#46 Collapse
日本で生まれたエリザは、ロシア人でありながら日本人と同じように育った。故に日本語は流暢であり、逆にロシア語はあまり話せない。
そんなエリザは小学校2年生の時、母国の学校に通わせたくなったという両親の勝手な都合から離国。ロシアの学校に通うこととなった。
環境が変わり、言語も通じない。無論友人などできるはずもなく、エリザは毎日がつまらなかった。
そんなエリザだが、自覚がないだけで学習能力は非常に高く、半年も経てば流暢なロシア語を話すようになった。少ないが友人もでき、ようやく学校が楽しいと感じ始めていた。
6年生になったエリザは、父が母以外の女性、否、少女と歩いているところを目撃した。とは言えもう暗い時間だったため、隣の少女の顔は殆ど見えない。
ここ暫く、エリザの両親はなぜか仲が悪い。時折両親はエリザに「お父さんとお母さん、どっちの方が好き?」と聞いてくる。
12歳のエリザは察していた。両親は離婚の危機であると。
(まさか……不倫?)
エリザは気付かれぬように父親を尾行し、それが不倫なのかどうなのかを突き止めようとした。
「ほら、こっちへ……」
父は徐々に人通りの少ない地域に入っていき、周りに人がいないことを確認して少女を車に連れ込んだ。
(まさか誘拐!? 不倫ならともかく……誘拐は絶対だめだよ!)
エリザは足音を可能な限り殺し、父と少女が乗り込んだ車に接近した。
ある程度近付くと、エリザは横道に積まれた木箱を発見した。エリザは木箱の上に乗り、車の中の様子を伺う。
「っ!?」
車の中で父は、スカートを脱がした少女の下腹部を舐め回していた。少女は羞恥心と罪悪感で目をつぶるが、エリザの父に身を任せている。
「あ、あれ……アーニャ?」
エリザの父に身を任せる少女はアーニャ。エリザのクラスメイトであり、エリザの友人の1人である。
普段は真面目で、卑猥なことや馬鹿馬鹿しいことには一切興味を示していない。寧ろ嫌悪しているように見える。
しかしアーニャは合意の上で車に乗り、エリザの父に自らの下半身を晒している。その光景は12歳のエリザにとって衝撃的、刺激的すぎた。
「アーニャちゃん……オジサン嬉しいよ、君みたいな可愛い子に触れられて……」
小児性愛。エリザの父は元々ロリコンであり、大人の女性にはあまり興味がなかった。それでも今の妻と結婚し、エリザという子を授かった。
しかしそれは計画的な結婚だった。子供が生まれれば、合法的に小学校へ侵入できる。舐めるように女児を眺めていても、ただの子供好きとしか見られない。
言わば妻とエリザは自分が満足したいがための生贄であり、こうしてエリザの友人を誘い自らの欲望の捌け口としている。
(いや……あんなお父さんも、アーニャも……もう見たくない!)
エリザは木箱から飛び下り、その場から走り去った。
◇◇◇
翌朝。寝不足のエリザは頭痛を抱えながら登校し、教室でアーニャと遭遇。
おはようと挨拶をするアーニャの表情はいつもと変わらないが、エリザは同様を隠しきれずによそよそしい返事をした。
エリザの反応に頭を傾げるアーニャ。反応、声の抑揚、態度、どれをとっても、昨日のアーニャと同一人物とは思えない。しかし同一人物であることは間違いない。
結局エリザは昨日の出来事を追求することなく、一方的に壁を隔てたまま一日を終えた。
次の日も、その次の日も、さらにその次の日も、エリザとアーニャは殆ど会話していない。
そんな中エリザの母は、別の家の母親から気になることを聞いた。自らの旦那が、小学生相手に援助交際をしていると。
そしてエリザが小学校を卒業した直後、事件は起こった。
(今日もお父さんとアーニャのこと言えなかった……)
黙っていればいつか後悔するかもしれない。そう考えたエリザは、仮に両親が離婚しようとも2人の関係を誰かに話そうとしていた。
しかし未だに誰にも話せていない。話せないストレスは日々溜まり続け、ストレスは食欲を減退させている。
(お母さんにもちゃんと言わないと……)
エリザは家のドアを開け、家の中に入る。今日は両親ともに家にいる日であり、尚且つ車もあるため、2人はほぼ確実に家の中に居る。
エリザは両親に帰宅の挨拶をするため、両親が居るであろうリビングに入った。
「ただい……」
エリザの目の前には、首と腕を裂かれた父が転がっている。さらに部屋の中心には、血塗れの包丁を持った母が立っていた。
「リズーシャ……お父さん、リズーシャの友達を襲ってたんだって……分かってくれるよね? 子供に手ぇ出したお父さんが悪いって!?」
母の精神状態は最悪。何せ躊躇い無く包丁を握り、旦那の首を裂いたのだから。しかしそんな母でも、実の親として最後にすべきことを考えた。
母は携帯を取り出し、ある電話番号に繋げた。
「あ、もしもし……うん、私なんだけど……すぐにウチに来て」
電話の相手は綺羅家父。綺羅家とフレストフ家は親戚であり、尚且つ最も頼れる相手として、数ある電話帳からこの番号を選んだ。
「リズーシャを……エリザベータを、日本で立派な子に育てて……」
そう言い残し、母は通話を切る。
そして、
「ごめんね、エリザベータ……」
母は包丁で自らの喉を突き刺し自殺した。
その後、綺羅家はフレストフ家で起きた事件を捏造。殺人鬼による犯行とした。
暫くすれば、エリザの父と肉体関係にあったのがアーニャであると特定され、アーニャ一家は街から迫害を受けた後に無理心中。一家全員が死亡した。
見て見ぬふりを続けた結果、エリザは両親を失い、友人を失った。
もう少し勇気があれば。早い段階で母に相談していれば、死別ではなく離別で済んだかもしれない。
自身の考えが甘かったことが原因で、家族は崩壊した。エリザは自身の弱さを恨みながら日本に帰国し、トラウマと後悔を抱えたまま中学生になった。
家族を死なせ、友人を死なせたトラウマを克服するため、エリザはまず最初に友達作りを始めた。
◇◇◇
かつてのエリザに何があったのか、光は知らない。否、綺羅家の両親以外誰も知らない。故に、エリザの悲しみは誰とも分かち合えない。なぜならば、他人の悲しみを分かち合える程、本当の悲しみを抱いている人物が周辺にいない。
しかし光は違う。光はクラスメイトから迫害され、普段から孤立。何をしても褒められず、何かをしたなら必ず批判が生まれる。
その心中は暗闇よりも黒く、冬よりも寒い。それはまるで、ロシアでエリザが経験した極寒の夜。
光が抱いている悲しみは常人の想像を遥かに超え、平静を装えていること自体が異常である。
それでも、2人の感じている悲しみの度合いには大きな差がある。
「私が何の悲しみも感じずに今まで生きてきたと思ってるの? 自分だけが辛い思いをしてるとでも思ってるの? 勘違いしないで!」
声を荒らげるエリザの表情は険しく、どこか悲しげである。その表情を見ただけで、光は自分とエリザとの差を思い知らされた。
自分が抱いている感情では比肩できない程、エリザはこれまで辛い思いをしてきたのだろうと。
「悲劇のヒロイン気取るの、もうやめなよ。私ももう、高山さんと友達になろうと努力するの、やめるから」
エリザは光に背を向け、それ以上言葉を交わすことなく2人は別れた。
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