#43 Encounter
2017年4月。
入学したての文乃は、なんとなく仲良くなった新たな友人と共に放課後の学校を探索していた。
新しい学校はとても新鮮に感じられ、何よりも男子生徒がいないという最高の環境は文乃にとって煌めいて見えた。
右を見ても左を見ても女子。いやらしい視線で見てくる男子はいない。元々男性よりも女性に興味があった文乃は思わず口元が緩みかけたが、友人の前であるためぐっと堪えた。
「じゃあ次はこっち行ってみない?」
「いいよ」
友人に誘導され、文乃はまだ通っていない道に進んだ。
少し歩いた時、上級生が階段を下りて文乃のいる方へ歩いて来ていた。
(うわ……綺麗な人……)
一目惚れ、と言っても過言ではないのだろうが、この時の文乃はまだ自信が抱いていた恋心に気付いていない。
アッシュゴールドのミディアムヘアが夕日に照らされ、美しい顔も相まってその上級生は天使のように見えた。
しかし相手は見ず知らずの上級生。あまり見つめていれば喧嘩をふっかけるかもしれない。そうでなくとも嫌な気分を与えることにはなる。そう考えた文乃は目線をずらし、友人の斜め後ろに移動して上級生の進路を譲った。
「……っ!!」
上級生とすれ違った際、清々しいシトラスの香りがした。その一瞬で文乃は香りに心を奪われ、すれ違った後に振り返って上級生の後ろ姿を見た。
(いい匂いだった……もう少し嗅ぎたいな……)
この時ハッキリと、文乃はその上級生に恋したのだと理解した。
その相手はシトラスの香りの上級生。後に恋人となる緤那だった。
「文乃? 行かないの?」
「あ、ごめん。行くよ」
◇◇◇
緤那とすれ違ってから数日が経つが、文乃は未だに緤那のことが忘れられい。
何せ一目惚れであり、文乃にとってこれが初恋である。
授業中も家にいる時も、文乃は緤那のことばかりを考えていた。しかし決して成績に響くような行いはせず、日常生活に必要な思考と並行して緤那のことを考えていた。
そんなある日、文乃はガラの悪そうな上級生に囲まれていた。
「可愛いね……ねえ、この後私等と遊ばない?」
「え、いや、あの……」
文乃を囲む上級生は、さながら餌となる草食動物を見つけたライオン。否、雌ライオンである。
その惚けた表情から察するに、恐らく遊びというのは乱交。上級生4人に触られ、舐められ、犯される。
純潔が奪われる。男ではないだけまだマシだが、初めての相手が愛していない相手であるというのは悔しい。
「その反応たまんない……! ああやば……もう濡れてきたかも……」
「早すぎっしょ。どんだけ欲求不満なの」
「ここ暫く誰ともしてないから溜まってんの……だから行こうよ、ごはん奢ってあげるから」
奢られる筋合いはない。しかし上級生による完全な包囲網に抜け出す隙は無く、文乃は半ば諦めていた。
「ん?」
偶然近くを通りかかった緤那は、上級生(緤那とは同学年)に囲まれる文乃を目撃。瞬時に状況を察し、ため息を吐きながら文乃達に歩み寄った。
「マツリ、何してんの?」
「お、緤那。可愛い子見つけたからこれから一緒に遊びに行こうかと。緤那も来る?」
純潔を捧げたかった相手である緤那も来るのだろうか。状況はあまり気に入らないが、緤那がいるのであれば、緤那が1番最初にしてくれるのであれば文句はない。
諦めかけていた文乃だが、乱交であっても緤那に1番最初に穢されるならいいと考え始めた。
しかし緤那は意外な形で、文乃の妥協を否定した。
「……マツリ、悪いんだけど……その子私の恋人……」
「えぇ!?」
陰ながらファンクラブも存在する程の学校一の美少女に恋人がいた。それも入学したての下級生。恋人などいないと決めつけていた上級生4人は驚愕した。
しかし同時に、上級生以上に驚いたのは文乃。何せ緤那とは1度すれ違っただけで名前も知らない。そんな相手に突然恋人だと紹介され、文乃は自分の顔が熱くなることに気付いた。
「ごめんね文乃。クラスメイトが迷惑かけちゃって」
「っ!? い、いえ……大丈夫です」
