#38 Shadow

「じゃあねー」

「じゃあ……」


 生徒達はエリザに挨拶をしながら、各々教室から出ていく。しかし光はエリザに目もくれず、エリザは挨拶をし損ねた。


(……諦めちゃダメ……高山さんだけは、絶対に友達になりたいから……!)


 エリザは弱気な自分を誤魔化し、いつも通りのエリザとして振る舞う。

 仲のいい生徒達に声をかけられ、エリザは嫌な顔ひとつせず全員に笑顔を見せる。その姿はまるで慈悲に溢れた聖女。生徒達はエリザの笑顔を見るだけで心が浄化される気がした。


(高山さんは……あれ? どこ行ったの?)




 エリザが光を探していた頃、光は早歩きで通学路ではない裏道を歩いていた。できる限り同じ学校の生徒と群れたくない、加えて光を嫌っているであろう生徒達の近くを歩きたくない。そんな思いは、裏道を歩く光の足を重くした。


(みんなと一緒に帰らないの?)


 1人寂しく帰宅する光に、体内から質問をするルーシェ。


(私と帰りたいって思っとる人、多分おらんけん……それに誰かと一緒に帰ること自体好きやないし)

(……なんか、私と光が親和性高い理由が分かった気がする)

(どんな理由?)

(光はクラス内では影みたいな存在。そんな光に、影の能力を持った私は惹かれた……もしかしたら、光は私のアクセサリーを拾う運命だったのかも)


 ルーシェの能力は"影"。影と融合することで姿を消すことは勿論、影と影を移動することで擬似的な瞬間移動を使用することも可能。

 ルーシェ曰く光はクラス内の影。対してエリザはクラス内の光、或いは太陽。影の能力を使うルーシェとアクセサリーは、無意識に影のような存在である光に惹かれたのかもしれない。

 唯の場合も似ており、花好きの唯に花の力を使うアスタが惹かれた。故に唯とアスタの親和性は高く、能力を加味しなければ単純なステータスは他のプレイヤーよりも少しだけ高め。

 ルーシェはあくまでも仮説の範囲で話したが、あながちありえない話でもない。


(影みたいな存在、ね……否定しきれん自分がすごい嫌やわ)

(明かりがあれば影は生まれる。仕方ないことだよ)




 すけて……助けて……!




「っ!?」

(聞こえた? 今のが前に話した拠り所の声。ここからはあまり遠くないから……怖いだろうけど行ってみよう)

(……怖くなんてない)


 これから自分は、命を賭けた戦いをしなければいけない。それを自覚し、光は明らかに恐怖心を抱いた。しかし恐怖心を抱いていないかのような言動を見せながら、光は「怖くない」と自分にも言い聞かせた。

 震えそうな脚に力を入れ、光はプロキシーの現れた場所へと走り始めた。ルーシェの言った通りそこまで遠くはないが、光は走る途中である不安を抱いた。


(誰かに見られたりしないかな?)

(大丈夫。完全に戦いが終わるまで、関係ない人間が私達を見つけることは無い)

(根拠は?)

(この世界は基本都合がいいから。まあこんなこと言ったところで、人間の光には理解できないけど)


 かつて緤那達も聞いた、プレイヤー達にとって都合のいい世界。

 緤那達は勿論、光もその言葉の真の意味を理解できなかった。

 しかしそれでいい。寧ろ、知るべきではない。知れば忽ち、彼女達は計り知れない絶望に呑まれるのだから。


(初陣だけど、話の通りにちゃんと戦えるの?)

(安心して。戦うのは光であって私。私であって光。私と融合してる以上、光は人間を超えた力を発揮できる)


 事前にプロキシー云々や戦いについての説明を受けた光は、話を半分も信じていなかった。無論現時点、全てを信じている訳では無い。不安だらけである。

 本当に戦えるのだろうか。もしかしたらルーシェは嘘をついており、自分をプロキシーに殺させようとしているのではないか。マイナス思考は止まらず、戦いを前にして既に吐き気を催した。


(居た……プロキシーよ)


