#55 Prewar2
「はぁ……美味しかった……」
唯が作った鍋は、即興且つ短時間だったにも関わらず完成度が高く、少し量が多いかと思われたが難なく平らげた。
「お粗末様。もうちょっと休憩したら、試作品作り……再開する?」
「そうですね……できれば今日中に作れるようになりたいですし、頑張ります!」
割愛。
「で、でき……た?」
時間を費やし完成した試作品1号は、見た目は多少大味。しかし文乃の努力がひしひしと伝わる出来であるため、この試作品を渡しても緤那は喜んで受け取るだろう。
「できてるよ。緤那、これ貰ったら多分嬉し過ぎて照れるんじゃないかな」
「そう、ですかね?」
文乃的には、決していい出来とは言えない。故にまだ唯の発言には納得できておらず、この状態で渡そうなどとは思っていない。
「そうだよ。変に完成度が高いくせに"手作りです"って言われても、正直信じられないでしょ。ならいっそ、多少下手な方が信じられる。あくまでも私個人の意見だけどね」
不服そうな表情を見せる文乃。しかし異常な完成度で緤那に疑いの目を向けられるのであれば、多少大味な状態で渡そうかと妥協した。
「……なら、あともう1回だけ作って、感覚を掴みます。それで、バレンタイン前日に完成品を作ります」
「うん。じゃああと1個作ったら、今日は終わりにしよう」
◇◇◇
試作品2号は試作品1号よりも出来が良く、文乃が抱いていた理想形に少し近付いていた。しかし予定通りチョコの試作は終了し、後片付けを終えた後に2人は風呂に入った。
大晦日に既に互いの裸体を見ている2人だが、今日は2人きりであるため少し恥ずかしいと感じた。
黒井家の浴槽は一般的なサイズ。故に女子高生2人が入れば途端に狭くなる。しかし2人は一緒に浴槽に浸かり、浴槽内の湯は少し溢れた。
「唯さんは吹雪さんにチョコ渡さないんですか?」
「渡すよ。何作るかはもう決めてるから、あとはもう作るだけ。試作時間もいらない」
菓子作りが趣味であり特技の唯は、試作品を経由することなく受け渡し用のチョコを作る。そして決して失敗はしない。
「因みにどんな?」
「生チョコ」
「生チョコ!? あれって家で作れるんですか!?」
「作れるよ。あ、なら文乃ちゃんにもバレンタインチョコとしてプレゼントするよ。勿論恋人じゃなく、友達としてね」
生チョコは調理手順と材料にさえ気をつければ、案外簡単に作ることができる。しかし普通のチョコを溶かして固めるだけの文乃は、生チョコを作る唯に若干引け目を感じた。
「……唯さんって、凄いですね。お菓子も作れて、花にも詳しくて、美人で……私とは違って、理想的な女の子です」
「文乃ちゃん……私そんな凄くないし、理想的なんて言われる程、心も綺麗じゃないよ。だって、常日頃から復讐心を滾らせてるんだから」
花を愛で、万人受けする程の菓子を作り、加えて美人。そんな唯も、プロキシーを駆除するために戦うプレイヤーの1人。加えて弟を殺されたことによるプロキシーへの恨みは誰よりも強く、その心は普段の姿とは反比例している。
寧ろ唯は、文乃こそ理想的な女の子だと考えている。背が低く、純情で、加えて真面目で、非の打ち所のない完璧な顔立ちと体型。文乃同様、唯も僅かながら文乃に引け目を感じていた。
「戦いに目的を見出してるだけでもいいじゃないですか。私なんて、未だに戦う理由を模索してるんですから。いざ理由を考えても、改めて思えばそれは戦う理由に相当しない……そんなことが何度もあるんです」
緤那には、文乃を守るという"誰か"との約束がある。その約束を守ることが、緤那の戦う理由。
唯は弟を殺したプロキシーを見つけ出し、可能な限り苦しみを与えながら殺す。それが唯の戦う理由。
エリザや光達も漠然とはしているものの、自分なりの戦う理由というものを見出している。
しかし文乃は違う。とある誰かと交わした"緤那を守る"という約束はあるが、今の文乃には緤那を守れるだけの力がない。加えて、緤那を守るというのは"誰か"との約束であり、自分自身が見出した戦う理由ではない。
「いっそのこと、緤那さんがプロキシーに殺されでもすれば、私は明確な戦う理由を得られると思うんです。勿論、緤那さんが死ぬのなんて嫌ですけど」
