#63 Absorb
通話越しの光の声は焦っていた。唯の弟、蓮を殺したと思われるプロキシーを発見したことから生まれた焦り、だけではない。仮に例えるならば、共に戦っていた仲間が
エリザが強いことは知っている。恐らく、否、確実に唯よりも強い。そんなエリザでさえ過去に苦戦した相手であれば、エリザに劣る唯や吹雪であれば死の危険性もある。
場所だけを聞いた直後に通話を切り、唯は家を飛び出した。
嫌な予感がする。到着すれば吹雪、或いは光、或いは吹雪以外の誰か、或いは全員の死体が転がっているのではないかと。
否、起こるはずがない。最悪の事態になる前に逃げている。多少ダメージを受けていたとしても、勝ち目がないと判断した時点で逃げるのが英断。逃走は敗北ではない。恥じるべき行為でもない。そう考えていれば、光も吹雪もエリザも、それ以外のプレイヤー達も逃げているはず。
指定の場所に徐々に近付く。全力疾走しているが、それ以上に抱いている恐怖と不安で鼓動が早くなっている。寧ろ疾走による疲労など感じる余裕がない。
怖い。もう誰も死なせたくない。もう誰にも私の大事な人を奪われたくない。
もうこれ以上、誰とも離れ離れになりたくない。
「光ちゃん!」
「っ! 唯さん!」
目的地より少しズレた場所に変身した光が居た。そしてそのすぐ近くに、同じく変身した吹雪が居た。
「吹雪! 大丈夫!?」
「なんとかね……唯、蓮君殺したプロキシー、もしかしたらこいつかもしれん」
吹雪の目線の先には、光が能力で作り出した闇の塊がある。闇であるため無論中は見えないが、中にプロキシーが居ることは吹雪の発言から理解できた。そしてそのプロキシーは、闇に囲まれても尚生きているのだと知り、唯は少し恐怖した。
「気をつけて、アイツ……強すぎる」
「あの塊……光ちゃんの攻撃だよね、あれ。もしかして手加減してる?」
「いいえ、手加減したら今にも出てきます」
「そう……」
唯は言葉を発し終えると同時にアクセサリーを取り出し、手甲鉤へと変化させ腕に装着した。
「変身」
紫色の光に包まれ、唯は姿を変える。
「どんな力なの?」
「詳しいこと分かんないけど……私達の能力を跳ね返してくる。多分、エリザちゃんが前に会ったんはこいつやね」
「っ!? エリザと遭遇して生き延びてんの!?」
エリザがライムグリーンのプロキシーと遭遇した話は、光は誰からも聞いていない。同時に、エリザが殺せなかったプロキシーが居たのかと驚愕した……のだが、今対面しているプロキシーが件のプロキシーであれば、エリザが勝てないのも無理はないのかと考えてしまう。
「攻撃を跳ね返す……なら、私が殺す」
「……そうか……私の能力は炎、光の能力は闇……両方とも物理攻撃やない」
「そういや、アクセサリーの物理攻撃は避けてたけど、能力使った攻撃は全部跳ね返された……弱点見つけた、かもしれないですね」
吹雪が放つ炎も、光が放つ闇も、対面しているプロキシーの能力で跳ね返された。しかし吹雪のジャマダハルによる攻撃と、光の鎖鎌による攻撃は跳ね返すことなく回避している。
そこから導き出される仮説は、このプロキシーは物理攻撃に弱い。手甲鉤による物理攻撃がメインで、且つ能力は自強化、スキルに関しても跳ね返すのは困難な唯であれば、このプロキシーに勝てるかもしれない。
「光ちゃん、出して」
「……いきますよ……!」
プロキシーを囲う闇が消え、同時に唯達は構える。
「……っ!!」
ライムグリーンの髪。それしか覚えていなかった。事件当時は気が動転しており、確認できるであろう幾つかの特徴を殆ど認識できなかった。故に、思い出そうとしても何も思い出せなかった。
しかし今、闇の中から現れたプロキシーの姿を見て、唯の脳内の奥深くで腐っていた記憶が蘇った。
