#42 Lie
「で、お
「……恋人ができたんよ」
数秒間の沈黙。
正直、光は油断していた。
吹雪の隠し事なんて、どうせ笑える程微妙なことなのだろう。そう思っていた。
しかし実際には微妙どころか予想もしていない衝撃的な暴露であり、光は混乱した。
一体誰だ。相手は年上か、それとも年下か、それとも同い年か。どこで知り合った。優等生か、それとも劣等生か。いつから付き合っている。キスはしたのか。もしかしてセックスもしたのか。あれ、そもそも恋人って何だったっけ?
思考を巡らせすぎた結果、光の脳はゲシュタルト崩壊を起こした。しかし何とか膨らんだ思考を停止させ、直接吹雪に恋人の確認をした。
「ち、因みに……相手はどんなお方で?」
「……光もよーく知っとる子」
「よく知っとる子……え!? まさか唯さん!?」
「せいかーい」
「えええええええええ!?」
今年、否、ここ数年で1番の驚きである。
吹雪は一生片想いのまま終わるのではないかと危惧していた光だったが、まさかこんな早く吹雪と唯が両思いになるとは思っていなかった。
直後に光は察した。吹雪は唯のことが好きだった。それと同時に、唯も吹雪のことが好きだったのだろうと。
「ホントはサプライズ的なノリで唯と2人で報告したかったんやけど……タイミングが合わず……」
「いやーびっくりした……でも良かったね。ようやく唯さんと恋人になれた。私的には、相手が変な汚らしい男やなくて良かった」
「今度また、唯連れてきて改めて報告するけん、とりあえず今日はここまで。さあ、私は話したけん、次は光が話す番やで」
話す覚悟は決めていた。
しかし吹雪の秘密を聞き終え、光は自分の秘密を語るのが怖くなった。
言わば吹雪の秘密は、恋人ができたという幸せな秘密である。対して光の秘密は、クラス内での立場が悪くなっているという嫌な秘密である。
この秘密を明かせば、必ず吹雪の機嫌は悪くなる。折角唯と恋人になれて揚々としているのに、友達を作るのが苦手なせいで場の空気を悪くしてしまう。
「……隠しとったつもりはないんやけど……仲良かったクラスメイトが転校して、それ以降学校がつまんなくなったんよ」
嘘をついた。
光のクラスメイトは誰も転校していない。そもそも仲の良いクラスメイトなんていない。
「そっか……連絡はしてないん?」
「スマホ持ってなくて……それに簡単に会いに行けるような場所やない」
光は即興で「仲の良い元クラスメイト」という架空の人物を作った。
名前は
転校先は青森。家の都合でスマホは持っておらず、連絡もとれない。
「お姉みたいに恋愛感情を抱いとった訳やないけど、1番仲良かった友達おらんなって、ちょっと落ち込んどったんかもしれん」
吹雪に悟られぬよう、光は瀬良優香は実在していると自己催眠をかけ、抜群の演技力により吹雪を騙すことに成功した。
「……死に別れた訳やないし、また会えるんやないかな」
「……やといいけど……もう終わろう、これ以上話しよったら辛くなる」
光は話を無理矢理終え、ソファから立ち上がり自らのカバンを持ち上げた。
「……光!」
吹雪は自室へ向かおうとした光の名を呼び、光は立ち止まったが振り返りはしなかった。
「ほんとに大丈夫?」
「……大丈夫。私にはお姉がおるし、寂しくない」
光は再び歩き始め、自室に篭った。
◇◇◇
綺羅家の夕食風景はいつも変わらない。
愛歌と文乃とエリザが机を囲み、その日の出来事やアニメの話題で楽しく食事をする。
しかし今日のエリザはあまり元気がなく、それを察した愛歌と文乃は無言で顔を合わせる。
エリザは無意識にため息を吐き、静かな空気に耐えきれなかった愛歌が口を開いた。
「エリちゃん? 何か嫌なことでもあった?」
「……分かっちゃった?」
「すごく分かりやすかったよ。どしたの?」
エリザは箸を置き、1口水を飲んでから口を開いた。
「クラスメイトなんだけど、友達になろうとしたら拒まれて……手も叩かれて……」
「イジメ!?」
「違うよ! 私に配慮が足りなかっただけ……多分今までにも、私が無意識に相手を不機嫌にさせてたのかもしれない」
エリザは手を光に拒まれたことを気にしていた。とは言えそれは光に対する怒りや疑問などではなく、積み重ねてきたであろう自身の浅慮に対する憤り。
手を叩いて拒むということは、それくらい光を不愉快にさせているということ。しかし不愉快にさせている要因を知らないエリザは、自分自身を蔑むことしかできない。
「へぇ……エリちゃんでも友達になれない子がいるんだ」
「そりゃいるよ……人類みんなが確実に仲良くできる筈ないし」
エリザは「人類みんなと仲良くしたい」という叶うはずのない願いは抱かない。ただ、可能な限り友達を作りたいと思っている。その第1歩として、学年全員と友達になろうとしている。
そしてエリザは光と友達になることを諦めていない。光が抱いているエリザへの嫌悪感を理解し、改善すれば、友達になれると信じているから。
「けど、絶対に友達になりたい……」
「……どうしてそこまでその子にこだわるの? 私なんて緤那達がいればもう他に友達いらないと思ってるのに」
「分かんないけど……初めて見た時から、絶対に友達になりたいって思ってるの。理屈じゃなくて……なんだかどうしても近付きたいって……」
4月に出会ってからずっと、エリザは光と友達になりたいと思っていた。しかし普段から近寄り難い雰囲気を出す光にはなかなか近付けず、未だに距離は縮まっていない。
「愛歌と文乃は緤那とどうやって友達になったの?」
「緤那と?」「緤那さんと?」
エリザの突然の問いにキョトンとした愛歌と文乃だったが、2人の脳内に緤那と出会った時の光景がすぐに蘇った。
「私は文乃の友達ってことで知り合って、アニメ好きだったから意気投合して今に至る……ってとこ」
「え、文乃が先に知り合ったの? 同い年だから愛歌経由で文乃も仲良くなったのかと……」
「残念でした。たしか文乃が入学してすぐくらいだったよね」
「うん。初めてあったのは4月の初めだったけど、知り合ったのは半月経ってからだった」
今でも鮮明に蘇る緤那との出会い。否、馴れ初め。
出会った瞬間を思い出し、文乃は僅かに頬を赤く染めた。
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