#40 Two
玄関のドアを開け、光は家の中に入る。一言「ただいま」と言ったものの、家の中に誰もいないことを思い出し顔を伏せた。
自室に向かい、床にバッグを置いてからベッドに座った。その直後に身体の力を抜き、光は1人ため息をつく。
壁面にはアニメのポスターやタペストリー。棚にはプラモデルやフィギュア。部屋だけ見れば、緤那達にも比肩する程アニメが好きなのだろうと分かる。
「どうだった? 初めての戦いは」
分離したルーシェが光に問いかけ、光は少しの沈黙を置いた後に口を開いた。
「……まあ、あんまり気持ちのいいものじゃないよね。命を奪うんだから……けど……」
「……けど?」
「……なんでもない」
光は発言を飲み込んだが、光を拠り所としているルーシェには思考がある程度読めた。
容姿も、頭脳も、性格も、人脈も……光は何もかもがエリザに劣っている。しかし光は自分がプレイヤーであることを誇り、唯一エリザを上回る要因を得たことに揚々としていた。
気持ちのいいものではない。確かにそれは光の本心ではある。それでも、エリザが持たないものを自分が持っていると考えただけで、不思議と戦いに対する意識は高まった。
全てにおいて自分はエリザに劣っている。しかし戦っている間だけ、自身はエリザよりも優っている。それだけで光は笑顔になれた。
(私にもようやく取り柄ができた……)
エリザという大きな存在のせいで、光は自分には取り柄がないと思い込んでいた。しかし光は、プレイヤーであることを自身の唯一の取り柄とした。
戦うことでしか存在意義を確立できない光を見て、ルーシェはまるで悲劇を見終えたかのような悲しい表情を見せた。
(ようやく……あいつに勝てる要素を持てた)
しかし光はルーシェの表情に気付かず、自信が戦う力を得たことに陶酔。
見かねたルーシェは光の中に戻り、光は部屋に1人となった。
◇◇◇
ほぼ同時刻、綺羅家。
エリザは玄関のドアを開け、靴を脱いで家の中に上がる。
誰かが帰宅したことに気付いた家政婦皆川は急いで玄関に向かい、「おかえりなさいませ」とエリザに一言挨拶をした。
対するエリザは「ただいま」と皆川に挨拶をして、いつも通りの笑顔を見せてから自室へと向かう。
自室のドアを開け、中に入りカバンを床に置く。部屋は緤那達同様にオタク丸出しであり、特にフィギュアやプラモデルが多い。その中には正月に買った1/60フェネクスも飾ってある。
「本当にいい力だった。これでまた1歩最強の存在に近付いたね」
分離したアイリスがエリザに同意を求めるが、エリザは何も答えなかった。しかしアイリスがエリザの名を呼んだ直後に、エリザはようやく口を開いた。
「救えなかった……私がもう少し早く到着してれば、あの人を救えてたかもしれない……」
エリザがシェリアを確認した際、拠り所となった男性は既に死んでいた。仮にエリザが数分早く到着していたとしても、恐らく拠り所は死んでいた。
いくら悔いても、死んでしまった命は元に戻らない。確定した未来は変えられない。それでも人が死ぬ度に、エリザは悔いる。
しかしプロキシーが拠り所から分離してから、プロキシーが出現場所に到着するまでにはある程度のタイムラグがある。加えて出現場所が分かるのは、拠り所が完全に身体の主導権を奪われた際。プロキシーの性格にもよるが、プロキシーが拠り所を殺すよりも先に現場へ到着するのは困難。
エリザがいくら早く行動しても、プロキシーが拠り所を殺す方が明らかに早い。故にエリザがいくら悔いても、いくら努力しても、拠り所が死ぬという結果は今後変わらない。
「前にも言ったでしょ、悔いても命は蘇らないって。悔やむ暇があるなら、死んでしまった人の分まで今を生きなきゃいけないって」
2番目に生まれたアイリスは、これまで数え切れない死を見てきた。
最初は死に対して嫌悪感を抱き、なぜ命が死ぬ必要があるのかを本気で考えた。しかし自分で考えても仮説だけが増え、真実には到達できない。
アランや原初の神に自身の疑問を打ち明けるも、やはり真実には到達できない。
そしていつしか、死に対して抱いていたはずの嫌悪感は消え去り、アイリスは命が死ぬ理由を追求しなくなった。
最終的にアイリスは、「命は蝋燭と同じだ」と気付き、果てない命はないと理解した。しかしそれは決して真実に到達した訳では無いが、最早追求をしていないアイリスにとってはどうでもよかった。
そんなアイリスもエリザを拠り所としたことで、再度命について考えるようになった。今度は命が死ぬ理由ではなく、命の在り方について。
「家族を失った唯なら、私の言いたいことを痛いほど理解してるはず。唯と同じで家族を失ったエリザにだって分かるはずだよ」
「……分かってるつもり。死んだ人の代わりに生きてどうなるのかは分からないけど」
「……まあ今は分からなくたっていいよ。けどそのうち分かるよ。命がどんな金属よりも重く、どんな羽よりも軽いってことが」
今のエリザは、命は重いものとして把握している。しかしそれを肯定した上で否定するアイリスの発言は理解できず、エリザはアイリスの矛盾に首を傾げた。
(どんなものより重いのに、どんなものよりも軽い……命が軽いものだなんて思わないけど……)
エリザは矛盾の解明を進めるも、当然理解できず頭痛に襲われた。
「今は分からなくたっていい、とも言ったはずだよ? 今はとりあえず、戦いの疲れを癒して」
「……うん……」
エリザはベッドに横たわり、昼食の時間まで浅い眠りについた。
(そう言えば、高山さんに挨拶しそびれたな……)
エリザは光のことを考えていた。一方その頃、光はエリザのことを考えていた。
期せずして同時刻に互いのことを思った2人だが、2人の間に愛などはない。
方や挨拶をしそびれたことを悔やみ、方や相手よりも優れた力を身につけたと思い込んでいる。愛とは程遠い、冷たく殺伐とした思考。その思考は無意識に2人の距離をさらに遠ざけた。
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