#56 Chocolate

 バレンタイン当日。

 緤那達が通っているのは女子高であるが、バレンタインになればチョコの往来は起こる。

 そして女子高であるが故、自分と同じ女性に性的な興味を抱いてしまうというケースも多い。その結果、校内で往来するチョコの半数近くが本命、或いは限りなく本命に近い義理チョコである。

 毎年恒例であるチョコの往来は、教師陣も楽しみにしている。貰ったチョコの数はそのまま校内での人気に直結し、チョコが多い人物こそ学校の顔になる。そして顔になるべき人物を調査し、生徒会や部活に勧誘をする。その教師陣の策略にまんまと乗ってしまい、歴代生徒会長の1人になってしまった者も少なくない。


(うわぁ……)


 緤那が教室に入ると、室内に居たクラスメイト達が緤那を一斉に見つめた。その視線から物事を察し、恐る恐る緤那は自分の机へと向かう。

 机の上には大小様々な箱や袋が所狭しと置かれている。その中身は全てチョコ。差出人の名前が書かれているものもあれば、匿名のものもある。


「おー、今年もすごいね」


 1年前のバレンタインも、緤那は大量のチョコを貰っていた。その様子を鮮明に覚えている焔は、緤那の机を見ても特に驚かなかった。


「半分くらいは緤那のファンクラブだろうね、多分」

「なんでだろう……ファンクラブって言ってるのに、このチョコの山からは狂気しか感じない……」


 秘密結社が如く、学校内で活動している緤那のファンクラブ。焔の予想通り、机の上に置かれたチョコの6割程はファンクラブの会員によるものである。


「うわ、待って……」


 緤那があることに気付き、少し躊躇いつつも山を成す大量のチョコのうち1つを手に取った。


「見て、これ……」

「ひぃっ!?」


 そのチョコは箱に入れられているが、その箱を包む紙は作文用紙。しかも作文用紙には、差出人直筆の文字が羅列されていた。

 恐怖と狂気を感じながら緤那は紙を丁寧に剥がし、作文用紙に書かれた差出人の気持ちを音読した。


『志紅緤那様へ。名乗りもせず一方的にチョコレートと手紙を渡してしまい申し訳ございません。しかしながら、緤那様に私の本心を伝えたい一心での愚行であります。どうかお許しください。勉学に励む事でしか自身を成り立たせられない私に、貴女は好意というどんな感情にも勝る悦びを教えてくれました。この想い、バレンタインという日を以てあなたに伝えたく、この手紙を書かせて頂きました。この手紙を読み、私の想いを聞いてくださるようでしたら、放課後に屋上まで足を運んで頂きたく思っております。卑しく無粋な私の願いを聞き入れてくださいましたら、その際は私の想いを改めて全てお伝えします。もしも私の想いを受け入れてくだされば、その際は熱く濃厚な接吻と目合まぐわいを期待しております。』


 その手紙からは差出人の純粋な気持ちと、純粋であるが故に孕む狂気がひしひしと感じられた。

 しかしその文章の1箇所だけ、焔には理解できない部分があった。


「まぐわいってなに?」

「……キスの向こう側、その……ほら、恋人同士がしちゃう……え、えっちな……」

「あー、なるほど」


 恥ずかしがる緤那の説明を受け、焔は目合とは何かということを何となく察した。


「……焔、これ行かなきゃダメ?」

「んー……行って真っ向から断っても、行かず無言で断っても、結局相手を傷付けるから…………うん、私には答えを出せない」

「ぅええぇー!? もうどうすればいいのぉー!?」


 頭を抱え本気で悩む緤那。そんな緤那の悩みを消し去るように、緤那のスマートフォンに文乃からメッセージが送られてきた。


『緤那さん、今日の放課後、家に行ってもいいですか?』




「……そうだ!」


 文乃からのメッセージが緤那の思考を刺激し、ずっと秘めていた最終手段を実行する決意が固まった。


『ちょうど良かった。放課後、ちょっとだけ付き合って。すぐ終わるからさ。』


 緤那がメッセージを送って10数秒後、文乃から『了解しました』と返信が来た。


「焔、この際だから……私と文乃の関係を広めることにした」

「へぇ……ええええ!?」


 ◇◇◇


 チョコの差出人である1年生の矢田は、緤那の机にチョコを置いてからずっとドキドキしている。

 来てくれるかもしれない。話せるかもしれない。あわよくば交際に発展するかもしれない。淡い期待を抱きながらも、矢田は屋上で緤那を待った。


「ごめん、待たせたね」

「っ!!」


 来てくれた。緤那が来てくれた。人気者の緤那が来てくれた。それだけで矢田の目には涙が溢れた。しかし矢田は涙を拭い、自らの本心を打ち明けるべく覚悟を決める。


「はじめまして、志紅先輩。1年の矢田と申します。この度は私の為に屋上へ足を運んで頂きありがとうございます」

「……矢田さん、あまり時間が無いから単刀直入にいくね……来て!」


 緤那の合図を確認し、屋上の出入口から文乃が姿を現した。因みに文乃は現状を理解した上で、緤那に協力している。


「私には恋人がいる……だから、私では矢田さんの期待に答えられない」

「……っ! そう、ですか……いえ、薄々思ってはいました。容姿端麗を体現した志紅先輩に、恋人がいないはずないって……」


 告白される前に断る。そして断った理由も聞かれる前に話す。相手には辛い思いをさせるが、「なんでダメなんですか!!」などという負の感情が込められた発言はさせない。

 早々に「私ではダメなんだ」ということを理解させることで、相手の感情を逆撫でさせず且つ短時間で話を終わらせられる。


「ごめん……私のことを好きになってくれたのは嬉しいよ。でも私が好きなのは矢田さんじゃなくてこの子……文乃だから」

「……志紅先輩が自ら選んだ相手なんですから、恐らく……私では及ばない程良い方なんでしょうね。私なんかが……いえ、誰も入る隙なんて無いんですね」


 矢田は涙を流しながらも笑顔を作り、緤那と文乃の仲を受け入れた。


「矢田さん、いつかあなたの前にも運命の相手が現れる。その時は私のことなんて忘れて、その人をただ愛してあげて」

「……そう、ですね……いつか、志紅先輩を超える魅力の持ち主を探して、志紅先輩と同じくらい幸せになってみせます!」


 矢田の作り笑顔は限界を迎え、歪みかけた顔を隠しながら矢田は立ち去った。


「……緤那さん、ほんとモテますね」

「自分で言うのもなんだけどね……けど安心して。私は文乃以外を愛さない。何年経っても文乃は、私の中ではヒロインだから」

「……面と向かって言われると恥ずかしいですね……」

「そんな文乃も可愛くて大好き。さて、じゃあ家行こう。私からのバレンタインチョコも渡したいからさ」

「……はい……!」


 この後、矢田を発信源として緤那と文乃が恋人同士であるという情報が広がった。その情報は勿論プレイヤー仲間達にも伝わったが、普段から2人の仲が良かったためあまり驚きはしなかった。


 ただ1人、愛歌を除いて。

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