#41 Preparedness

「最近、なんか光の様子がおかしいんよね……」

「と言うと?」


 昼休み。

 教室で弁当を食べる唯と吹雪だが、突如吹雪が光のことを口にした。


「いや、はっきりと何がおかしいって訳やないんやけど……なんかこう……漠然と何か違うなーって。雰囲気っていうか、何かが変わった気がするんよね」


 言動や雰囲気、一見普通に見えるいくつかの要因だが、ずっと一緒に暮らしている吹雪にはその要因の極僅かな変化に気付いていた。

 しかし「具体的な変化は?」と問われれば吹雪は沈黙。あくまでも何かが変わったとしか認識していないため、何が変わったかは不明瞭。

 それでも吹雪の言う通り、ここ数日の光の雰囲気は以前よりも違う。恐らくはプレイヤーになったことによる心境の変化によるものだろう。勿論、吹雪は光がプレイヤーになったことを知らない。


「まあ光ちゃんも思春期だし……好きな人でもできたのかもよ?」

「それは無いね。光は画面か紙面の相手しか愛さな、い……」


 正直唯の予想は的外れである。光に限って現実の男に興味は示すはずがない、吹雪は光の性格を知っているためである。

 しかし唯の何気無い発言を受け、吹雪は以前から光に抱いていた違和感の正体に気付いた。


「どうしたの?」

「いや……そういや光って学校の友達とかの話あんましてないなーって……」


 光にはハッキリと友達と言える相手はいない。しかし光はそのことを家族に話しておらず、加えて学校での出来事もあまり話さない。即ち吹雪は、学校での光を知らない。


「もしかして友達おらんとか……イジメられとるとか? そう考えたら不安になってきた……」

「……1回、光ちゃんと話してみたら? もしかしたら塞ぎ込んでるだけで、誰かに聞いて欲しいこともあるかもしれないし」

「かな……でも勇気が出ない……」

「お姉ちゃんなんでしょ。私が話しかけるより吹雪が話しかけた方が、光ちゃんも話しやすいと思うよ」


 吹雪は知らないが、光が今現在最も信頼している相手は吹雪である。

 漫画家で、事ある毎に現実と締切から逃げる両親はあまり信用していない。しかし生まれてから共に過ごした時間が最も長い吹雪は、光にとって唯一の支えである。恐らく吹雪がいなければ、光はとっくに不登校になっている。


「それこそ、吹雪がまず自分の秘密暴露したら話してくれるかもよ?」

「私の秘密……」


 吹雪は少し考え、光には黙っている2つの秘密を思い浮かべた。


「唯と恋人になったことか、プレイヤーになったこと……やけど、後者は信じてくれんよね」

「なら私とのこと話す?」

「……やね。いつかは話さないかんと思とったし」


 光の中では、吹雪と唯の関係はまだ親友で止まっている。それもそのはず、吹雪は唯との関係の進展について話していない。

 話していない理由自体は無い。しかし吹雪は「まだ話すべきではない」と無意識に自身へと言い聞かせ、未だに自身と唯との間だけの秘密となっている。

 そして今、吹雪は話すべき時が来たのだと理解した。


「今度ウチに来てくれる? 改めて光に紹介したいけん」

「……お姉さんを私に下さい……みたいな?」

「まあそんな堅苦しい状況にはならんと思うけど……じゃあウチ来る日はまた後々決めるとして、今はカミングアウトか……」

「頑張ってね。それと、光ちゃんが何か秘密を暴露しても取り乱さないように」


 ◇◇◇


 放課後。

 吹雪は重い足取りで家の前まで帰ってきたが、光の衝撃的暴露を恐れるあまりなかなか中に入れない。

 ドアノブに手を伸ばしても、触れる寸前に腕が引っ込む。何度も深呼吸して入ろうとしても、腕が止まってしまう。かれこれ6分この繰り返しである。

 次こそ中に入ろう。今度こそドアノブを掴もう。次こそ中に入る。今度こそドアノブを掴む。その前に深呼吸。

 もう何度深呼吸をしたのか分からない。しかし何度目かの深呼吸にして、突如タイムリミットが訪れた。


「おねぇ? どうかした?」

「んなぁ(裏声)!?」


 たった今帰宅した光が玄関前で苦悩する吹雪に遭遇し、怪訝そうな表情で声をかけた。

 苦悩の中で突然話しかけられた時点で吹雪は驚くのだが、話しかけたのが苦悩の原因である光であったため余計驚いた。


「ど、どしたん?」

「いや……何でも、ないです」

「……です?」


 妹に対して敬語を使う。これは明らかに様子がおかしい。さすがの光も異変に気付いたが、敢えて異変を詮索せずにいつも通りに接することを選んだ。


「とりあえず中入らんけん。寒いし、風邪ひくよ?」

「そ、そうやね……」


 危うく心臓が止まりかけた吹雪だが、なんとか呼吸と心音を整えて玄関のドアを開けた。

 2人で靴を脱ぎ、家に上がる。廊下を歩いてリビングに入り、両親がリビングに居ないことを確認する。

 2人きりになった。この状況を逃す訳にはいかないと考えた吹雪は、勇気を振り絞り光と対面した。


「光! その……話したいんやけど、いい?」


 いつになく真剣な表情の吹雪を見て、光は無意識に背筋を伸ばした。

 恐らく重要な話なのだろう。直感的にそう理解した光はカバンをソファの傍に置き、どんなことを言われても驚かないように心の準備を整えた。


「光、何か隠しとることある?」

「……何で?」

「最近様子がおかしいけん……ずっと気になっとった」


 内心、光はかなり驚いた。

 プレイヤーになったことも、学校での立場がさらに悪くなったことも、光は家族に話していない。それどころか知られないように装ってきた。

 にも関わらず、吹雪は光の異変に気付いた。それが何かは分かっていないが、気付かれないよう装ってきた努力は無駄だったのだと光は少し落胆した。


「光に黙っとったことあるけん、それ話したら……光も、話してくれる?」


 人が人である限り、人は隠し事を抱いてしまう。姉である吹雪もなにか隠し事をしている、光はそう考えていた。

 それを自らカミングアウトしようと発言する吹雪を見て、光は吹雪の勇気と覚悟を感じ取った。

 そして光は、抱え込んできた隠し事を話す決心をして、逸らした視線を再び合わせる。


「……ええよ。けど、家の中で立って話すのもあれやし、とりあえず座らん?」

「う、うん……」


 吹雪と光はソファに座り、再度暴露する覚悟を固めた。

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