#64 Ephemera
「どう? 君の生み出した薔薇に縛られる気分は」
「……随分と余裕そうね。痛くないの?」
「ほんの少しだけ痛いけど、戦いに支障は全く無い。残念だったね、私達は君達人間と身体の構造が違うんだよ」
薔薇のトゲが刺さっても尚、バアルは顔色一つ変えず不敵な笑みを浮かべる。しかしバアルの発言は正しく、唯が体感している痛みは恐らくバアルの数倍であろう。
「……なら、これならどう?」
薔薇のトゲがバアルに刺さった時点で、唯の作戦はほぼ成功していた。バアルに負けず劣らずの不敵な笑みを浮かべた唯を見て、傍観していた吹雪は唯の思惑に気付いた。
「フロースインフェロス!」
「っ!!」
これまではフロースインフェロスの発動条件として、手甲鉤で相手に傷を付ける必要があった。しかし戦いの中で唯もアスタも成長し、手甲鉤ではなく、手甲鉤から出現させた花で傷を付けただけでも発動条件を満たせるようになった。
そして今、「手甲鉤から延長させた薔薇で傷を付ける」という発動条件を達成したため、フロースインフェロスは問題なく発動した。
バアルの傷口から薔薇のものとは違う緑の茎が伸び、成長した茎の先端に紫の独特な形状の花を咲かせる。
その名の名は、トリカブト。
「禍々しい紫の花……まるで君のようだね」
「……寧ろその花は私、と言ってもいい。なぜならトリカブトの花言葉は……復讐だから。本当なら毒があるんだけど、私の生み出す花は所詮レプリカ……毒までは再現できなかった」
「毒があれば……私はどうなってた?」
「……死んでた、かな」
トリカブトには毒がある。その毒を摂取すれば細胞活動が弱まり、挙句の果てには心臓麻痺を起こす。過去にはトリカブトの毒を使った殺人事件まで起こったことがある程、生物に対して有害な花である。
しかし唯のフロースインフェロス、及びアスタの能力は、ライティクルを集約させることで花を模しているだけであり、本物の花を咲かせている訳では無い。故にトリカブトの最大の特徴である毒も無く、ただバアルの生気を吸い取り成長するだけ。
「それでも十分……トリカブトはあんたの力を吸い取って成長する。トリカブトがあんたの身体を覆う頃には、あんたはもう死んでる」
「なるほど……けどぉ……勝つのは私かな」
その時、バアルの身体を縛っていた薔薇の茎が突如切れ、傷口から成長していたトリカブトは傷口の肉ごと消滅した。一瞬の出来事であったため唯は反応できなかったが、ただ1人、光だけはバアルが拘束を抜け出た理由を理解した。
「私の力を使ったの……!?」
バアルは自らの能力で、光がバアルを閉じ込めるために生成した闇の塊の一部を吸収していた。そして吸収した闇で茎とトリカブトを消滅させ、唯の束縛から脱出。
バアルの能力を理解していなかったとは言え、1回分であっても闇を譲渡してしまったことを悔いる光。しかし悔いたところで戦況が良い方に傾く訳ではなく、悔いるのは後だと自分に言い聞かせた。
「君の茎はもう私を捕えられない。だから、君は私に負ける。即ちぃ! 君の弟と一緒の末路……私に殺されるのぉ!」
「~っ!!」
瞬間的に唯の脳内に蓮の死顔が浮かび、元々抱いていたバアルへの憎悪が増幅した。
「バアルッ!!」
――その憎悪、美しい……。
「っ!!」
「あれは……?」
突如、上空から赤い光の塊が舞い降りた。この中で唯一、その光に近いものを見た目者が1人。
「あの赤いの……私の時と似てる……」
それはかつてルーシェがアウェイクニング・ルーシェへと進化を遂げた時、光の身体に吸い込まれた青いライティクルに似ていた。
「……まさか、ティアマト?」
その光は正しく、ティアマトの力。かつて緤那が偶然手に入れた力だが、突如緤那から分離し、この場にやってきた。
理由は1つ。ティアマトは緤那ではなく、バアルに対する憎悪を抱いた唯を選んだのだ。
「い、一体…………っ!?」
困惑している唯の了承を得ず、赤い光は唯の身体に入っていった。
痛みはない。ただ、身体の内側から信じられない程の力が湧き出てくる。そして湧き出た力は今までとは違う、全く新しい力へと変化する。
力の変化に合わせて、その姿も変化していく。短すぎたスカートは膝上丈にまで伸び、色は黒から濃い紫に変化。シャツは赤と紫の迷彩服へと変化。明るい紫だった髪も色が濃くなり、一部が赤く変色。そして紫だった瞳の色は、アメイジング・ナイア同様に赤くなった。
「バアル……残念だね……」
身体の変化が終わり、唯は新たに手に入れた力を知り、今ようやく、唯は勝利を確信した。
「あんたが記憶してた私は、たった今この時をもって消えた……あんたの力じゃ今の私には勝てない」
唯は手甲鉤に紫のライティクルを集約させ、アスタ改めアメイジング・アスタの能力を発動。そのまま唯は歩くことでバアルとの距離を徐々に詰め、間合いに入った瞬間にバアルはナイフで唯を攻撃。しかし唯はバアルの攻撃を回避し、手甲鉤でバアルの腕を切った。
腕の表面を切られることは、プロキシーにとって致命傷とは言えず軽傷程度。故にバアルは唯から受けたダメージを気にすることなく、ナイフを持たない方の手で唯を攻撃。しかし再び攻撃は避けられ、手甲鉤で切られる。
(この程度のダメージ……何ともな……!?)
