空色の少女と漆黒の少女

#37 New semester

 全ての始まりは2016年の4月だった。


「エリザベータ・フレストフです。少し前までロシアで暮らしてたので友達がいません。だから私、卒業までにこの学年全員と友達になります」


 入学後の自己紹介。

 1番最後に名乗った少女は銀色の髪を靡かせ、クラスメイトの視線を浴びながら「全員と友達になる」と宣言した。


「手始めに、私のことはエリザって呼んでね。ロシア風にリズーシャって呼んでくれてもいいよ」


 父親は日本の血が混じったロシア人で、母親は純ロシア人。その2人の間に生まれたエリザは、純粋に近いロシア人。白い肌と整った顔立ちは、出会って初日のクラスメイト達を魅了した。

 そしてこの時初めてエリザと対面した光は、


(すぐに友達になろうとする……外国人って感じするな……)


 偏見を抱きながら冷めた目でエリザを見ていた。


 その後エリザは宣言通り徐々に友人を増やし、同学年どころか上級生にも友人を作ってしまった。そして入学して1年あまりで、エリザは校内で1番の人気者になっていた。


 しかし、あの日エリザを冷めた目で見つめていた光には、胸を張って友達だと言える程の仲を築ける存在は現れていない。


 それは入学して2年が経過しようとしている、2018年の1月になっても。


 ◇◇◇


「今日から学校ですから、今日で冬休み気分から抜け出してくださいね」


 始業式後、ショートホームルームでの担任の話が終わり、堅苦しい雰囲気から抜けた生徒達は肩の力を抜いていた。

 生徒と生徒は休み中の出来事を話し、これから再開する学校に対する倦怠感を分かち合う。

 そして生徒の輪の中には、


「エリザちゃんは何してた?」

「会いたかったよぉエリザぁ」

「今日も可愛いね、エリザちゃん」


 当然のようにエリザが居た。

 生徒達はエリザに用事が無くても、自然とエリザの周りに集まっている。

 自然と集まる生徒達はまるで、エリザというS極の磁石に引かれるN極の磁石。或いは磁石に引かれる砂鉄。

 しかしクラス内でただ1人、教室の隅の席に座る光だけは、エリザに反発するS極の磁石だった。


「……はぁ……」


 頬杖をつき、光はため息を吐く。

 友達がいないことが寂しいわけではない。ただ、友達が多いエリザを見ていると無性に苛ついてくる。

 あの日、エリザが全員と友達になると宣言した日から、光はエリザに苛ついている。


「そういや、うちらの学年で友達になってないのってあと何人くらい?」

「んーと……後7人だと思う」

「7人……じゃあ各クラスで2人ずつくらいかな。誰?」

「1組の髙岡君と明石さん、2組の篠原君と片岡君、4組の相原さんと熊高君」


 因みにエリザが在籍するのは3組。各クラスのまだ友達ではない生徒は、各々癖のある生徒であるため話しかけ難い。しかし以上の6人は1つのグループであり一緒に居ることが多いため、タイミングと話題さえ気をつければ6人同時に友達になれる可能性もある。

 しかしエリザが最も苦戦している生徒がただ1人。


「……後1人は?」

「……高山さん」


 7人目、光である。


(クソ……やっぱりムカつく……)


 話を聞いていた(聞きたくないが聞こえていた)光は聞こえていないフリをして、机に頭をつけて眠る体勢になった。

 そんな光を見て、エリザの周りにいた生徒達はヒソヒソと小声で話し始めた。


「高山っていつも暗いよね、ウザイくらい」

「何? もしかして中二病とか?」

「うっわキモ!」


 光は友達がいない。故に、学校では常に孤立。当然クラスメイトからは暗い人間だと思われる。


「悪いことは言わないから、高山と友達になるのはやめておいた方がいいと思うよ」

「そうそう。ボッチが伝染うつっちゃう」


 声を抑えきれてない状態での光いびりは、徐々にエスカレートしていく。

 光は生徒達の会話が聞こえている。しかし言われたところで、反論も反抗もできない。光自身、自分が暗い人間だと自覚しているためである。


「ほら、みんな思ってることだよ? だからあいつと友達になろうだなんて思わない方がいいんじゃ……」

「なんで……高山さんを悪く言うの?」


 生徒達による光への陰口は、エリザには耐えられなかった。

 エリザの言葉はまるで氷のように冷たく、騒がしくなり始めていた教室は一瞬で静まり返った。


「い、いや……だって、高山だよ? あんなクラスの影みたいな奴と友達になったらエリザまで暗く」

「ならない。なんで人を病気みたいな扱いするの?」


 合わされた目はとても冷たく、生徒達には普段の優しいエリザと今のエリザが別人に見えた。


「友達のこと悪く言う人、嫌い。折角みんなと友達になれたと思ったのに……挑戦は失敗みたい」


 エリザは不機嫌そうに眉を寄せ、椅子から立ち上がり生徒の群れから脱した。


「あんたが高山のこと悪く言うから!」

「言い出したのあんたでしょ!」


 生徒達は察した。

 エリザを怒らせた。エリザの入学時の宣言を潰してしまった。

 エリザはもう、自分達のことを友達だと思っていない。

 そう理解した直後、生徒達はエリザの怒りの原因を互いに擦り付けあった。


 生徒同士の醜い口論を無視して、エリザは寝たフリをする光に歩み寄る。足音に気付いた光は、エリザに話しかけられるのであろうと察した。


「絶対聞こえてたよね。ごめん……でも私、本当に高山さんと友達になりたいの。だからさ……少しでいいから、私とお話しない?」


 エリザは少し躊躇いつつも、右手を光の肩に置こうと伸ばす。しかし光は差し向けられたエリザの白い手を、まるで蝿でも追い払うかのように肘で防いだ。


「触らんといて……私はあんたと友達になる気は無い」

「っ! でも……」

「友達になりたくないって言っとるやろ。それ以外の用がないなら失せて」


 接触を拒まれたエリザは、差し伸べかけた手を強く握り唇を噛んだ。


「絶対……友達にする」

「失せて。もうこれ以上あんたの声は聞きたくない」


 エリザは言い知れぬ悔しさを胸に抱きながら、これ以上気分を害させぬよう自らの席へと戻った。

 直後、担任の教師が入室し、


「はーい席座ってー。下校前のホームルーム始めるよー」


 立っていた生徒達は一斉に席に座った。

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