ライムグリーンの癖があるセミロングヘア。歪な刃のナイフ。黒いマフラー。緑と白の2色で彩られた、フォルムがセーラー服に似た悪趣味な服。170センチはあるであろう身長と、異常なまでに細い手足。
「見つけた……」
闇から現れたプロキシーは、間違いなく蓮を殺したプロキシーだった。
「漸く晴れた……っと、そちらは増援かな」
闇が晴れ、プレイヤー側に新たに唯が加わっていることに気付いた。しかしプロキシーの反応から察するに、唯のことは覚えていないようである。
「……去年の10月19日、どこで何してた?」
「ん?」
「何してたかって聞いてんの」
「10月19日……あの日、確か私は実体を取り戻して……嬉しすぎて何人か殺してた。それがどうかした?」
直後、自制心という名の蔦が全て切れ、唯は手甲鉤にライティクルを集約させ能力を発動した。
「カルミア!!」
手甲鉤から白いカルミアの花が出現し、唯はプロキシーとの距離を詰めて手甲鉤で攻撃する。
アスタの能力「花」は、自らに生やした花の特徴を得ることができる。カルミアを生やした今、唯の手甲鉤は強力な毒性を持っている。攻撃が当たれば、相手の能力次第ではあるがそれだけで致命傷にもなる。
プロキシーはカルミアという花も、アスタの能力、それ以前にアスタ自体を知らない。しかし「植物の特性を生かす力ではないか」と予想を立て、プロキシーはアクセサリーであるナイフで唯の攻撃を防御。直後に唯の腹を蹴り距離を広げた。
「ぐぅっ……」
「単調な攻撃だね。余程パワーに自信があるのなら悪くないとは思うけど、君程度のパワーじゃダメ。普段から能力に頼ってるからそんな戦い方になるんだよ」
まるで普段の唯の戦闘スタイルを知っているかのような口ぶりのプロキシーに、唯は図星と苛立ちを込めた舌打ちで返した。
「知ったような口を……」
「知ってはいない。けど戦い方を見れば大概分かる」
プロキシーはナイフを持った手をゆらゆらと動かしながら、戦い方の特徴について述べ始めた。
「力を極めれば技が疎かになる。技を極めれば力が疎かになる。両方を極めようとするならば、どちらも極められず終わる。君の場合は技を極めた結果、攻撃が単調になった。尤も、この様子だと技すらも極められていないようだけどね」
嫌いな相手に図星を突かれると、人はほぼ確実に腹を立てる。唯の場合は嫌いな相手どころではないため、抱いている怒りは尋常ではない。
「……あんた、名前は?」
「……バアル。かつてフォルトゥーナと共に天国の管理をしていたものだよ。私は名乗ったから、君も名乗りなよ」
「黒井唯……覚えてないだろうけど、あんたに殺された黒井蓮の姉……どうせ覚えてないんだろうけどね!!」
プロキシーは殺した人間のことなど覚えていない。そう思いこみ決めつけている唯に対し、バアルは僅かながら怒りを抱き眉をピクリと動かした。
「……ああ、そういやあの日殺した子供、君に少し似てる。特にその暗くも美しい紫色の瞳……即ち、君はあの子の仇討ちをするために私の前に現れたと。なんとも哀れで嘆かわしい……」
「嘆かわしい……? 蓮を殺しておいてよくそんな事が言える! 人の弟を無惨に殺しておいてよくそんな感情が浮かぶ!」
「……なんで人間は70億分の1の存在に固執する? 他の見知らぬ人物が死んでも悲しまないのに、自分以外の生物が死んでも関心すら持たないのに、弟が死んだくらいで激高する。嘆かわしい……酷く不安定で自己中心的な生き物だ」
神に限りなく近い存在であるプロキシーは、同胞に殺されない限り死ぬ事も病む事もない。故に、人間よりも長い時間を生き、人間とは全く違うものの見方をする。
