#31 Confession

 1週間のテストは一瞬で終わり、特にこれと言って面白味のない出来事もなく、緤那達は待望の冬休みを迎えた。

 生徒達は各々、短期のアルバイト、帰省、グダグダ、勉強と、それぞれの過ごすべき休みを過ごし始めた。

 そんな中、緤那達プレイヤーはやはり戦っていた。しかしアメイジング・ナイアという戦力を手に入れたプレイヤー達は、これまでの苦戦が嘘のように無傷で勝ち続けた。

 そして戦いの無い時のプレイヤーは、それぞれ休みを満喫していた。






「カップルばっか……」

「仕方ないよ、クリスマスだもん」


 冬休みを利用し、唯と緤那は勤務時間を延長。加えてプレイヤーも増えたため、2人同時に出勤する日もできた。

 今日は2人共13時から18時までの出勤であり、バイトが終わり次第2人で夜の街を歩いた。

 しかし今日はクリスマスイブ。街を歩けばカップル……否、リア充をよく見かける。中には周囲の目など気にせずにイチャつくゆとり世代のバカップルもいる。見るだけで胸焼けと胃もたれを起こす。

 彼氏がいない唯と吹雪は、今現在2人きりで歩いている。人並み以上に美麗な2人が街を歩けば、普通なら道行く男が黙ってはいない。

 とは言え、多少の視線は感じていてもなぜか声はかけられない。2人にとっては寧ろ好都合ではあるが。


「ちょっとお腹空かない?」

「やね……何か食べよっか」


 17時くらいに少量の夕食を食べた2人だが、仕事を終えた今、成長期の2人は既に空腹状態。

 しかし空腹とは言え、既に軽めの夕食を済ませた2人。これ以上肉々しいものを食べれば、確実に2人は翌朝に後悔する。

 それを踏まえ、2人はスイーツ的なものを求めて街の中を彷徨った。


「あ、あれなんていいんじゃない?」


 唯の指さす先には、前々から女性客に人気のあるカフェ。その入口付近には看板が立てられており、吹雪は看板に書かれていた文字を凝視した。


「んー? クリスマス限定のチョコケーキか……カップルで来店したらドリンク2杯無料!? どこまで独り身の私を虚しくさせれば気が済むねん日本!!」

「……私とカップルのフリすればいいんじゃない?」


 日本でも同性婚が認められているこの世界ではあるが、やはり世間一般的なカップルは男女カップルとされている。しかし同性カップルも少なくないため、店にもよるが同性でもカップルだと言い張ればほぼ確実に認めてくれる。

 仮に認めなければ、人権侵害や名誉毀損といった事柄で同性カップルから訴えられる。もしもそうなれば店の評価は急降下。そのためにも、店側はできる限り同性カップルを受け入れている。


「唯はええの?」

「いいよ。吹雪が嫌じゃなければ」


 吹雪は少し頬を赤く染め、少し躊躇った後に唯に手を差し伸べた。


「カップルやったら、手ぐらい繋ぐんやない?」

「っ! そ、そうだよね……じゃあ……」


 友達同士で、何かの理由のもと手を繋ぐことなどは簡単。しかし唯と吹雪は、気付いていないだけで両思い。

 思いを寄せる相手とカップルを装い、加えて人前で手を繋ぐ。そんな夢のようなシチュエーションに、2人は顔が熱くなっていることに気付いた。


「……さ、さあ……行こうか」

「うん……」


 手を繋ぎ、2人は店に歩み寄る。

 しかし2人の脳内はケーキやドリンク無料などという思考より、手を繋いでいることで感じている幸せに満ちている。


「いらっしゃいませ。2名様ですか?」

「はい」

「お席にご案内しますね」


 若い女性店員Aに案内され、唯と吹雪は奥側の席に座った。


「本日はこちらの特製チョコケーキをオススメしております。因みにこちら、カップルのお客様限定でドリンク2杯が無料になりますが……失礼ながら、お客様はカップルのお客様でしょうか?」