咄嗟に合わせた文乃だったが、緤那が文乃の名を知っていることに驚いた。何せ文乃は、緤那に名前を教えていない。
「マツリ、このこと絶対誰にも話しちゃダメだよ」
「……もし話せば?」
「使える力全部使って、全校朝礼で公開おもらしさせるから」
「絶対誰にも言わないから! ね!?」
「「「うん! 言わない!」」」
「うん……なら帰れ?」
「「「イェッサー!」」」
マツリ達は大人しく退散し、緤那は再びため息を吐いた。
「あの……何で私の名前知ってるんですか?」
「ん? あぁ……昨日すれ違った時、偶然聞いて覚えてたの。私、可愛い子の名前と顔は絶対忘れないから」
その時、文乃の心臓は強く脈打ち、今まで通りに見えていた視界は鮮明に、且つ美しくなった。そしてハッキリした。緤那のことが好きだと。
「あの……私! 綺羅文乃っていいます! その……よければ私と……お付き合いして、頂ければ……」
徐々に小声になる文乃だったが、緤那はその小さな声を聞き逃さなかった。
文乃の告白を受け、緤那は顔が熱くなったことに気付いた。加えて文乃同様に心臓が強く脈打ち、美しいと感じたことの無い景色が美しく見えた。
「……昨日すれ違った時、実は私……一目惚れしてたんだ。ちゃんと話したこともないのに、出会ったばかりの君のことが……」
一目惚れしていたのは文乃だけではない。
偶然すれ違った2人は同じタイミングで一目惚れをして、この時を以て運命の出会いを知った。
2人が出会うことは決まっていた。とでも言わんばかりに、2人は惹かれあった。否、2人が知らないだけで、2人は出会う運命だった。それも「遅かれ早かれ」ではなく、明確に。
「……私、志紅緤那。文乃、これから予定ある?」
「ない、です……」
「そう……なら、私と文乃が漸く出会った記念に、どこか遊びに行かない?」
「~っ! 行きます!」
2人の関係が進展するのは異常なまでに早く、その結果今に至る。
◇◇◇
「……てな感じだね」
一目惚れ云々については省略されたが、今でも鮮明に覚えている緤那との出会いをエリザに話した文乃。
「……なんか、普段の緤那からはイメージできないような……」
「本当の緤那さんは凄く優しくていい人なんだよ。ちょっと闇が見え隠れする時もあるけど」
「へぇ……でも、文乃と緤那は出会った時から中が良いんだね。私なんて、まだちゃんとした会話すらできてないのに……」
緤那と文乃の関係に多少嫉妬しつつ、光との距離の遠さを再確認したエリザはさらに落ち込んだ。
しかしそんなエリザを見て、文乃はあることに気付いた。
「けど、もしかしたら……」
「……もしかしたら?」
「……いや、何でもない。とにかく頑張ってね。エリちゃんだったら絶対その子との距離も縮められるよ」
誤魔化す文乃。しかしエリザはそれを深く追求せず、「なら頑張ってみる」と言い残してリビングから出ていった。気付けば進んでいなかった食事も終えており、エリザの前に置かれた料理は綺麗に平らげられていた。
部屋に残された文乃と愛歌は、エリザと光の距離が縮まるかどうかが不安でため息をついた。
「姉さん、思ったんだけど……」
「何?」
「エリちゃんの"あれ"って……友達になりたいんじゃなくて、好きになっちゃったんじゃないかな?」
恋をして、恋人を作った文乃には、エリザの気持ちが少し違って見えた。しかしその思考に至ったは愛歌も同じであるが、エリザに同性愛を教えるのはまだ早いのではないかと考え口には出さなかった。
「多分ね。嫌われてること分かってるのに距離縮めようとしてるなんて、好きじゃなきゃできないよ。エリちゃん、気付いてないだろうな……」
エリザは今まで、人を好きになったことがない。あくまでも友人として、そう考えたことしかない。
しかし実際に人を好きになれば、エリザ本人は気付かない。どうしても友達になりたい、としか思えない。
故に、今自分が光に恋をしていることにも気付いていない。
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