#45 Anger
土日が明け、生徒達は露骨に倦怠感を表現しながら登校した。
エリザが教室に入った時、教室内には既に光がいた。しかしエリザは光に声をかけようとはせず、目を逸らして真っ直ぐ自分の席へと向かった。
「おはよエリザ」
「はよー」
「エリザちゃんおはよー」
「エーリーザー! 今日も可愛いよー!」
相変わらずエリザの周りにはクラスメイトが集まり、教室内で光は自然と孤立した。しかし教室内での孤立はいつものこと。もう慣れている。
ただいつもと違うことと言えば、エリザが横目に光を見ていない。そしてもう1つ、ソフィに刺された左肩が痛む。
(体育、見学だな……)
◇◇◇
6時間目。光は体育教師に事情を話し、体育を見学することとなった。
今日の体育はドッヂボール。通称、クラス内バトルロワイヤル。この中学校の体育教師は人望が厚く、無駄に暑苦しい。何事も全力で取り組むその性格から、ボールをぶつけ合うドッヂボールはただの球技から戦争へと発展する。
とは言え、生徒達はドッヂボールを楽しんでいる。しかし当然ながら、参加していない光は全く楽しくない。
ここでも孤立してしまった光は、体育館の壁に凭れて暇だとでも言わんばかりの表情でドッヂボールを見学する。
そんな時、光は偶然を装った連携のイタズラを受けた。
「ぁぐっ!!」
外野の豪速球が内野コートを通過し、光の左肩に直撃。一見事故のように見えるが、光が見学することを知った時から計画されていた数人がかりの犯行だった。
「あ、ごっめーん。でも……所詮ボールだし、そんな痛がる必要無くない?」
光が見学している理由を生徒達は知らない。故に痛がる光の姿は、大袈裟な演技だと思っている。
(あいつ……絶対わざとやった……)
痛みに顔を歪めながら、光はボールを投げた生徒を睨む。
「高山さんは肩怪我してるの! ボールでも、当たっただけですごく痛いんだよ!?」
もう近付くな。それは事実上の絶縁宣言であるが、光が痛がる姿を見たエリザは我慢ができなくなった。
「謝って……高山さんに謝って!」
激怒。ここまで怒ったエリザは誰も見たことがない。
ボールを投げた生徒とその仲間は怯み、光に
対する光は、その謝罪に心が篭もっていないことを見抜いていた。故に謝罪に対する返答は無く、ボールを投げた生徒とその仲間の怒りをさらに増幅させた。
「……ごめんね、雰囲気悪くした」
「エリザが謝る必要ないよ。雰囲気悪くしたのはアイツらなんだから」
ドッヂボールを中断させてしまった生徒達は、他のクラスメイトから批難の視線を浴びた。期せずして光と同じ気分を味わった生徒達は、その怒りの矛先を再度光へと向けた。
(あいつのせいで……)
◇◇◇
体育を終えたエリザ達は教室に戻り、着替えた後にホームルームを行う。ホームルームが終われば、生徒達は帰宅か部活、委員会活動を開始する。
光は肩の痛みが強まったことを感じながら帰宅の準備を進め、誰とも言葉を交わすことなく教室を出る。
そんな光を見ていた4人の女子生徒は、光に気付かれぬよう尾行を開始した。
(光、誰か尾行してるよ)
(分かっとる。多分アイツらやけど……名前知らないや)
光には心当たりがある。それは体育で光にボールを当てた生徒とその仲間。仲が良くない以前に話したことが無いため、その生徒達の名前を覚えていない。
(このままじゃ、裏路地に連れ込まれて暴行うけるんじゃない?)
(ベタな展開やけど、多分そうなる)
(……逃げないの?)
