#39 Copy

 光がティーチェルの元へ向かっている最中、別の場所にプロキシー"シェリア"が出現していた。

 この時間、緤那達は色絵町の外の学校にいる。加えて光は目の前に近付くプロキシーに気を取られて拠り所の声に気付いていない。

 シェリアの早期駆除は絶望的に見えた。しかし、色絵町のプレイヤーはもう1人いる。


「この辺だったよね?」

(だと思ったけど……いない?)


 プロキシーが出現したであろう場所に到着したエリザだが、周辺を見回すもプロキシーの姿どころか拠り所の姿さえ見えない。

 プロキシーは拠り所から分離し既に逃走、或いは拠り所に寄生したまま場所を移ったと仮定し、エリザは探索を始めるため踵を返した。

 しかし先程は気付かなかった光景に、エリザは足を止めた。


「あれは……」


 電柱の真下にはメガネが落ちていた。落ちた衝撃故かレンズは割れており、フレームも僅かに歪んでいるように見える。

 ただ単純に誰かが落としたのかもしれない。或いは事故か何かの拍子にここへ落ちたのかもしれない。しかしエリザはそのメガネが拠り所のものだと直感で理解し、拠り所の安否が危ういと感じた。

 その時、メガネのレンズに何か雫のようなものが垂れた。目を凝らしてメガネを見ると、それは紛れもなく血液だった。付着していた可能性も捨てきれないかもしれない。しかしエリザは今、一滴の血液がメガネに落ちた瞬間を確かに見た。


「……上か!」

(いた!)


 電柱の上でシェリアは、拠り所の首を掴んでいた。拠り所は既に死んでいる。しかし拠り所の鼻から垂れた血液が、シェリアに対抗できる存在であるエリザに自身の居場所を知らせた。


「バレたか……あんた、中にプロキシー居るでしょ。人間の匂いとプロキシーの匂いが混じって気持ち悪い……それ以前に、人間なんかと共存してるプロキシーがいる時点で不愉快。不愉快だから殺していいよね?」


 シェリアは手に持っていた拠り所の死体を放り投げ、死体はアスファルトに激突。


「……不愉快だから殺す? それはこっちのセリフだって!!」


 エリザの身体から、プロキシーの"アイリス"が分離した。

 アイリスは空色の髪と瞳が特徴的で、白と水色のワンピースを着用している。対立するプロキシーとは違い、アイリスは人間を愛している。そして同じく人間とこの世界を愛しているエリザと惹かれ合い、アイリスはエリザと共に戦っている。


「アイリス、いこう」

「オーケー、エリザ」


 エリザはネックレスの先端に付けられた、扇を模したアクセサリーを握った。直後にアクセサリーは葵光と共に、閉じられた鉄扇へと変化した。


「変身!」


 エリザとアイリスは空色のライティクルに包まれ、2人の身体は融合した。

 自慢の銀髪は空色へと変化し、制服はアイリスの着ている白と水色のワンピースへと変化した。


「扇? 私達が封印されたアクセサリーは武器を模してるって聞いてたけど……そんな弱そうなものもあるんだ」


 シェリアのアクセサリーは大剣。単純に武器と武器の戦いであれば、鉄扇で立ち向かうのは無謀。俊敏性などにもよるが、鉄扇のみで大剣に勝つ可能性は極めて低いだろう。


「私は戦わないといけないから戦ってるだけ……本当は誰も傷つけず、平和的に事を終わらせたい。そんな思いがあったからこんなアクセサリーになったんだろうけど、これで十分戦える。あなたにだって勝てる」


 エリザの喉を使い、アイリスははっきりと「戦える」と言った。「勝てる」と言った。

 シェリアは瞬間的に極度の怒りを抱き、血管が破裂するのではないかと思う程に頭へ血を昇らせた。


「あっそ……なら勝ってみろよ!」


 シェリアは大剣にライティクルを集約させ、能力"時間飛躍"を発動。

 時間飛躍は最大で4秒先の未来に干渉することで、その未来における自身の座標に移動できる。

 仮に4秒後の未来で100m移動していれば、能力発動時点で100m先に瞬間移動する。

 しかし能力を使用する度に、シェリアは時間を前借りしていることになる。即ち、その度に自分が歩む筈だった時間が少しづつズレていく。故にシェリアが能力を使えば、ほんの僅かだが未来が変わる。

 時間に干渉する能力を持ったプロキシーは稀であり、神に近い存在として見られる。無論シェリアも、アクセサリーに封印される前は神に近いと言われていた。


「時間飛躍……4秒!」


 この瞬間、シェリアは4秒後の自分がいるべき場所に移動した。その場所はエリザの斜め後方2m弱の地点。能力を知らなかったエリザはシェリアの能力に対応しきれず、シェリアが大剣を振り上げてからようやく居場所に気付いた。

 エリザ目掛けて振り下ろされる大剣だったが、エリザは鉄扇で刃を防ぎながら回避。ダメージを負わずに済んだ。


(見えた? 今の動き……速いとかそんな次元じゃない)

(もしかしたら時間に干渉したのかも……だとすればかなり厄介だけど、"理解した"時点で私達は勝てる)

(だね……やってみよう!)