プロキシーには家族というものがいない。なぜならプロキシーは人間のように受精卵から成長するものではなく、神により姿形が全て決められて作られた存在。1つの身体から産まれてくるものでは無いため、血を分かつ存在も無い。
加えて、人間が蝿やムカデを一括りに「虫」とするように、プロキシーは人間を「数ある生物のうち1つ」としか考えていない。人間が蝿を殺しても罪悪感を抱かないように、プロキシーが人間を殺しても罪悪感を抱かない。
「言っておくけど、君が私の意見を否定することはできない。君は豚や牛を食らう度に豚や牛に罪悪感を抱くか? 蚊を潰した時その蚊に悲しみを抱くか? 見知らぬ人間が車に轢かれて死んだとしても、その人間の痛みに共感するのか? しないだろう? 結局人間は特定の人物に固執し、且つ過去幾度と無く潰し噛み殺してきた生命を棚に上げ固執した人物の死には過剰に反応する、独善的で異常で愚蒙で貪欲で虚仮で無知で無能で無力で脆弱な短命種……そもそも私達とは違う、数増やすだけの鬱陶しい種族なのよ」
その時、唯は察した。人間とは根本から違う存在であるプロキシー、且つ人間をこれだけ下に見ているバアルは、もうどんな事があっても人間に対する見方を変えられない。どんな事があっても人間と分かり合うことはできないと。
「……あんた達から見れば、そりゃあ私達は短命で無力かもしれない……いや、実際その通り。誰かに固執して、依存して、知りもしない人間の訃報とか正直どうでもいい。だからって人を殺していい理由にはならない!」
「この世界のための人類削減だ、君達人間の死がこの世界の役に立つ。本望だろう?」
「そんな訳ないでしょ!」
唯は能力を発動し、手甲鉤から薔薇の茎を生成。延長させバアルの身体に絡ませた。その際、薔薇のトゲはバアルの身体に僅かながら傷をつけた。
「植物……これが君の力か。なら、有難く使わせてもらうよ」
「っ! 気をつけて唯!」
吹雪が警告した時、既にバアルは自らの能力を発動していた。
「君の能力を喰らいなよ!」
突如、バアルのナイフから唯が出したものと同じ薔薇の茎が現れ、避ける隙さえ与えず唯を拘束。バアル同様トゲが刺さり、唯の身体に複数の傷が付けられた。
バアルの使用する能力は「吸収」。相手の使用した能力をナイフに当てることでその能力を吸収、吸収1回につき1回限りではあるが相手の能力を使える。
これまでバアルは吹雪と光の能力を吸収し、さながら能力を跳ね返したかのように見せていた。そして今回、バアルは唯の放った茎にナイフを当てることで、唯のトゲを吸収、使用した。
「~!」
唯の危機と判断し、光と吹雪は能力を発動するためアクセサリーにライティクルを集約させた。
「手を出さないで! こいつは私が……私の手で殺す!」
◇◇◇
「っ!」
唯とバアルが戦いを繰り広げているその頃、緤那は自宅でアニメを見ていた。しかし体内に宿るナイアは自らの身に起こった異変に気付き、咄嗟に緤那から分離した。
「ど、どしたの?」
「ち、力が……」
ティアマトの力によりアメイジング・プロキシーへと進化したナイアは、進化前から随分と見た目が変化していた。しかし、突如分離したナイアの服は進化前のものに戻っており、銀髪は黒髪へ、赤い瞳は黄色へ徐々に変わっていった。そして最終的にナイアの身体から赤い光の塊が分離し、そのままどこかへ飛び去ってしまった。
「……元に戻っちゃった……」
体内からティアマトの力が抜け、自らが保持している能力も進化前に戻っている。
言わばナイアに宿っていたティアマトが、何を思ったかナイアを捨てた。
「ティアマト……私は、あなたに相応しくなかったの?」
赤い光が飛び去った先を見つめながら、ナイアは虚無感に等しい感覚を味わった。
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