#49 Dark
緤那と文乃と愛歌とエリザは、綺羅家でアニメの映画を見ていた。
そんな中、プロキシーが出現したことを感じた愛歌以外の3人は、鑑賞を中断してプロキシー出現場所に向かっていた。
「この辺だったよね」
「はい、確か……」
「……ひっ!」
3人は地に転がる幾つもの死体を見つけ、外傷が見当たらない不気味さに青ざめた。
「……どっちのプロキシーがやったの?」
「……あれ……高山さん?」
3人はリズの背後に立っており、光と対面する形になっている。
光と面識のあるエリザだが、最後に見た光の姿と今の姿が異なっていることに混乱したが、黒と青のドレスに身を包むその少女が光であると気付いた。
(ルーシェの姿が変わった……いやそれよりも、私の毒が効いていない? 数秒経つし、もう死んでもおかしくないはずなのに……)
ルーシェの毒針によるタイムリミットはとっくに過ぎている。にも関わらず、光は死んでいない。
(……だったらもっと針を刺せばいい!)
リズは再び篭手にライティクルを集約させ、毒針を生成。隙しか無い光に毒針を放った。
「あんたの攻撃は私に届かん……」
光がそう呟くと、光の足下から伸びた影が身体の前で留まり、真っ直ぐに向かってくる毒針を全て飲み込んだ。
「っ!!」
「……私の闇に」
光はリズに右手をかざし、左手で掴んでいた鎖鎌にライティクルを集約させた。
「呑まれろ……!」
毒針を飲み込んだ光の影、もとい闇は、リズの足下の影と融合。
「ひっ……い、いや……」
リズの影は、光が生み出した闇と同じ色に変化していく。そして影と融合した闇はリズの足を這い、徐々にリズの身体を呑み込んでいく。
その様はさながら、青空を呑み込む夜の闇。黒く静かな、美しくも恐ろしい闇。
「いや、いや……やめて! もういやだ! 助けて!! やめて!!」
闇に呑まれるリズは取り乱し、それを傍観していた緤那達はその異常な取り乱し方に困惑した。
身体を這う闇から感じる力は、リズにしか伝わっていない。
恐怖。憎悪。悲嘆。絶望。ありとあらゆる負の感情。その黒い感情はリズの身体だけではなく精神も蝕み、徐々に壊れていく。
そしてリズの精神が壊れた時、闇は完全にリズの身体を覆った。
「プロキシーが……」
「真っ黒になっちゃった……」
アウェイクニング・ルーシェの能力は"闇"。自身の影を実体のある闇へと変化させ、触れたものを呑み込む。仮にそれがリズの毒針であっても、文乃とセトが放つ風であっても。
体内に残留した毒は、闇に吸収され体内にはもう残っていない。故に光は、毒による死の運命を免れた。
呑み込まれた対象がプロキシーやプレイヤーであれば、対象は光の抱える負の感情を凝縮して体感し、精神に異常を起こす。そして精神が崩壊すると同時に、プロキシーの身体は闇に溶ける。
「……何、あの力……」
闇に溶けたリズは既に消滅しており、闇は光の足下に戻った。
緤那達は、リズが消えた瞬間を見ていない。消えた理由も分からない。それ故か緤那達はアウェイクニング・ルーシェの能力に恐れを抱き、その力を使っている光を恐れた。
「高山、さん……?」
「……あんた達も、私の敵?」
光の青い瞳は、さながら感情を失っているかのように冷たい。
「敵なら潰す」
「待って! なんで私達が戦わないといけないの!?」
「私にとって、家族と自身以外は全て敵……あんたも私の敵」
「……違う……高山さんじゃない……」
光はエリザのことを認識していないように見える。それどころか、害のあるプロキシーと人間の区別すら付けていない。
そして何よりも、光の話し方から伊予弁や訛りが抜けている。
それもそのはず。緤那達の前に立っているのは光であり、光ではない。光の中に宿る負の感情が人並みの思考を持ち、光の身体を占拠している。
「あんた達も、闇に呑まれるといい」
「っ! ヤバイ!」
光が能力を発動するとほぼ同時に、緤那達3人はアクセサリーを握り距離を取った。
「「「変身!」」」
3人は同時に変身し、各々に迫り来る闇に対抗した。
しかし各々が放つ攻撃は全て闇に呑まれることを知っているが故、ただ避けるだけに徹していた。
(色彩反転でどうにか……!)
