#53 Sympathy

 月曜日。教室はザワついた。


「おは、よ……!?」


 いつも通りエリザに挨拶をしかけた生徒達は、予想もしていなかった休み明けの光景に挨拶を中断した。

 エリザはいつも1人で登校する。しかし今日は、エリザの隣に光が居る。それどころか手を握って超至近距離で歩いていた。

 金曜日までは不仲だった2人だが、クラスメイト達を驚愕させる程に距離感が近付いている。

 クラスメイト達はとてつもなく気になっている。土日の間で2人に何があったのかと。


 登校時だけでなく、その後もエリザと光は事ある毎に密着している。


「エリザ~、明日学校終わったらウチ来ない? お姉も親も仕事で居ないからさぁ~」

「いいの!? やった行く行く!」


 光はエリザの背後から抱きつき、2人はそのまま顔を近付けて会話をする。多少光の腰がクネクネしている辺り、2人の関係性はただの友人という枠を超えていることが予想される。

 楽しげに話す2人を見ていると、普段は何気なく話しかけていたクラスメイト達は揃って口を閉ざしてしまう。

 恐らくクラスの半分以上から嫌われていた存在が、クラスの人気者と誰よりも密着して話している。クラスメイト達は嫉妬した。

 しかし嫉妬と同時に、クラスメイト達は揃って同じことを思った。ひたすら尊いと。


「……エリザ」

「ん? なーに?」


 勇気あるクラスメイトの1人が、教室内でイチャつくエリザに話しかけた。他のクラスメイト達は聞き耳を立て、横目で経過を見守る。


「その……2人ってそんな仲良かったっけ?」

「昨日仲良くなったの」

「昨日!? え、何があったの!?」


 クラスメイトの質問に、エリザと光は互いに顔を見合わす。そして少し微笑んだ後、2人同時に口を開いた。


「「それは秘密♡」」


 息ピッタリな2人を見て、クラスメイト全員がフリーズした。そして同時に思った。「マジで何があった」と。

 その後クラスメイト達は結局、2人の距離が急に縮まった理由を知れなかった。


 ◇◇◇


 一方その頃、昼休みの屋上で。


「なんか今日機嫌良くないよね。なんかあった?」


 朝から不機嫌の吹雪を見て、唯は不機嫌の理由を尋ねた。


「実は……光がプレイヤーやったんよ」

「光ちゃんが!?」


 エリザとの関係が修復した直後、光の口から自信がプレイヤーであると聞かされた吹雪。

 吹雪は家族を守るという意志を力に変えてきたが、守っていたと思い込んでいた光も自分と同じプレイヤー。死と隣り合わせの日々を送っていた。

 姉でありながら気付けなかった自分に腹が立つ。それ以上に、自分よりも強い力を持つ光を"守っている"と思い込んでいたことに屈辱を感じた。寧ろ守られていたのは自分なのではないかと考えた。

 進化前のルーシェであれば、身体能力や使い勝手の良さから、吹雪とそれ程大きな力の差は無かった。しかしルーシェがクロノスの力で進化を遂げた時点で、光は吹雪よりも遥かに強い存在になった。能力、スキル、スペック、どれをとってももう吹雪では勝てない。

 吹雪は危機感を感じなかった。なぜなら、危機感を感じる前に光が吹雪を超えたからだ。

 今、吹雪の中にあるのは危機感でも、圧倒的な力への嫉妬でもなく、戦闘キャリアも姉としての立場も振り切られた後に残った虚無感。最早プロキシーが現れても戦おうという気にもなれない。


「話聞く限り私より強くて……私、自信無くしちゃったかも……」

「……だったら、光ちゃんとの力の差を補えるくらい、能力とかスキルの精度を上げればいいとおもうよ」

「けど……もうこれ以上成長できないかもしれないし……」

「やってみないと分からないよ。もうちょっとアビィと自分を信じてあげなよ。それに、仮に強くなれなくても、光ちゃんが吹雪に失望することは無いから安心して」


 唯は暗い顔の吹雪を抱き寄せ、自らの胸に吹雪の顔を埋める。


「プレイヤーとしての力量に差があっても、吹雪は光のお姉ちゃん。それだけは変わらないから」

「……やね。じゃあ私も光に負けんくらい頑張らんと。ところで、さ……」


 恥ずかしげに頬と耳を赤らめる吹雪を見ても、唯はその気持ちを察せなかった。


「昼休み、あと数分やけど……ちょっとムラムラしちゃった……」

「……機嫌直した直後に発情とか……吹雪って性欲強いんだね」

「言わんといてや……胸に顔埋める唯が悪いんやから……」


 ◇◇◇


 愛歌は窓の外を見つめる。雲ひとつない青空は果てしなく、ずっと見つめていればその青に引き込まれるような気分になる。


「愛歌、何見てんの?」


 クラスメイトが話しかけ、愛歌は空を見つめたまま答えた。


「空。私、空見るの好きなんだ」

「へぇ……意外な趣味をお持ちで」

「……あ、誰か屋上でエッチなことしてるな」

「はぁ!?」


 根拠はない。ただ愛歌の勘は見事に的中しており、屋上では唯と吹雪が過度にイチャついている。


「もう昼休みあとちょっとよ? 私だったらその程度の時間じゃ満足できない。愛歌だってそうじゃない?」

「そうだね……というか、私の付き合ってる人は時間をかけてゆっくり愛してくれるタイプだから、そもそも限られた時間の中じゃイチャつかない」

「でしょ。と言うか、そろそろ愛歌の付き合ってる人のこと教えてよ」


 緤那や文乃を除く友人達は、愛歌に恋人がいることを知っている。しかし相手が誰なのかというところまでは知られていない。


「んー……じゃあ、一つだけヒントあげるよ。この学校にいる」

「ぅええええ!?」


 恋人は男だと思い込んでいた友人だったが、この学校には教職員含めて女性しか居ない。この時点で友人の予想は裏切られ、愛歌の恋人は女性だということが確定した。


「も、もっとヒント!」

「ダーメ。これ以上は教えてあげなーい」


 愛歌の恋人の正体を知っているのは、現時点でエリザのみ。無論エリザは秘密を他言するような性格をしていないため、エリザ自身、愛歌の恋人のことなどは知らないと偽っている。そもそも愛歌の恋人という話題にすら向かわせない。


「愛歌がよく一緒にいる人……志紅さんか!?」

「はい残念ざんねーん。あ、因みになんだけど、仮に誰か当てられたとしても私は不正解って言うから」

「無理ゲーじゃん! いや、でも私は諦めない……絶対に愛歌の恋人を特定してみせる!」


 張り切る友人に呆れ、愛歌は再度空を見た。


(エリちゃんと光ちゃん……今頃何してるかな……)


 エリザと光の関係を修復させた仲介人である愛歌は、今誰よりも2人のことを気にかけている。

 方や闇から背を向けるために友人を増やし、方や闇に背を向けられずに苦悩した。そんな2人が仲良くやっていけるのか、愛歌は仲介に入る前に何度も考えた。

 しかし愛歌はもうそんな心配していない。

 後はただ、エリザと光が楽しく生きていられるか。2人で笑っていられるか。それだけである。


(今度、光ちゃん家に呼んで……3人でお話でもしようかな……)


 窓から入った冷たい風は、空を見て微笑む愛歌の髪を靡かせた。

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