激しい痛みはない。軽傷のはずだった。しかしバアルが自らの腕に目をやると、傷口を中心として腕の一部が変色していた。この時、バアルは腕の異変の原因に気付けなかったが、咄嗟に唯と距離を取った後に異変の原因に気付いた。
変色。不愉快な異臭。浮き出る膿。
バアルの腕は、腐っていた。
「皮肉なもんね……プロキシーが進化したと思ったら、能力は美しくなくなった。花の能力、好きだったんだけど……まあ、あんたが苦しみながら死ねるのならば、どんな能力だって私は使い熟すけど」
アメイジング・アスタの能力は"腐敗"。炎や氷、闇や風の様に能力を放つことは無いが、手甲鉤で付けた傷口の周辺を腐らせることができる。腐敗は時間と共に徐々に侵食、悪化し、ある程度放置すれば骨を残して腐り落ちる。
ティアマトの力が加わりアメイジング・プロキシーと化せば、能力及びスキルは新たなものへと変化する。とは言え、新たに唯が得た力は腐敗。美しい花を愛でる唯にとって、花が枯れることで得た腐敗の力はあまり好ましいものでは無かった。
「う、で……私の、う、腕……」
「……どうせ痛くないんでしょ。腐ってるのが怖いだけで、痛みは感じてないんでしょ」
自らの腕が腐っていくことに恐怖を感じているバアルは、戦いの最中にも関わらず動揺。そんなバアルに呆れつつ、唯は更に手甲鉤でバアルの背中を斬る。
「蓮が感じた痛みを、苦しみを、あんたは感じないんでしょ」
背中の次は腹。
「蓮がどれだけ辛かったか分からないでしょ」
腹の次は脚。
「けど、これだけは分かるでしょ?」
「~っ!?」
「蓮が、どれだけ怖い思いをしたか」
怒りのあまり、唯は表情を失った。ただその代わり、唯の口から発せられる言葉から殺意が感じられ、傍観していた吹雪と光でさえも唯に恐怖を抱いた。
「……今からあんたに私のスキル見せてあげる。防げるものなら……防いでみたら?」
唯は赤紫のライティクルを集約させた手甲鉤で、自らの指の先端を切る。傷口からは鮮血が溢れ、雫となった血は地面に滴り落ちる。これは唯のスキルを発動する条件であるが、バアルは勿論吹雪と光も、唯が突然自傷行為に走ったのだと勘違いした。
「エフェメラ……フロース!」
唯が言葉を発し終えた直後、指の傷口から有り得ないほど大量の血液が溢れ出し、傍観していた吹雪と光を驚愕させた。しかし更なる衝撃的な光景に、2人の驚愕は恐怖へと変わる。
唯の指から溢れ出た血液は、薔薇を更に禍々しくしたような赤い茎へと変化し、バアルの四肢を縛る。そして徐々に茎から新たな茎が伸び、茎はバアルの全身に絡み始める。
「ひぃ……嫌、まだ死にたく、ない……」
「どうしたの? あんたは私達とは違うんでしょ? だったらこの程度の力振り切って生きてみれば?」
「でき、ない……私が吸収できるのは、能力だけ……
唯のスキル"エフェメラフロース"は、血液で作った茎で攻撃するというもの。対して、バアルの能力である吸収は炎や闇、能力により生み出された茎等は吸収できる。しかしエフェメラフロースにより作られた茎は、あくまでもスキルにより形作られただけの血液。言わば能力を介することなく存在していた物体。バアルの能力では、血で作られた茎を吸収することはできなかった。
「へぇ……じゃあ、許してあげる。けどその代わり、蓮に謝って。私に謝って。今まで殺してきた人と、残された人達に謝って」
エフェメラフロースは、ただ茎を作るだけの力ではない。見ているだけでは分からないが、茎はさながら成長のため水を吸うかのように、バアルの身体から力と血液を奪っている。その2つが同時に身体から抜かれれば、流石のプロキシーと言えど能力の発動や反撃といった行動を取るのは困難。加えてバアルの能力はもう意味を持たない。即ち、バアルはもう死を待つしかない。
