#50 Tears
昼食にはまだ早い。朝食と言うにも少し遅い。丸一日寝ていた光の空腹は既に限界であるため、時間は最早関係ない。
光は客人。余り物を出す訳にもいかないため、家政婦達は時間をかけず尚且つ上出来な料理を作るために奮闘した。
その結果完成したのは、温かいを通り越して熱々のコーンポタージュとパルメザンチーズがふりかけられたサラダ。自家製のクロワッサン。一度に大量に食べるのも胃に悪いため、テーブルに置かれたのは適量だった。
「お口に合うといいんだけど……」
愛歌の不安をよそに、光は目の前に出された料理に心を躍らせていた。
高山家の朝食はいつも食パンと紅茶のみ。それが朝食であると自分の中ではイメージしていた。しかし綺羅家で出された朝食を見て、光の中の朝食像は覆された。
「いただきます……」
スプーンでコーンポタージュを掬い、口の中に含む。
「……!」
涙が出そうだった。
その場にあるもので作った言わば即席の料理ではあるが、味は自宅や飲食店で味わったものとは明らかに違う。高級料理店にも比肩する味と言っても過言ではない。
感動のあまり、光は何も感想を言わずに黙々と食べ続けた。しかしその表情と食べっぷりから、愛歌は「口に合ってよかった」と安心した。
コーンポタージュも、サラダも、クロワッサンも、全てが段違い。食べ終わる頃には満足感よりも、名残惜しさの方が強く感じられた。
「ふぅ、美味しかったです……」
「それは良かった。家政婦達にも伝えておくよ」
食事を終え一息ついた光は、自身が綺羅家に置かれている経緯を愛歌に聞いた。
「……それはそうと、どうして知りもしない私に、寝床だけじゃなく食事まで与えてくれたんですか?」
「……妹も友達もプレイヤーになったのに、私だけプレイヤーになってない。そんな私でも、傷付いた人に安心を与えることはできる。というか、私にはこれくらいしかできないから」
戦うことは辛く悲しい。しかし1人だけ戦力になれないというのも辛く悲しい。しかし愛歌はプレイヤーになれない自分の立場を受け入れ、精神面にも身体面にも対応した衛生兵のような形をとると決めた。
傷付いた相手に手を差し伸べ、会話をして、食事を与えて、客人以上の対応をする。全てを平等に愛するという理念を掲げてきた綺羅家の長女として、愛歌は十分な程大きな器を持っていた。
「……私、綺羅さんが羨ましいです。
「吹雪のこと?」
「っ! お姉を知ってるんですか?」
光は1度も、吹雪の名を出していない。しかし吹雪から「妹が帰ってきていない」という連絡を受け、保護した光が吹雪の妹であると理解した。
吹雪は現在バイトに行っているため自宅にも綺羅家にも不在。しかしバイトが終わり次第、再び綺羅家に来訪する予定である。
「友達なの。私を置いてプレイヤーになった友達の1人」
「……え!? お姉がプレイヤー!?」
「あれ、聞いてないの?」
聞いていない。光も自身がプレイヤーであることを隠している。
両者共に理由は共通しており、光は吹雪に、吹雪は光に、プロキシーの戦いに干渉して欲しくない。戦いに巻き込ませたくないのだ。
「そっか……多分吹雪は、光ちゃんに知られたくなかったんだね」
「……じゃあお姉は、私が守らなくても自分で戦えるんか……」
安堵。同時に不安。
戦いに巻き込ませたくないという気持ちから自身がプレイヤーであることを打ち明けず、吹雪をプロキシーから守ろうとしてきた。しかし吹雪もプレイヤーであれば、光が居なくても自分を守れる。
しかし常日頃からプレイヤーとして戦っていれば、プレイヤーを知らずに過ごすよりも死のリスクが高まる。
怖い。何時間経っても吹雪が帰ってこない日が来るのではないか。自分の知らないところで死んでしまうのではないか。考えれば考える程、光が抱く不安と恐怖は募っていく。
「怖いの?」
「……そりゃ怖いですよ。お姉が
吹雪は光にとって心の拠り所。唯一心が許せる存在がいなくなれば、光は全てを1人で抱え込んで、いつかは自らの意思で吹雪の後を追う。
