純白の虐殺者
#54 Prewar1
もうすぐ戦争が始まる。
戦争は1日で終わる。しかし実際に戦うのは半日程度。
敵は何人いるのか分からない。
否、自分以外は全員敵。それだけは分かっている。
ある者は既存の武器を調達し、ある者は貴重な時間を費やし唯一無二の武器を作る。各々武器を携えた少女達は、
そして色絵町で生きる少女達も、自らが携えるべき武器を模索した。
(緤那さんは苦めの方が好きだから……ベースはブラックチョコかな)
来る日、
(……よし! ブラックチョコで花を……黒い花?)
「……で、私を訪ねたと」
文乃のバレンタインチョコは、緤那が好きなブラックチョコをベースにする。授業中に考えた末、文乃は花を模したチョコレートを作ることにした。
チョコレートの色でも再現可能であり、且つ花言葉にもこだわりたいと考えた文乃。しかし文乃は花に関してとても疎く、考えに考えを重ねた結果、花に詳しそうな唯にアドバイスを求めた。
「はい……あ、でも、唯さんバイトしてましたよね? 今日じゃなくてもいいんですけど……」
「ううん。今日は定休日で暇だし、よかったら私の家来ない? 試作もしてみるといいよ」
「いいんですか!? 行きます!」
露骨に機嫌が良くなった文乃を見て、唯は不覚にも心をときめかせた。
「うん。あ、私自転車通学なんだけど、文乃ちゃんは?」
「電車です……」
「あー……じゃあさ、一旦帰ってからうちに泊まりに来る? 前から文乃ちゃんとは話してみたいなーって思ってたし」
「……! じゃあ! 一旦帰ってからすぐ行きます!」
「いや、私が迎えに行くよ。文乃ちゃんの家は覚えたし。とりあえず一旦帰ろう」
「はい!」
2人は廊下で別れ、唯は駐輪場、文乃は駅に向かった。
◇◇◇
帰宅した文乃はカバンをベッドの上に投げ捨て、休日用のリュックに替えの服と下着、その他諸々を詰め込んで部屋を飛び出した。
事前に家政婦達へ連絡はしているため、家の人間へ迷惑はかけない。強いて言えばエリザが少し残念そうにしていただけである。
「じゃあ皆川さん、姉さん帰ってきたら私の事伝えてください!」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
文乃は急ぎ足で玄関まで向かい、玄関で忘れ物が無いかを確認した後にドアを開けた。
敷地内の駐輪スペースに向かい、文乃は愛車のクロスバイクに跨る。片足のつま先しか地面につかないが、文乃自身がこの自転車を気に入っているため特に文句は無い。
「あ、唯さーん!」
道路に出ると、綺羅家に近付いて来ていた唯が見えた。文乃の姿を確認した唯は漕ぐスピードを上げ、文乃と合流した直後に急停止した。
「ごめんごめん、待たせたね」
「いえ、私もたった今準備終わらせたところなので。それじゃあ早く行きましょう!」
文乃の笑顔を見れば、文乃の抱いているワクワクが伝わってくる気がした。
「うん、行こう」
◇◇◇
黒井家に到着した2人は、制服のままリビングで会話を始めた。
「さて、じゃあ改めて……文乃ちゃんはどんなチョコ作りたい?」
「ただ溶かして固めるのは面白くないんで、花を模して作ろうかと。けど私、花には疎いから……」
「使うのは普通のチョコ?」
「緤那さんは甘めより苦めの方が好きなので、ブラックチョコを……」
「え!? 緤那にあげるの!?」
「……あ!」
緤那との交際は秘密にしている。しかし緤那のことを考えるあまり、チョコをあげる相手、即ち思いを寄せている相手を暴露してしまった。
文乃が唯にアドバイスを貰いに行った際、その真剣な眼差しから唯は「彼氏でもいるのかな」と思い込んでいた。しかし文乃がハッキリと緤那の名を出し、尚且つ聞き返した際に一瞬で赤面したため、友チョコという発想に至ることなく「文乃は緤那に行為を寄せている」と気付いた。
「うぅ……その……みんなには、言わないでくれますか?」
羞恥で今にも泣き出しそうな顔の文乃を見て、不覚にも唯はときめいた。
「言わないよ。けど文乃ちゃんだけ恥ずかしい思いするのは可哀想だから……私からも1つ。実は私、吹雪と付き合ってるの」