「は、はい……」


 店員Aの質問に対し、赤面しながら答えた唯を見ながら、店員Aは緩みかけた口元を固く閉じた。


「じゃあ、このチョコケーキを2つと、私はレモンティーを。吹雪は?」

「私はストレートティーを」


 注文を承った店員Aは厨房に向かった。


「限定チョコケーキ2つとレモン1、ストレート1」

「「「はーい」」」


 店員Aはレジに立っていた店員Bの横に立ち、客足の落ち着いた店内を見回しながらため息を吐いた。


「もしかして今の子達カップル?」

「うん。カップルかって聞いたら顔赤くしちゃって……見てるこっちがドキドキしちゃう」

「確かに……2人共可愛いし、なんか初々しいというか……あードキドキしてきたー!」


 できる限り小声で話す店員達。しかしレジ付近の客は店員達の会話を聞き逃さず、話題に出ている唯と吹雪をチラチラと見て確認していた。


 数分後。


「お待たせしました。お先にレモンティーと、ストレートティーになります。チョコケーキもすぐにお持ちしますね」


 店員Aは少しウキウキしながらチョコケーキを運び、唯と吹雪の顔を見て再び口が緩みかけた。


「なんか見られてた?」

「……気のせいやと思った方がええかも。さあ食べよ食べよ」


 四角いチョコケーキの端をフォークで切り分け、2人は一口大のケーキを口に運ぶ。


「「っっっっっ!!」」


 美味しい。

 初めて訪れた街のカフェであったため、最初は僅かながら味に不安を抱いていた。

 しかしそのチョコケーキの味は唯と吹雪の「チョコケーキ」という概念を崩し、抱いていた不安は一瞬にして消失した。

 チョコレート味のスポンジにホイップチョコを挟み、ホイップの中には砕かれた板チョコ。ケーキの上には苦味のあるココアパウダーとチョコパウダーがかけられており、半分に切られたイチゴが2つ乗っている。

 甘いホイップに苦いパウダー、そして酸味のあるイチゴが織り成す味はまさに至福。食べても食べても飽きの来ない、唯と吹雪にとって最高のケーキであった。

 あまりの美味しさに2人の口数は減り、気付けばショートケーキ並の大きさのチョコケーキは食べ終えてしまっていた。


 暫くのんびりしながら紅茶を飲み終え、2人は店を出る。その後街中をぶらぶらして、商店街の裏にある公園に行き着いた。

 既に辺りは暗く、月明かりもない。商店街から漏れるわずかな光と、公園の中にある1本の該当が無ければ、公園は真っ暗で何も見えなかっただろう。






「ねぇ、吹雪って好きな人とかいるの?」

「……え!?」


 何の前置きもなく呟いた唯に、吹雪は驚きを隠せなかった。


「……うん。いるよ。好きになってもう暫く経つけど、進展はないね」

「そう……」


 暗くて分かりずらかったが、吹雪の回答を聞いた直後に唯は少し俯いた。その表情はどこか悲しげであったが、吹雪は気付いていない。

 しかし絶好のシチュエーションであることを感じ取った吹雪は勇気を出し、自らが思いを寄せている相手の特徴を述べ始めた。


「綺麗な髪で、冷たいように見えてほんとは優しい目をしてて、花が好きで、いい匂いがして、すっごくかわいくて……いつも、私の傍にいてくれる女の子」


 吹雪の顔は赤くなっていたが、唯の方を見ていないため唯は気付いていない。だが空を見て話す吹雪を見て、唯は吹雪が誰のことを指しているのかをすぐに理解した。


「……ねえ、唯には好きな人いるの?」


 漸く唯の方を見た吹雪の目は、かつて無い程に真剣だった。その目を見て、唯も自らの思い人の特徴を述べた。


「いるよ。妹がいて、花が好きで、たまに甘えさせてくれて……同じ店で働いてる女の子。ずっと片思いだった……」


 唯の言葉を受け、吹雪の顔は一瞬で晴れた。ちゃんとした告白もしていないのに、まるで告白が成功して浮かれる少女のような、純粋で可愛らしい顔になった。


「……でも、もう片思いじゃなくていいよね?」


 唯は吹雪に歩み寄り、吹雪は歩み寄ってくる唯を受け入れた。






「……キスしたのなんて初めて」

「凄く……ドキドキする」


 暗い寒空の下、唯と吹雪はキスをした。

 唇と舌を通して伝わる互いの体温。近距離で感じる互いの息。キスにより2人の心は昂り、キスしている間だけ周りの音が遮断された。


「上手くできてたかな?」

「分かんない……けど、すごく良かった」


 互いの愛を理解した2人を祝うかのように、月を隠していた雲から雪が降り始めた。

 そこまで多くない、小さなただの雪。何かに当たっただけで溶ける弱く小さなただの雪。それでも、2人にとっての特別な時間に降り注いだ白い結晶は、今までに見たどんな雪よりも美しく見えた。


「……寒いし、そろそろ帰る?」

「……もう少しだけ一緒にいたい……だめかな?」

「……いいよ。けどもう一回だけ……キス、したいな」


 唯と吹雪に与えられたクリスマスプレゼントは、チョコレート味のファーストキスだった。

 甘く温かい、2人の思い出になった。

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