 住宅街。しかし立地の悪さ故、昼前にも関わらず細い道路は影に覆われている。その中に、プロキシー"ティーチェル"は立ち尽くしていた。

 ティーチェルはピンク色の髪をしている。加えて冬場にも関わらず露出の多い服装。ティーチェルを見た瞬間に、光は彼女が常人ではないことを理解した。

 初めて見るルーシェ以外のプロキシーに興味を抱いていると、呆れたような表情のルーシェが分離した。


「光、これからあいつ殺すの……分かってる?」

「分かってるからこそよく観察しておかないと。って、そんな時間ないか」


 光は首から下げたアクセサリーを手に取り、刃の黒い鎖鎌へと変化させた。


「……そうだ、せっかく融合するんだったら"あれ"言わないと……」

「……あれ?」


 光は集中し、イメージした。

 数十年に渡り世界の平和を求め、人間の自由のために戦った戦士達を。そしてその戦士達が口を揃えて言った、ある言葉を。

 深く息を吐き、一瞬呼吸を止めた後、光は息を吸って気合を入れた。


「変身!」


 変身。その言葉で光の戦う意思は定まり、鉛色のライティクルに包まれた光とルーシェは融合を開始した。

 吹雪と同じ茶色の髪は、ルーシェと同じ鉛色の髪へ。吹雪に似た青い瞳は、ルーシェと同じカナリアの瞳に。冬の制服はルーシェの着ていたミニスカートとパーカーに変化した。

 初めての融合。初めての変身。特撮でもアニメでもない。現実で光の姿は変化した。

 ずっと変身することに憧れていた光は、心の底から興奮し高揚した。そしてその高揚感は、そのまま戦意へと変わった。


「さあやろう……ルーシェ!」


 光は物陰から姿を現し、ティーチェルは光に気付いた。

 雰囲気はプロキシー。しかし見たところ人間。プロキシーと人間の融合を知らないティーチェルは少し混乱したが、光から感じる戦意に気付き考えることを一旦やめた。


「私と戦うつもり?」

「そのつもり。言っておくけど、あんたの意見は求めてないから……大人しく殺されて」


 光は黒い鎖鎌をティーチェルへ向け、自らの勝利を宣言した。


「面白い……受けて立つわ!」


 ティーチェルは自身のアクセサリーである左手薬指の指輪にライティクルを集約させ、能力を発動。

 対する光もルーシェのアシストを受けて鎖鎌にライティクルを集約、能力を発動した。


「はあっ!!」


 ティーチェルの能力は身体強化。攻撃力や耐久性、俊敏性などの身体スペックを一時的に上昇させる。

 能力により脚力とパンチ力、スピードを強化し、ほぼ一瞬でティーチェルは光の目の前に移動した。

 確実に殺した。そう思ったティーチェルだが、強く握られたその拳は虚しくも空を切った。


「っ!? どこいった!?」


 気付けば、目の前にいたはずの光はどこかへ消えていた。走り去る姿を見ていなければ、逃げる足音も聞こえていない。

 しかしどこからか、確実に見られている。視線の中に混ざった殺意が、ティーチェルにそう確信させた。

 そう自覚したのが、2秒前だった。


「~っ!! 痛った!!」


 刺されるような鋭い殺意は未だに感じている。しかしその中で、ティーチェルは背中を鎖鎌で本当に刺されていた。


「あんたの敗因は2つ。1つは、何の警戒もせずに私に突っ込んできたこと」


 刺された鎌を引き抜こうとしたティーチェルだが、手が鎌に届くよりも先に、鎌はさらに奥へと身体を抉った。

 刃は肉を貫き、内臓を傷付ける。


「うぶっ、ぅげえっ!」


 胃を貫かれたティーチェルは、刺し口から流れ込んだ血液と胃液を吐き出した。


「もう1つは……影の多いこの場所に現れたこと」


 刺さった鎖鎌に引かれ、ティーチェルは宙に舞った。その際ティーチェルは、影から身体を半分だけ出した光の姿を目撃した。

 影と融合していた光は身体全体を外に出し、鎖鎌にライティクルを集約。鎖鎌を使いティーチェルを引きよせた。


「でやあっ!!」


 後に名づけられる光のスキル、"キッキングシャドー"。

 右脚を影のように変化させ、対象プロキシーに回し蹴りを喰らわせる。脚は影のようになっているため当たった感触はなく、蹴った直後に脚はプロキシーの身体を透ける。


「っぇあ!?」


 キッキングシャドーを受けたプロキシーは、影の脚が通過した箇所が影へと変化する。今回ティーチェルが蹴られたのは胴体であるため、ティーチェルの胴体は今、影のように透けている。

 しかしそれで終わりではない。


「呑まれる……! 嫌だ! 助けて!」


 身体から生まれた影は身体を徐々に蝕み、最終的には身体が跡形もなく消える。

 ティーチェルの身体はキッキングシャドーの影響を受け、腹から伸びた影に全身を蝕まれ始めた。

 しかし数秒もすれば影は身体を完全にに飲み込み、プロキシーらしからぬ命乞いの声も消えてしまった。


「吐きそうになる程不安だったけど、やってみれば案外簡単で……相手も案外弱いね」


 光は変身を解除して、数回深呼吸をした後に自宅へと歩き始めた。

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