「えぇぇぇええ!?」
唯と吹雪の仲が良いのは知っている。しかし2人が愛し合っていることなど気付きもしなかった。
「ここでの会話は2人だけの秘密……ね?」
「は、はい……」
文乃の緤那に対する愛は揺るがないが、秘密を共有するという行為により文乃は唯を今までにないほど意識するようになった。
童顔故か少女という印象を拭えない緤那に対し、大人びている顔立ち唯は緤那とは違い大人の女性という印象がある。
シトラスの香りを漂わせる緤那とは違い、唯は洋菓子のような甘い香りを漂わせる。
唯を見れば見るほど、文乃は唯の魅力に気付いていく。吹雪が愛する理由もわかる気がした。
そして一瞬。ほんの一瞬だが、唯にならばこの身体を委ねてもいいとさえ考えた。
「さて、本題に戻ろっか。えーっと……ブラックだよね。だったら……」
発言の途中で唯からアスタが分離し、突如アスタは能力を発動した。
「黒薔薇なんてどう?」
唯の意見に合わせるように、アスタは手のひらから黒薔薇を咲かせる。
「黒薔薇の花言葉は色々あるけど……今回抜粋するのは、"滅びない愛"と"永遠"。本来黒薔薇の花言葉には"恨み"とか、あまり恋人に捧げるには相応しくない花言葉を持ってるから、あげる時は説明が必要だけど……」
黒い薔薇は、捉え方次第で相手の人生に禍福をもたらす。それが愛し合う2人であれば、渡す相手への禍福は尚強くなる。
相手にとって福となる花言葉は、滅びない愛、永遠。プロポーズとしては十分なほど、相手へ自らの愛を語ることができる。
対して、相手にとって禍となる花言葉は、恨み、憎しみ。プロポーズは勿論、親しい相手に送るには不向き。
黒い薔薇は、その中に愛と恨みを共存させている。黒くも美しい、人の心のようである。
「滅びない愛……永遠……! いいじゃないですか! それに憎悪と紙一重の愛なんて……"正義と紙一重の悪"みたいな私的にも緤那さん的にもすごく好きなシチュエーションですよ!」
「そ、そう? 気に入ってくれたならよかったけど……ただ、折角だからホワイトチョコと苺チョコも買って、薔薇の詰め合わせにするのとかどうかな?」
その瞬間、文乃は落雷にも匹敵する衝撃を受けた。
「っ! も、盲点でした……そうですよ! バレンタインだからといって、ホワイトチョコ使っちゃいけないなんて決まりありません!」
文乃に比べ柔軟な発想ができる唯の意見は、バレンタインチョコ作成に苦悩する文乃をサポートしている。
最初は、ただ適切な花について聞こうとしただけだった。しかし唯は文乃の盲点を突き、確実に期待以上の成果を上げた。
「なら! 3つのチョコを使って薔薇の詰め合わせにします!」
「うん。じゃあ作るものも決まったことだし、試作してみる?」
「はい!」
薔薇を模したチョコ。文乃のイメージするものが完成すれば、かなり美しい仕上がりになる。
しかし、やはり薔薇を模したチョコレートの作成は想像以上に難しく、試作品製作途中で文乃は心が折れかけた。
「ま、まあ……初めてだし、難しいよね」
唯の趣味はお菓子作り。簡単なものから、芸術的なものまで作ることができる。
そんな唯のお手本を見ながら作ってみたにも関わらず、文乃のチョコはどうしても薔薇の形にならなかった。
「うぅ……難じいよぉ……」
半泣きになりながら床に座り込む文乃。時計の針は6時過ぎを指しており、唯は「もうこんな時間か」と呟きながら文乃の肩に手を置いた。
「一旦休憩。時間も時間だし、夕飯にしようよ。文乃ちゃんなに食べたい? とは言っても、そんな立派なものは作れないけど」
「ぐずっ……そう、ですね……今、材料って何がありますか?」
「色々あるよ。魚は無いけど」
「……なら、お鍋……とか、食べたいです」
「鍋……! 嫌いな食べ物ある?」
「キノコがダメですけど……それ以外は無いです」
「オーケー。ならちゃっちゃと作っちゃうから、文乃ちゃんはリビングでテレビでも見てて」
文乃は大人しくリビングに移動し、2人分の鍋を作るべく唯は調理を開始した。
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