「……安心して。吹雪は弱くない。それに、吹雪には仲間がいる。ううん……吹雪と光ちゃんには、私の妹達がついてる。だから簡単に1人にはさせない。誰も死なせず、みんなでこの戦いを生き抜く」
光には友人も仲間もいない。しかし愛歌は、初対面の光を仲間とした。即ち、心を許せる存在とした。
「……こんな私でも、仲間として見てくれるんですか?」
「勿論よ。寧ろ拒む理由なんて無い」
愛歌は椅子から立ち上がり、座ったままの光の背後に立ち両腕を光の身体に回す。
「エリちゃん……エリザから聞いてる。ずっと1人だったんだよね……寂しかったんだよね……でももう寂しがる必要なんてないよ。私も、私の妹も、私の友達も……みんな光ちゃんを愛してあげる。今までの寂しさも、悲しさも全部払拭するくらい」
寂しかった。悲しかった。辛かった。
友達は作りたかった。だけど友達ができない。そんな自分を恨んで、いつしか世界に自分の弱さを擦り付けた。
友達なんていらない。いつしかそう言い聞かせてきたが、もう自分を偽る必要なんてない。
もう本当の自分を曝け出してもいい。
「……綺羅さん……胸、貸してもらってもいいですか?」
「いいよ」
愛歌は光から手を離し、全てを受け入れる聖母のように両腕を広げた。
「おいで……」
光は椅子から立ち上がり、顔を伏せたまま愛歌に歩み寄る。そして宣言通り愛歌の胸に顔を埋め、両腕で愛歌を抱き締めた。
「っ……ぅぐ……」
溜め込んできた負の感情は涙へと変わり、光の目から流れていく。涙は愛歌の服に染み、服を通して光の涙を感じる。
愛歌は超能力ではない。しかし涙から伝わる光の悲しみの深さを感じ、慰めのつもりで愛歌は光の頭を撫でた。
「う……ぁあああ! 辛かった……悲しかった! 寂しかったよぉぉ!」
「うん……うん。頑張ったね……けど、もうそんな思いさせないから……」
こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。
自分の悲しみを抑えきれない。涙を、声を抑えきれない。
中学生だからと言っても、心のか弱い少女であることに変わりない。加えて光は、普通の少女以上の悲しみを抱いている。
その悲しみを解放したのは、恐らく初めてである。解放する相手が居なかったのだ。吹雪、父も、母も、本当よ家族であるからこそ、自身の悲しみを打ち明けられなかった。
愛歌は家族ではない。家での光を知らない。だからこそ、誰にも見せなかった自分自身を打ち明けられた。
「きぁ、さん……」
「……愛歌でいいよ」
「あぃかさん……私……馬鹿みたい……はじぇて会ぅ人に……こんな……」
「気にしないで。光ちゃんも女の子。女の子らしく、泣いたっていいんだから」
光は泣き続けた。愛歌は涙を受け止め続けた。
泣き声はドアの外にも響くが、家政婦達は聞こえていない体を装い、愛歌と光で作り上げられた空間への接触を避けた。
泣き始めて数分が経過した頃、不安定だった光の心は安定し、止まらなかった涙はようやく止まった。
「どう? すっきりした?」
「……はい……今まで生きてきた中で、一番安らいでます」
「そっか……なら良かった」
光は腕を離し、愛歌も腕を離す。
「うん。運ばれてきた時より、ずっと女の子らしい顔になった」
柔らかくなった光の顔を見て、愛歌は優しく微笑んだ。
「……誰かが、私に助けを求めとるみたいです」
「プロキシーね……行くの?」
「行きます。行って、自分の強さを証明して……エリザと友達になります」
「そう……終わったら帰ってきてね。まだ光ちゃんとは、話したいこといっぱいあるから」
光はずっと首から下げていたアクセサリーを握り、精神的な弱さを克服したことを証明するため戦う意志を固めた。
「……行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
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