後退する緤那と文乃に対して、エリザは光に向かって前進する。
(私が……友達になるの諦めるなんて言ったから……!!)
エリザはまた後悔していた。
あの日、光を突き放さなければ、光は闇に染まらなかったかもしれない。いや、間違いなく自分のせいだと。
「戻ってよ……」
エリザは光の力をコピーするため、光に手を伸ばす。しかしそれを察知してか、光は闇を伸ばす。
もしこのままエリザの手が闇に触れれば、エリザは光の感情を全身で味わいながら死んでいく。
それでもエリザは手を引かなかった。
「戻ってよ! 光!!」
光って、呼んでくれた。
エリザの手が闇に触れる寸前、光は変身を解除して伸ばした闇を消した。
光は糸が切れた操り人形のように力が抜け、その場に膝をついた。
「っ! 光!!」
エリザは倒れる光を寸前で受け止め、受け止めると同時に変身を解除した。
光は気を失い、まるで死んでいるかのように動かない。その様子は、かつて緤那がティアマトの力に感応した際の現象に似ている。
「まさか……進化体?」
かつてフォルトゥーナから聞かされた、進化したプロキシー。光が促された進化はアメイジングなのかアウェイクニングなのかは分からない。そもそも初対面であるため進化しているのか否かも分からない。
しかし同じ進化体を宿した者同士の波長が合ったのか、初めて会った光が進化体を宿していると緤那は感じ取った。
「……とりあえず帰りましょう。ウチで寝かせます」
「だね……なら1番年長だし、私が……よしっ!」
緤那は光を持ち上げ、俗に言うお姫様抱っこをした。
「羨ましい……緤那さん、今度私も抱っこしてください」
「え? あ、うん。いいけど……」
既に一度緤那が気を失っているため、緤那と文乃は慌てる素振りは無かった。しかしエリザだけは内心とても慌てており、今にも嘔吐しそうな程顔を青くしていた。
「あんまり揺らすのは良くないけど、なるべく急ごう」
3人は徒歩と小走りの中間程度のスピードで、綺羅家にまで光を運んだ。
◇◇◇
「……る? ……ーし。……てますか?」
気付いた時、光は黒と青の闇の中にいた。そしてどこからか幼女のような可愛らしい声が聞こえており、その声は光を呼んでいる。
「誰? 誰が呼んでんの?」
「わた、は、ク……ス……原初の……」
「っ? 聞こえんのやけど!?」
「ちょ、闇……すぎ……もう!!」
声の主が一度響いた時、光を閉じ込めていた闇が局部的に消えた。その隙間から青色ボブヘアーの少女があらわれ、光の目の前に降り立った。
「はじめまして、私はクロノス。プロキシー曰く原初の神の1人よ」
「クロノス……ああ、そういやルーシェが言よったっけ。んで、そのクロノスがわたしに何の用で?」
「あなたの新しい力について話に来たの。意識はあったけど、扱いきれなかったあの力……」
ルーシェがアウェイクニング・ルーシェへと変化した後、光は人が変わったかのようにエリザ達へ能力を使用した。実際、光は体内から湧き上がる闇に呑まれて自我を失っていた。
しかしその際、光の意識自体はあった。身体だけが暴走していたが光自身はいた。
「あの時あなたは、必死に生きたいと願った。その強い願いに、僅かながら残留していた私の力が感応した。その結果、あなたは私の力で成長した」
「……けど力が強くなっても、扱えないんじゃ意味が無い……」
「その通り。けどこう考えてみて?」
クロノスは光の背後に移動し、光の両肩に手を置いた。