 シェリアは大剣を振り、再びエリザに攻撃をしかける。しかしエリザはまるで舞うように攻撃を回避し、徐々にシェリアとの距離を詰める。


 鉄扇でシェリアの胸を突くエリザ。シェリアは予期せぬ微妙なダメージに少しバランスを崩したが、反撃をするため左手を強く握った。


「残念……もう私達の勝ちが決まった」

「なっ!?」


 エリザはシェリアの反撃を回避し、鉄扇にライティクルを集約、能力を発動した。

 瞬間、エリザはシェリアの目の前から消え、背後から現れた刃のようなものにシェリアの胸は貫かれた。


「~っ!! ぐ……ぬぅああ!!」


 シェリアは刃を引き抜くため前進し、刃が抜けると同時に能力を発動。直進4秒後の地点に瞬間移動し、刃から距離を空けて背後を見た。

 そこには消えたはずのエリザが立っており、手に持っている閉じられた鉄扇の先端から青い光が刃のように伸びている。


「あなたの能力、なかなかいいね……けど、私が使った方がもっといい」

「何した……その刃は何!?」

「これ? これは"刃"って能力で、元は別のプロキシーが使ってた力」

「別のプロキシー? 待って……あんたの能力は一体……」

「知ったところであなたじゃ勝てないけど」


 現在エリザが使用している能力"刃"は、かつてミーシャという名のプロキシーが使っていた能力。ライティクルを刃状に集約させ四肢やアクセサリーから延長させることで、物理攻撃を可能とする。

 エリザはミーシャの能力を使い、戦闘力が低い鉄扇から光の刃を実体化させた。これによりアクセサリーのハンデは無くなり、刃と刃の戦いを繰り広げることができる。

 しかしエリザは刃と刃の戦いを望まず、可能な限り早く戦いを終わらせたいと思っている。


「アイリスはプロキシーの力を真似る。だから光の刃も使えるし、今あなたが使った力も使える」


 アイリスの真の能力は"コピー"。対象プロキシー、プレイヤーに鉄扇或いは素手で触れることで、能力及びスキルをコピーすることができる。

 1度コピーすれば任意のタイミングで発動できるが、別々の能力やスキルを併用することはできないため、その都度切り替えが必要である。

 とは言えコピーはかなり強力な戦力になり、このまま複数の能力やスキルをコピーすればあらゆるプロキシーに対抗できる存在となる。


「アイリス……っ! 思い出した、あのアイリスか!」

「知ってるの?」

「知ってるよ……この世で2番目に生まれたプロキシー、アイリス。そりゃあ私なんかじゃ歯が立たないわ……」


 プロキシーの能力の違いはあるが、戦闘能力は殆ど互角。しかし序盤に生まれたプロキシー4人は戦闘能力が段違いであり、加えて所持する能力も段違い。一対一であれば、普通のプロキシーでは間違いなく勝てない。

 その4人の中で、2番目に生まれたプロキシー。それがアイリスである。


「けどあなたが知ってるのは、あくまでも私に寄生したアイリスの力。今から見せるのは私の力……あなたはアイリスじゃない、人間の私に殺される」


 エリザが鉄扇にライティクルを集約させると、光の刃は解除された。

 プレイヤーの使用するスキルは、能力を最大限に活かしたもの。シェリアはスキルのことは知らないが、もし知っていたとしてもエリザのスキルは予想できないのだろう。


「色彩反転」








「……あ、れ?」








「本当にいい力……あなたと出会えてよかった」


 エリザのスキル、"色彩反転"。コピーした能力やスキルを理解することで、その能力とは反対になる能力を発動できる。

 仮に対戦相手が加速を使うナイアであれば、エリザは減速能力を得られる。破壊を使うアメイジング・ナイアであれば、エリザは再生能力を得られる。

 しかし一言に反対の能力とは言えど、エリザが戦う為に使う力として反対に見える変換するため、全てが全て真反対という訳では無い。

 現に今回コピーしたシェリアの時間飛躍も、シェリアのものとは反対に見えるがそれ以上にエリザのアレンジが加わっている。


「うぐ、ぐぼぉ!」


 色彩反転により習得した能力は、過去の時間に干渉することで現在いまを変えられる。エリザは数十秒前に干渉し、数十秒前のシェリアの胴体を刺し、切り裂いた。

 結果、攻撃した数十秒後にあたる現在のシェリアの身体に、見覚えのないダメージが現れた。

 シェリアは見覚えのないダメージに困惑するが、考える余裕を与えないかのように胃液と血液が食道を逆流する。


「ぅえ……げば、うげぇえ……」


 痛い。苦しい。涙が溢れる。そのようなことを今まで体験したことの無いシェリアにとって、今の時間は地獄に感じられた。


「能力くれたお礼に楽に殺してあげようと思ったけど、あなたは人を殺した挙句死体を投げ捨てた。罰として、死ぬまで苦しむといいよ」


 エリザは融合を解除し、苦しむシェリアに背を向けた。


「待っで……ごろ、じで……」


 シェリアの言葉に耳を貸さず、エリザはその場から去り行く。


「ごろ……じ、で……」


 シェリアは苦しみの後果てた。死ぬ寸前までエリザに懇願したが、結局エリザは1度も振り返らなかった。

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