。しかし次の瞬間、離別したはずの腕が動き、握っていた銃の引き金を引いた。
銃口から放たれた光弾はエリザの右肘を撃ち抜く。利き腕を撃たれたエリザは鉄扇を手放したが、左手で鉄扇を掴み後退。
「エリザちゃん!?」
「嘘……あれで生きてんの……!?」
セルカの上半身と下半身は確かに切断されている。にも関わらず生きている。セルカを殺せたと思い込んで和んでいた緤那達だったが、一瞬にして空気は凍りついた。
「このチョーカーの能力、発動条件があるの。その条件は……死ぬこと」
「……はぁ……?」
チョーカーの元の持ち主は、ゾ=カラールと共に地獄を管理していたシャヌティ。その能力は不死。不死の力を使い、地獄で殺された亡者達を生き返らせていた。
戦いが始まり全プロキシーが解放されてから、覚醒したシャヌティはセルカに殺された。しかし死ぬ前にアクセサリーを奪われたためシャヌティ自身が不死の力を使うことは無かった。
「死ぬことで不死の力は発動し、1度の発動すればもう死ぬ事は無い。例え地獄の業火に焼かれても、セーラの鎌で斬られても、私は死なない!」
その瞬間、バラバラになったセルカの身体が引かれあい、切断面から身体が修復され始めた。
斬られた骨、筋肉、内臓、神経、皮膚、それらの全てが修復する様は非常にグロテスクで、グロ耐性では最強の文乃でさえも目を背けた。即ち、グロ耐性が文乃以下の緤那達は吐き気が込み上げ、光は耐えきれず胃の中のものを全て吐き出した。
「……うん、治った治った」
身体が修復され、寝た状態で四肢が動くことを確認したセルカは、ゆっくりと立ち上がりグルグルと肩を回した。
「さあ、第2ラウンドといこうか……今度は君達全員が死ぬまで終わらないけどね」
不死。簡単に発せられるその2文字だけで、緤那達は一斉に絶望した。
何度斬っても、何度燃やしても、何度凍らせても、勝てないと。
「まだ終わっちゃいない! 変身!」
しかし1人、光だけはまだ諦めていなかった。
確かに不死の力は凄まじい。何度攻撃しても全てが無意味。しかし光の能力である闇は、触れたものを飲み込む。ダメージが与えられないのなら、身体を消してしまえばいい。そうすれば勝てる可能性がある。
光は走り、鎖鎌を投げてセルカの身体に刺す。そしてそのまま鎖を引き、セルカを引き寄せる。
「キッキングダークネス!!」
引き寄せたセルカの目の前で、光は強く地面を蹴り飛び蹴りの体勢に入る。しかし、光の力を見た時からセルカは闇に対抗する術を考えていた。
「能力発動……」
「っ!!」
その時、光は気付いた。セルカの腕に、先程まで無かったはずのブレスレットが装備されていたことに。そしてそのブレスレットにはライティクルが集約され、既に能力が発動していたことに。
「地雷!」
セルカがそう言い終えた直後、光の真下の地面が爆発。煙と爆風で見えなかったが、爆発の衝撃で光は能力の維持ができず、キッキングダークネスは不発に終わった。
ブレスレットの能力は地雷。足元から地面を伝い、指定箇所にライティクルの塊を埋め込む。敵プロキシーがその箇所に脚を踏み入れた時点で爆発するが、能力使用者の任意のタイミングでの爆発も可能。
今回セルカは、未来予知で光のキッキングダークネスを予知。飛び蹴りを放つため空中で体勢を固定し、防御ができなくなる地点を覚え、事前にその箇所に地雷を埋め込んでいた。
「光!!」
爆発の直後、吹雪とエリザは全速力で光へと駆け寄る。
「ひか……!!」
煙が晴れ、光の姿が見えた。
切断こそしていないものの、四肢の損傷は大きく、爆発と落下の衝撃で骨も折れている。特に酷いのは、爆発を受けた背中。皮膚は破れ、筋肉は裂け、背骨が露出している。間違いなく致命傷に匹敵するダメージである。
「まずは1人……さて、次は誰かな」
唯一勝てる可能性を持った能力、闇。その闇を使う唯一のプレイヤーである光は戦闘不能。
死ぬ。殺される。逃げても死ぬまで追われる。緤那達の脳内に自分達の死に様がイメージされ、芽生えた絶望はさらに深く濃くなった。
しかし、傍観者であるアランの予想さえも裏切る形で、セルカの命は終わりを迎えることとなる。
「次は君の番、だよ」
「っ!?」
突如背後から聞こえた声に、セルカは地面を強く蹴りその場から数メートル離れた。
「せ、先輩!?」
「うーっす、唯ちん、吹雪ちん」
セルカの背後に現れたのは、唯と吹雪のバイト先である花屋の店主、樹里だった。樹里はプレイヤーであるにも関わらず、アクセサリーは盾、能力は回復という非戦闘員的要因により、自ら戦いから退いていた。
「聞いてたよ。不死の力だって? 正直勝てないって思ったでしょ。けどまだ私がいる……勝てる可能性はある」
「え、でも先輩って回復能力しか持たないから戦えないんじゃ……」
「……ごめん、あれ嘘。確かに回復はできるけど、主目的は回復じゃないの」
以前、セトが顔面を負傷した際、樹里に宿ったプロキシー"ベル"がセトの傷を治した。元より唯と吹雪はベルが回復能力持ちであると知っていたため、ベルがセトを治したことに疑念を抱くはずがなかった。
しかし実際には、ベルの能力は"回復"ではない。そんなことを言われても今更信じられない程、ベルが披露した傷の修復は素晴らしい出来だった。
「……セルカ、やり合う前に5分だけ時間くれる? 逃げたりしないからさ」
「……いいよ。けど5分経てば君達がどんな状況であろうとしても、私は君に攻撃する」
樹里はロングスカートを揺らしながら光に駆け寄り、しゃがむと同時に樹里からベルが分離した。
「よかった、まだ生きてる……なら治せる」
樹里はアクセサリーである盾を装備し、ベルは光の身体に手を添えた。
「能力、細胞」
ベルの能力はプロキシーの回復、樹里のスキルはプレイヤーの回復。唯達はそう聞かされていたが、実際には能力もスキルも全く違うもの。
ベルの真の能力は"細胞"。人間、プロキシー問わず、対象の細胞を操作する。応用としては、細胞を急激に活性化させることで傷を癒すことができる。以前セトの傷を直したのも、細胞を活性化させた事による修復。今回も光の細胞を活性化させることで、致命傷を修復している。とは言え今回は傷の範囲が広く、修復には多少の時間を費やした。
「……よし! よかった、傷痕も殆ど残ってない!」
相手が後輩の妹ということもあり、いつも以上に本気で修復に挑んだ。その結果、光の損傷箇所は修復され、傷跡も最小限に抑えられた。
「頑張ったね光ちゃん……今まで戦わなかった私が言うのもなんだけど、アイツは私に任せて。私の前では……不死なんて言葉は成立させない……変身!」
変身、その言葉と同時に現れた黄色のライティクルが、セルカと向き合った樹里とベルを包んだ。
ベージュに近い茶髪は黄色く染まり、白いパーカーと花柄のロングスカートは黒と黄色のブレザーへと変化した。
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