#36 Omen
「……っと、もうこんな時間か……楽しい時間はあっという間だね」
時刻は17時前。ゲームや談笑で盛り上がった緤那達も、そろそろ帰宅する時間である。
「今はあっという間でも、生きてればまた集まれるよ」
「やね。じゃあ次に集まるのは……春休みとかどう? 普段は土日しか集まれんけど、春休みやったらいつでも集まれるし」
「……春休みか……3月の終業式までほんの少しなのに、なんか今まで以上に2ヶ月後が遠く感じるよ」
人間はいつ死ぬか分からない。談笑の最中に災害に襲われるかもしれなければ、デートの最中に事故に巻き込まれるかもしれない。
プレイヤーはプロキシーと戦っているため、常人よりも死の確率が高い。故に、常人よりも命の重みと生きている時間に対する考えが深い。
プレイヤーになるまでの緤那達は、2ヶ月という時間は長く感じていた。そして2ヶ月後には、歩んだ2ヶ月間はとても短かったと思えてくる。
しかしプレイヤーになり戦いを経験してからは、これから歩む2ヶ月は今まで以上に長く遠く感じられ、歩んだ2ヶ月は分厚いアルバムのように重く感じるようになった。
隣り合わせの死は、これまで浅く感じていた1秒1秒を深く重いものへと変えた。このことを自覚している緤那達は、プレイヤーではなく人間として成長していると言えるかもしれない。
「大丈夫。私達は1人じゃない。誰かが危なくなれば、誰かが助けに行ける」
「エリザちゃん……じゃあ私が危なくなったら助けに来てくれる?」
「どんなことよりも優先して助けに行く。私はもう、親しい人を失くしたくないから……」
エリザの脳内に亡き父と母の姿が過ぎる。それを察してか、文乃はエリザを頭を撫でた。
「私も行きますよ……とは言っても、私より緤那さんの方が強いから、私の方が助けを求めると思いますけど」
「その時は誰よりも早く駆けつけてあげるよ。さて、帰る前に信頼も深まったことだし、そろそろ解散しよ」
緤那達は各々荷物を持って立ち上がり、文乃に誘導され玄関まで向かった。
「それじゃあまた」
玄関で別れたプレイヤー達はそれぞれの自宅へと向かい、文乃達は玄関で緤那達を見えなくなるまで見送る。
「……寒……」
「寒かったら部屋戻ったら?」
「……ううん。まだみんなが見えてるから、ここにいる」
去りゆく緤那達の背中を見つめる愛歌の瞳は、どこか寂しげだった。
(私にも力があれば、みんなの役に立てたかもしれないのに……みんなの背中をただ見つめなくて済んだかもしれないのに……)
緤那達が見えなくなると、愛歌は少しだけ悔しそうな表情を見せたが、すぐにいつもの愛歌に戻り文乃とエリザの手を握った。
「さ、ごはん食べよ」
◇◇◇
玄関のドアを開ける音が聞こえ、テレビを見ていた光は再生を一時停止させた。
「ただいまー」
吹雪の帰宅。
これで両親と姉の居ない孤独な年末年始も、あっという間に終わってしまった。
「おかえりー。楽しかった?」
「楽しかった。今まで以上にお互いを知れたし、有意義な時間やったよ」
吹雪は光の座るソファに歩み寄り、ひと仕事終えたかのような息を吐きながら光の隣に座った。
「ついでに、アニメ好きになるよう誘導された」
「アニメ好き……唯さんってアニメ好きやったっけ?」
「ううん。唯以外がアニメ好きやった。色々おすすめとか教えてくれて……そうそう、光と同じでラブライブが好きな子もおったよ」
「へぇ……」
正直、吹雪の人脈などには興味が無い。しかし相手が自分と同じアニメ好きであると知り、僅かながら相手に興味を持った。
「因みにラブライブ薦めてくれたのはエリザちゃんって言うんやけど」
「っ!?」
名前を聞いた瞬間に光は、毛虫が背中を這ったかのような異常なまでの嫌悪感を抱いた。
光はその名前を知っている。明らかに日本名ではないその名を。
「エリザって……エリザベータ・フレストフのこと?」
「そうやけど……もしかして知り合い?」
「……うん」
背中を這った嫌悪感は徐々に全体に広がり、鳥肌を立たせると共に吐き気にも似た気分を味わった。
「そいつ……クラスメイトや」
光はエリザと同じ中学に通い、エリザと同じクラスに在籍している。
(なんで……なんで私に関わってくる……)
嫌悪感は徐々に怒りを孕み、光は込み上げる怒りを潰すように拳を強く握った。
吹雪は知らない。光がエリザを嫌っていることを。仮に嫌っていると知っても、吹雪にはその理由が分からない。
光は吹雪には話さない。家でも外でも自分はなんの取り柄もないただの女子中学生。家ではそう装うことで、光は家族に心配をかけずにいる。
故に家族は、学校での光を知らない。言動やクラスでの立ち位置は勿論、交友関係すら知らない。
光とエリザがクラスメイトだと知った時、吹雪は思った。自分は光のことをあまり知らない、と。
しかしそれこそが光の狙いであり、望みである。
「……春休みくらいになるけど、また泊まりに行くけん……その時は光も一緒に行こ?」
「……気が向いたら、ね」
誰とも噛み合わず、決して動くはずがないと思っていた光という歯車は、エリザという歯車の登場で少しずつ動き始めた。
そのことに光もエリザも気付いていない。
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