バアルは死を恐れたことがなかった。なぜなら、プロキシーとして生きる以上は死ぬ可能性が極めて低い。そもそも寿命というものが無いため、戦いに敗北しない限りは死なない。さらに、バアルの能力はプロキシー相手に非常に有効。バアルは自らの力を過信し、驕り、死に対する恐怖を抱かなかった。
しかし今、バアルは恐怖している。身動きを取れず、徐々に命を吸われている今、バアルは少しずつ死に近づいている。今まで考えたことのない、死が。
「ご、ごめん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 私はあなたの弟を殺して、他にも色んな人を殺した……罪ならどうにかして必ず償います!! だから殺さないで!! お願いします!!」
涙を流し懇願するバアルの姿はなんとも無様で、とても神と同等の存在としてこの世界を管理していた者としての威厳は全く感じられない。
「……それで終わり? それで蓮が許してくれると思う? それで私が許すと思う!? もっと心の奥底から許しを乞いなさい! もっと自分のしてきたことを悔いなさい!」
「……こ、これ以上……どうすれば……」
血の茎は成長し、気付けば蕾ができていた。もう既にバアルに戦う力など残されておらず、込み上げる吐き気を堪えながら必死に許しを乞う。
「そうね……なら、今から私が言うこと、復唱して」
「私は神を自称する快楽殺人犯です」
「わ、私は、神を自称、ぅぷ……する、快楽殺人、犯です……」
「私は人間にも劣る下等生物です」
「私、は……人間にも劣る……か、下等……生物、です」
「私は私の欲求を満たすため、黒井蓮を殺しました」
「私は私の、よ、欲求を満たすため、黒井蓮を殺しまし、た」
「私は哀れで嘆かわしい人間未満のゴミクズです」
「私、は、哀れで、嘆かわしい……に、人間……うぅ……未満、の……ゴ……ゴミクズ、です……ひぐっ……」
「私のようなゴミクズが、人間様を知ったような口を聞き申し訳ございませんでした」
「私のよう、な、ゴミ……クズ、が……人間様を知ったような、口、を聞き、申し訳……ございません、でした」
「ゴミでごめんなさい。クズでごめんなさい。最低でごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」
「……ご、ゴミで、ごめんなさい……クズでごめんなさい、最低で、ごめんなさい……う、生まれ、てきて……ご、ごめんなさい……」
「……生きる為にプライドを捨てるなんて、本当にゴミクズ……いや、それ未満ね」
唯は乾涸びつつあるバアルに手を翳し、「無様」と吐き捨てながらその手を閉じた。
「あ"……」
瞬間的にバアルの身体から力と血液が抜け、細く短い断末魔を上げると同時に命尽きた。そしてバアルの力と血液を抜き取ったエフェメラフロースの茎の蕾が開き、花を咲かせた。赤く、禍々しく、恐らく地球上には存在しないであろう花弁は、唯の怒りを表しているかのようだった。
「ゆ、唯……?」
「……吹雪……私、やったよ……蓮の仇、とったよ……」
血が抜け青白くなり、喜びと悲しみが混ざったような笑顔。今まで吹雪は、唯の色んな表情を見てきた。しかし今までに、こんな不安定な表情を見せたことは無い。それ程、唯にとってバアルを殺すことは悲願であり、命を削ってでも叶えたいことだったのだろう。
「蓮……お姉、ちゃん……やったよ……」
プロキシーが進化した反動は大きい。緤那も光も、進化後に気絶した。勿論今回も例外ではない。しかし進化の反動だけでなく、エフェメラフロースの代償として払った出血が影響し、唯は瀕死の状態にある。
「唯!」
「唯さん!」
故に、もう唯は立つこともできず、アスファルトの路面に肩と側頭部をぶつけた。
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