言い換えれば、緤那が殺されない限り、文乃は戦う理由を見出すことができない気がしている。
セトが宿った時点では、文乃は戦う理由というものを深く考えなかった。しかし時間が経つにつれ、自分が何の目的もなく戦っていることに気付いていった。
しかし自分は何がしたいのか。何をするために戦っているのか。考えたところで仮説しか立てられず、立てた仮説もすぐに消え去る。いつしか文乃は戦う理由の模索以前に、自分自身の意味に疑問を抱き始めた。
緤那のように能力を破壊することもできない。
唯のように美しく戦うこともできない。
エリザのように複数の能力を使うこともできない。
焔のように氷を出すこともできない。
吹雪のように炎を出すこともできない。
光のように闇を操ることもできない。
樹里のように傷を癒すこともできない。
自分にできることは、風を起こして身軽に動く程度。みんなとは違い、派手な芸当もできない。
こんな自分が、みんなの役に立てているのだろうか。
しかし文乃を否定しているのは、文乃だけだった。
「戦う理由なんて後になって付ければいい。それこそ今のうちは、プレイヤーとして神に選ばれたからって理由でも掲げてればいいと思うよ」
唯は文乃とは違い、戦う理由にこだわる必要は無いと考えている。
弟の仇討ち、それは唯の戦う理由ではない。弟の仇討ちはあくまでも復讐であり、唯自信が掲げている明確な戦う理由は無い。ただアスタが戦いたいと願うから共に戦う。それだけである。
「……なら今は、戦えるから戦うっていうことにしておきます。けどいつか見つけます。私が戦う理由……明確な理由を」
文乃は立ち上がり、唯よりも先に風呂から出た。
文乃の悩みを解決できた訳では無い。だが少しでも解決へ向かっていることを直感で理解し、ドア越しに見える文乃の影を見つめて僅かに微笑んだ。
◇◇◇
「そうだ、正月にみんなから布教されたじゃない?」
風呂上がりに炭酸飲料を飲む2人。そんな中、唯が突如正月の出来事を話題に出した。
「あー……あの時は少し熱くなりました、面目ない……」
急遽アニオタ教を設立し、店内で布教活動を開始した正月。文乃の記憶にもまだ新しく、唯に関してはかなり鮮明に覚えている。
「あれから私、色々勉強してみたの。プレイヤーってだけじゃなくて、共通の話題で盛り上がりたいから」
文乃は知らない。唯は元々、吹雪以外に友人はいらないと考えていたということを。そんな唯が共通の話題作りとして、興味を持っていなかったアニメに手を出したということは、唯が緤那と会う前までは考えられなかった。
しかし知らなくとも、文乃は単純に嬉しかった。自分達との仲を深めるため、自らの意思でアニメに手を出したことが。
「私の部屋行こ。どうせ寝る時は一緒だし」
文乃は唯に先導され、唯の自室に入る。
「どう、かな? まだ数は少ないけど、私のコレクション……」
室内にはアニメのフィギュア(主に美少女フィギュア)とプラモデル、タペストリーがいくつか飾られており、この1ヶ月での唯の変貌に文乃は正直驚いた。
室内を見回り、唯のコレクションを閲覧する文乃。その途中で文乃は足を止め、棚の上に置かれていた写真立てに目をやった。
「あ、これ……」
「ん? あぁ、うん。飾ったんだ」
写真立ての中には、正月に緤那達と撮った写真が入れられている。正月明けに愛歌から写真を受け取った後、唯はすぐに写真立てを購入して部屋に飾った。緤那と出会う前の唯であれば、そもそも部屋に友人と撮った写真などは飾らなかっただろう。
「私はアルバムに入れました。本当は飾っても良かったんですけど、生憎飾れるスペースを確保できず……」
「アルバムか……それも良かったかもしれない……でも私はこのままでいいかな。それより文乃ちゃん、よければこれからアニメのこと色々教えてくれない?」
唯がアニメについての教授を求めている。それだけで文乃の口元は緩み、アニメ好きとしての自身のハートに火がついた。
「いいですよ……なんでも聞いてください!」
(よかった、機嫌直ったみたいだね……)
部屋の内装を見せ、教授を求めることで、文乃の機嫌を良くさせる。作戦が上手くいったことで、唯は安心した。
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