(逃げたら明日に持ち越されるだけ。面倒事は早めに終わらせたいしね)
徐々に距離を詰めてくる4人の生徒には気付いている。しかし光は敢えて気付いていないフリを続け、最終的にルーシェの予想通り通学路の裏路地に連れ込まれた。
「おかげでエリザに怒られたじゃん……どうしてくれんの?」
ボールを投げ、直接エリザに叱られた生徒Aは、理不尽な怒りを露わにして光の胸ぐらを掴む。
「あんたが墓穴掘っただけやろ」
しかし光は焦る素振りも見せず、涼しい顔で生徒Aのミスを指摘する。指摘され再び怒りが高まった生徒Aは光から手を離し、怒りを込めた右手で光の頬を強く叩いた。
平手打ちの音が裏路地に響き、他の3人の生徒はさすがに焦った。
「ちょ、ヤバいって」
「さすがに叩くのは……」
「高山さぁ、もうエリザの気ぃ引くのやめたら?」
「……ぁあ?」
仲間の言葉には耳を貸さなかった生徒Aは、遂に言ってはいけないことを言ってしまった。
「私がいつアイツの気を引いた……勝手なこと言うなや!」
光はエリザの気を引こうとは考えない。あくまでもエリザが一方的に接触しているだけである。
2人の関係を見間違えた生徒Aは光の逆鱗に触れ、光は今まで達したことがないレベルの怒りへと到達した。
(だめ! 光!)
危険を察知したルーシェは体内から光を制止するが、光はルーシェの言葉を無視してアクセサリーを握った。
「何やってんのよ!!」
光がアクセサリーを鎖鎌へと変化させようとした直前、裏路地にエリザの声が響き光はふと我に返った。
4人の生徒は「まずい」と言わんばかりの表情でエリザを見つめ、状況を察したエリザは光達に歩み寄る。
「私が怒ったからって高山さんに八つ当たりしてるの? してるんだよね? えぇ?」
「……そ、そうよ! 何か文句あるの!?」
「あるに決まってる!!」
エリザの声に怯み、威勢を張っていた生徒は脚を震わせた。
「……今まで、みんなのことは友達だと思ってた……だけど、もう4人は友達じゃない。二度と私に話しかけないで……高山さんを虐めるのも止めて!」
エリザは息を吸い、この先言うことは無いであろうと考えていた、Zガンダムに登場するセリフを言ってしまった。
「ここからいなくなれ!!」
しかしそれは、エリザの本心故に口走ったセリフだった。
「……そっか……私達、エリザには相応しくなかったか……」
「……みんな帰ろう。エリザのお願い、聞いてあげよう」
4人の女子生徒は悲しげな顔を浮かべて、大人しくエリザのお願い、否、命令に従った。
恐らく4人の生徒は、翌日から他のクラスメイトからも嫌な目で見られるのだろう。
「近付かんといてって言ったやろ……」
「できないよ……高山さんが傷付いてるんだよ? 放っておける訳ないじゃん」
「やったら私が傷付く前にアイツらどうにかしてや!」
今まで隠してきた本心を、遂に打ち明けてしまった光。
光は虐められていることに慣れている……と、自分に言い聞かせている。
実際は虐められることが凄く嫌で、常に誰かへ助けを求めている。姉の吹雪や、吹雪経由で知り合った唯。それだけではない。教師や名前も知らない生徒にまで助けを求めている。無論、エリザにも助けて欲しいと願っている。
「アンタはいつもそう。私が傷付いてから気付いて、私が傷付いた後にコイツらを叱って助けた気になっとる……放っておける訳ないって? やったら元から放っておかんといてや!」
ずっと苦しかった。ずっと寂しかった。それでも誰にも言えなかった。隠してきた思いは徐々に露見し、エリザは本当の光を知った気がした。
「傷付く前に守らず、傷付いた後に助けようとする……そんなこと続けよったら、アンタはいつか後悔する」
光が放ったその言葉はエリザの自制心を揺るがし、周りに隠してきた本当のエリザを露見させた。
「いつか……いつかじゃない……! 私はもう、とっくに後悔してる!」
エリザの怒りは既に見た。しかし今のエリザは怒りではなく、どちらかと言うと悲しみや嘆きに近い。例え怒りであったとしても、それは光ではなく自分への怒り。
エリザが取り乱す理由は知らない。それでも光は、エリザが自分と同じで事情持ちであることを直感で理解した。
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