聖戦の予兆

#62 Yui

 いつもと同じ平日の朝。いつもと違うことを挙げるとすれば、テレビで流れているニュースの内容。昨日発見された変死体は7人、そして今朝の時点で発見された変死体は2人。

 ほぼ毎日流れる変死体発見のニュースだが、ニュースを見る人々は犯人が人間ではないことなど知るはずもない。ニュースを流している側も、変死体を処理する警察達も、仮に犯人を知っていたとしても報道できるはずがない。


(また変死体のニュース……面白くない)


 毎朝続く変死体の話題に飽きた唯は、テレビを消しリモコンを机の上に置いた。


「面白くない、か……死んだ人達に失礼じゃない?」


 突如分離したアスタが、唯の発言(実際には声に出していない)に指摘した。アスタの指摘に対し、唯は特に機嫌を損ねることもなく淡々と返した。


「死んだ人全員に感情移入してたら、そのうち心が壊れる。感情移入するのは一部だけでいい」

「ふぅん……人間って案外種族同士の情が薄いんだね」

「そんなふうに人間を作ったのは、アスタ達を作った神達でしょ。それにプロキシーだって殺し合ってる、情が薄いなんてよく言えるよ」


 図星を突かれたのだろうか、アスタは言い返すこともなくただ黙った。


「……そういや学校は行かなくていいの? もう家出る時間だけど」

「学校は暫く休み。プロキシーが人いっぱい殺したから、生徒達の安全がどうとかで……とにかくこれからは戦いに専念できる」


 市内で連続して起こっている不審死。それに対し、市長の提案により市内の学校は全て4月まで休校。各校卒業式と同時に終業式を迎えた。しかし危険から守るため学生を休ませるとは言っても、1人で登下校することが無くなること以外にメリットは無い。学校が休みになれば学生達は遊び呆け、不審死以外の事件が起こる可能性も出てくる。

 ただその阿呆らしい提案は、プレイヤー達にとっては朗報。学校に居る間は戦えないため、これから暫くは昼間の出現に対応できる。


「プロキシーってあと何体くらい残ってるの?」

「詳しくは分からないけど、もうそんなに多くはないと思う」


 プロキシーの数は無限ではない。これまでプレイヤー達が葬ってきた数から察するに、残るプロキシーは恐らく10体もいない。


「愛歌、折角プレイヤーになれたってのに……もう戦いも終わりか……」

「……戦いが終わるの、嫌なの?」

「嬉しいよ、勿論。けど、結局蓮を殺したプロキシーとは遭わなかったなぁって。本当は私の手で殺したかった……」


 蓮を殺したプロキシーは、ライムグリーンの髪が特徴。しかし唯は、ライムグリーンのプロキシーには出会っていない。以前エリザから得た情報によれば、アクセサリーはナイフであり、詳細不明の強力な能力を秘めている。とは言え蓮を殺したプロキシーと、エリザが出会ったプロキシーが同一の存在とは限らない。何せ黒髪のプロキシーというだけでも、ナイアを含めて幾つもの個体が存在するのだから、ライムグリーンの髪のプロキシーも1体ではない。

 まだ死んでいないかもしれない。だとすれば自らの手で終わらせたい。

 もう殺されているかもしれない。ならば誰かが蓮の仇をとってくれたと喜べる。

 しかし、願わくば生きていて欲しい。願わくば、自らの手でライムグリーンのプロキシーを殺したい。そう考えている。


「……そういや、戦いが終わればアスタ達はどうなるの?」

「3択ね。1つは、唯達プレイヤーの中に残り続ける。1つは、世界の管理を再開する。1つは、戦いの元凶である私達の絶滅を図りプロキシー同士で殺し合って、神を殺す」

「な、なにも殺し合うことなんて……」

「……唯は平和のために、兵器はこの世界から撤廃すべきだと思うでしょ。それと同じ。世界を終わらせるだけの力を持った私達は、できればこの世界に存在しない方がいい」


 プロキシーという存在が有る限り、また戦いが起こる可能性があるということは否定できない。その可能性を完全に否定するには、この世界からプロキシー、及び神といった特異な存在が消える必要がある。


 人間は神を生み出すことができない。仮に生み出せたとしても、それは人間よりも遥かに優れた"AI"という名のデウス・エクス・マキナ。しかしAIはAIという枠を超えることはできず、最終的に進化は止まる。即ち、本物の神にはなれない。

 人間は神を自称することはできても、神になることはできない。AIがAIという枠を越えられぬように、人間も人間という枠を超えることはできない。仮に地球上の人間全てを融合させ、70億人分の知識と寿命を持つ人間が生まれたとしても、それは神に似せて作られただけの肉塊。即ち、本物の神にはなれない。

 故に、神々とプロキシーが死ねば、同一の存在は永遠に現れない。現れなければ、特異な存在同士の戦いは起きない。


 とは言え神という存在が消えれば、恐らく世界は均衡を保てず崩壊。第三次世界大戦は勿論、食物連鎖の変動、致死率100%の病気の流行、宇宙の収縮、ありとあらゆる事象が発生する。或いは均衡が取れず世界そのものが歴史をリセットし、新たな世界を開始するかもしれない。

 仮に神が死ぬ事で歴史がリセットされれば、これから歩むべき緤那や唯達の歴史も白紙になり、また歴史が繰り返される。歴史が繰り返されればまた神が生まれ、プロキシーが生まれ、戦いが起こる。

 自らが歩むことの無い未来さきも、これまで紡いできた歴史も、どちらも犠牲にはできない。


「私は、アスタ達が死ぬ必要はないと思う。だって、アスタ達が死ぬ事で起きる戦いもあるかもしれないし……それに私は信じてる。アスタ達が見守る世界なら、もう私達みたいに戦う人も出なくなるって。戦いは起きないって」

「……信じてくれるのは嬉しいけど、もしも生き残ったプロキシー同士で殺し合いになっても、その時は止めないで」

「止めないよ。アスタ達がそうしたいなら」




「ん?」


 スマートフォンから着信音が鳴り、唯は通話に応答した。


「唯さん!! 例の奴が!!」

「っ!!」




 戦いというものはいつも突然起こり、運命というものはいつも突然やってくる。

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