#57 Delusion
「んっ……んぐ、はぁ……」
夜闇が充満する部屋の中に、愛歌の喘ぎ声が響く。幸いにも綺羅家の壁は厚いため隣の部屋には聞こえず、加えて今は深夜。誰にもこの声は聞かれていない。
(緤那と文乃が付き合ってたなんて……全然気付かなかった……)
自らの下腹部を指で刺激する愛歌。原動力は、緤那と文乃が交際中であるという情報。
親友である緤那が、妹の文乃と付き合っている。即ちキスは勿論、恐らくセックスも経験している。
あの大人しく可愛らしい文乃が、自分の知らないところで"女"になっていた。
性教育などしたことが無いはずだが、いつの間に性に目覚めていたのだろうか。どのくらいの頻度でしているのだろうか。どちらが受けなのだろうか。している時はどんな声を上げ、どんな顔をしているのだろうか。考えれば考えるほど、愛歌の身体はさらなる快感を求めた。
(緤那も文乃も、きっと可愛くて、えっちな顔してるんだよね……)
親友と妹がセックスをしているところを想像し、愛歌は指を動かす。想像を自らの性欲へと変換させる。
(私の知らないところでいっぱいしたんだよね……私の前では涼しい顔してても、2人はグッチョグチョだったのかも……)
想像も指も止まらない。止められない。もうとっくにショーツはびしょ濡れだが、それでも愛歌はさらなる快感を求めた。
「んんっ!!」
下半身が痙攣した。腰は浮き、つま先が伸びた。絶頂と同時に溢れた液はシーツを濡らし、快感の中で愛歌は敢え無く果てた。
そして絶頂を迎えた直後、愛歌は途端に罪悪感を抱き始めた。
(緤那と文乃を考えながら1人でしちゃうなんて……私、最低だ……)
この日、愛歌は眠れなかった。
悶々としていた、というのも事実だが、それ以上に緤那と文乃への罪悪感が睡魔に勝ったらしい。
何せ親友と妹が交わる場面を思い浮かべて自慰に耽っていたのだ。比較的良識人な愛歌が罪悪感を抱かないはずがなかった。
◇◇◇
早めに起きた文乃は、愛歌とエリザよりも先に朝食を始めていた。その後、起床予定時間になったことで、一睡もしていない愛歌がリビングで文乃と合流した。
「おはよう。って、なんか顔色悪いね」
「寝れなかった……目も頭も痛い……」
「寝れなかったって……なんかあったの?」
文乃の質問を受け、愛歌の脳内に昨夜の思考が蘇った。
「……文乃と、緤那のこと聞いたから……」
「……そっか……ごめんね、今まで黙ってて。法律で同性婚が許されるようになったとは言え、やっぱり未だに同性愛者って迫害される例があるでしょ。姉さんは迫害なんてしないって分かってるんだけど、打ち明ける勇気がなかった……」
同性婚が可能となったのは文乃が小学生の頃だった。しかし同性愛者というだけで、周りとは違う目で見られるという現実はあまり変わっていない。緤那と文乃も迫害を恐れたため、交際を公言することはなかった。
同じ理由で、愛歌と焔も交際を公言していない。故に交際を秘密にしていた文乃を責める権利など愛歌には無い。尤も責める気などないが。
「謝らないで。私だって、焔と付き合ってることを黙ってるんだから」
「焔さんと!?」
突然のカミングアウトに衝撃を受けた文乃だったが、年末の愛歌と焔の様子を覚えていたため納得はできた。
「うん……それにしても、結構私達の関係ってすごいね。緤那の恋人の姉の恋人が緤那の親友……1周回っちゃったよ。これが変なドラマだったら緤那と焔が不倫したり……」
「もう止めようこの話。名誉毀損に繋がりかねない」
(嘘でしょ……)
2人の会話をドア越しに聞いていたエリザの脳内に、元旦に目撃した衝撃的瞬間がフラッシュバックした。思えばあの時から愛歌と文乃には疑念を抱いていたが、改めて真実を聞くとやはり驚かざるをえなかった。
◇◇◇
「はぁ~……」
朝から衝撃を受けたエリザは登校早々に机に顔を伏せ、隠しきれない大きさのため息をついた。
「朝からため息なんかついて……何かあったん? 可愛い顔が台無しだよ」
背後から音もなく抱きつく光は、エリザの耳元で囁いた。
「あ、おはよ光」
「おはよ……ってそうやなく、何か悩み事?」
「実は……愛歌に恋人ができてたみたいで」
「……まあ愛歌さん美人やし、恋人おっても不思議やないと思うけど。それで元気ないの?」
驚きはしなかった。なぜなら初めて会った時に、光の中で愛歌は今まで出会った女性の中でもトップクラスの美人だと記憶された。そんな美人に恋人がいないという方が不思議な話であろう。
光の反応に「自分の方が変なのだろうか」という不安さえ抱いたが、エリザはやはり女性同士での交際というものを受け入れ難いようである。
「……ねえ光、女の子同士ってそんなにいいのかな?」
「っ!? いいいいきなり何を!?」
全く予期していなかったエリザの発言に、光は不覚にも動揺して顔を赤くした。
「愛歌も、文乃も、男の人じゃなくて女の子同士で付き合ってるから……そんなにいいのかなぁ、なんて」
「あ、あぁ……愛歌さん"そっち"やったんや……」
愛歌の恋人に関する会話の中で、愛歌の恋人が女性であるという情報は1度も出ていない。つまり光は愛歌が同性愛者であることをたった今知った。
そしてこの瞬間、光の中のスイッチが何故か作動してしまった。
「なんなら……試してみる? 放課後はお姉バイトで家におらんし、いっぱい声出しても誰にもバレんよ?」
光の姉である吹雪は唯と交際している。その吹雪と血を分けた光も、ノンケというよりも若干同性愛者寄りである。故にノンケであるエリザがレズビアンに足を踏み入れかけたことで、内なる光は足下からエリザを引き込もうとした。
家に誰もいない。声。試す。3つのキーワードからエリザは光の発言の意味を理解し、一瞬のうちに顔と耳を熱くした。
「……ち、ちょっと、考えさせて……」
「タイムリミットは6時間目が終わるまで……はよ決めてね」
耳に息を吹きかけながら話す光。
光の誘いを受けエリザは少し動揺しているが、耳元で感じる光の声と息、背中を通して感じる光の体温で思考力は少し低下。
考えさせてとは言ったものの、この時点でエリザの脳内から「断る」という選択肢が消え去った。
「私はしたいな……エリザと」
光はさらに顔を近付け、エリザにしか聞こえない声で呟く。その際光はエリザの脚に手を置き、スカート越しに白く細い太ももを撫でる。
エリザの中で拒否という選択が消えたことを見抜いているのか、ビクビクと反応するも全く嫌がらないエリザの耳を甘噛みする。
「~っ!!」
エリザは無意識に脚をもじもじと動かし、今まで味わったことのない感覚と格闘した。
「……続きは、放課後ね……」
光は焦らすかのように手を離し、そのまま自らの座席へと戻る。エリザの身体はまだ敏感になっており、紅潮した顔もまだ戻っていない。
(なんだか、むずむずする……もっと触れて欲しい……)
エリザベータ・フレストフ、14歳。性を知る。
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