「あれは今まであなたの中に存在していた……あなたが抱えてきた闇が強くなったもの。今まで抱えてこれたんだから、少しでも自分に正直になったあなたになら制御できる」
「……なんて皮肉……心に闇抱えて、ようやく本心に触れたと思ったら……闇の力を得るなんて」
「そんな悪く思わない方がいいよ。あなたの力はあなたしか使えない。言わば特別な力。それを使いこなして野生プロキシーを根絶させれば、きっと"あの子"もあなたを褒めてくれる」
誰とは言っていない。あの子としか言っていない。にも関わらず、光はそれがエリザを指していると思い込んだ。実際クロノスはエリザを指しているのだが。
「空色のあの子は、空に掛かる虹みたいに様々な
クロノスは光の背後に立ち、耳元で囁きながら両手で光の腹部を撫でる。撫でる手は徐々に移動し、右手は胸を、左手は太ももを愛撫する。
光は抵抗することもできず、ただ顔を赤くして僅かに身体を震わせている。
「そんな美しい2人が手を取り合えば、もう誰にも止められない程に強くなるんじゃない?」
「……エリザと2人で……?」
「そう。見たところ、あなたは感度がいい。ついつい虐めたくなるくらい敏感。だからこそ、あなたは味方の思考を感じて、それに合わせられるはず」
クロノスは指で光の乳頭を刺激し、光はビクンと腰や肩を動かした。
「そろそろ限界かな……それじゃあ頑張ってね。一端とは言え私の力を継いだんだから、簡単に死んだら許さないよ」
そう言い残し、クロノスは音もなく夢の中から消滅した。
そして光は、身体を触られる生々しい感覚を記憶したまま、綺羅家のベッドで目を覚ました。
(ただの夢じゃない……ああ、そうや……自分の力抑えきれずに暴走したんやっけ)
気絶する前の記憶が蘇り、光は自分の弱さに呆れた。今まで抱えてこれたはずの闇を、今になって抱えきれずに暴走させた。それは光にとって恥辱、消したい現実である。
(今何時……ってか、ここどこ?)
室内を見回すが、手がかりとなるものはない。
光はここがどこなのかを確認するため、ベッドから下りた後に出口と思われるドアを開けた。
「「あ……」」
部屋の外に出た時、光は愛歌と遭遇した。互いに面識は無いが、事前にエリザから事情を聞いていた愛歌は落ち着いて対応した。
「光ちゃん、だよね」
「……お姉さんは誰ですか?」
「私は綺羅愛歌、この家の長女よ」
綺羅。その名を聞いた時、光の脳は急速に回転。脳内に残る綺羅という記憶を蘇らせた。
色絵町内ではそこそこ有名な名家であり、町内に豪邸を構えていることは光ですら知っている。しかし実際に綺羅の人間とは会った事がないため、ここが綺羅家であるとは気付かなかった。
「光ちゃん、丸一日寝てたんだよ」
「一日!?」
光が気絶してから、もうすぐで24時間が経過する。寝ていた本人がそんなこと分かるはずがない。
因みに今日は日曜日。学生にとって重要な土日のうち一日を、光は寝て過ごしたということになる。
「それほど戦いの反動が大きかったんだよ」
「戦い……綺羅さんもプレイヤーなんですか?」
「妹がね。私はプレイヤーじゃない。とりあえずこの話は後にして、まずはご飯かな?」
ご飯。その言葉を聞いた途端、光の腹は正直に音を立てた。恥ずかしそうに顔を赤らめる光を見て、愛歌は微笑む。
「正直でよろしい。ほら、おいで」
光は基本人見知りをする。しかし愛歌の包み込むような優しさを感じ、一切抵抗を示すことなく愛歌に着いて行った。
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