#30 Test

 土曜日。


「ぐっ……! 私達だけじゃ勝てない……もう無理よ!!」

「諦めたらいかん! 絶対……絶対どこかに攻撃の隙があるはず!」

「……吹雪、もし私がこいつに負けたら……吹雪だけでも逃げて」

「嫌や! 絶対に2人で勝つ……唯と私の2人で生き残る!」





「ねぇ……いつまでそんな茶番続けるの?」


 緤那達プレイヤーの面々は綺羅家に集まり、翌週に控えたテストに対抗すべく勉強会を開いていた。

 勉強会ということで樹里は唯を休ませ、本来バイトの入っている土曜日にも関わらず唯も勉強会に参加できた。

 しかしその途中で、ありとあらゆるゲシュタルト崩壊を起こした唯と吹雪は精神崩壊。突如茶番劇を始め、さながらプロキシーとでも戦っているかのような声を上げ始めた。


「テストは敵よ……こんなにつまらないのに! やらなかったらやらなかったで成績に響く! これはもう私達にとっての大敵、天敵よ!! なんで勉強なんてしなきゃいけないの!?」

「頭が不安だからって勉強会開いたのは唯じゃなかった!?」

「ワタシ勉強嫌イ! 勉強シタクナイ!」

「なんでそんな喋り方!? 今日の唯なんか変だよ!?」


 唯は疲れていた。

 プロキシーとの戦闘、花屋でのアルバイト、そして追い討ちをかけるかのようにつまらない授業。

 ただでさえ家庭環境が複雑で常日頃から精神的疲労が耐えない唯だが、そこへ普通の女子高生は感じることは無いであろう肉体的疲労が加わっている。精神崩壊を起こしても仕方がないのだろう。多分。

 そして唯と同じく花屋でバイトをして、現時点唯が最も信用している人物であり、尚且つ唯と波長の合っている吹雪も、唯の精神崩壊に呼応して正気を失った。


「ちょっと休憩しますか? このままじゃ唯さんも吹雪さんも発狂したまま死にます」

「賛成。私もちょっと疲れちゃったし、丁度いいや」


 文乃に賛同した緤那は、読んでいた本を愛歌のベッドの上に置いた。


「そういや緤那は勉強しないの?」

「してるよ、国語の勉強。本を読んで、登場人物と作者に感情移入して、情景とか気持ちを読みとる。よく俳人の気持ちを代弁しろって問題あるでしょ?」

「いや、あるけど……まあそれがテストで役に立つなら止めないけど」


 焔は緤那の勉強方法に疑念を抱きながらも、表向き緤那を肯定して本音を飲み込んだ。


「紅茶とお菓子用意するから待ってて」


 愛歌が立ち上がり、休憩の準備を整えようとした時、部屋のドアを誰かがノックした。ドアの向こうから「皆川です」と声が聞こえ、愛歌はドアを開けた。

 ドアの向こうに立っていた家政婦皆川、及びその部下は、人数分の紅茶と菓子を持っており、まるでこのタイミングで休憩することが分かっていたかのような準備の良さを見せた。


「準備いいね……怖いくらい」

「主人の思考を先取りし、その後実行に移し、主人の手を煩わせることなく思考通りの仕事をする。それが我々の仕事ですから」


 皆川達は部屋のテーブルに紅茶と菓子類を置き、過ぎ去る嵐のように部屋から出ていった。


「……じ、じゃあ休憩しよ」

「「「はーい」」」







「もうちょっとで5時……家で妹が待っとるけん、私はそろそろ帰るわ」


 時計を見て、吹雪は開いていた教科書を閉じた。


「吹雪が帰るなら、私も帰ろうかな」

「なら私も」


 続いて唯と焔も教科書を閉じ、出していたシャーペンをペンケースに入れた。


「緤那は帰んないの?」

「私はここでご馳走になってから帰るから」

「皆さんも、よければうちで食べていきますか?」

「私は妹と食べるけん、また今度ね」

「私はこの後家族と外食」

「私はもう晩御飯の下準備済ませてきたから……」


 3人は綺羅家での食事を断ったが、正直綺羅家での食事を是非味わってみたいと思っている。何せ、休憩時に食べた菓子類が明らかな高級品であり、それ以前に家自体が豪邸であるため、料理もそれなりに豪勢なものになると確信していたためである。

 吹雪と焔は元々理由があるため仕方ないと受け入れたが、唯は「下準備なんてしてくるんじゃなかった」と内心後悔している。


「そっか……じゃあ今度、みんなでご飯食べる約束でもしようよ。吹雪の妹さんも混ぜてさ」

「お、いいね。じゃあそれまで、私達全員生きてなきゃ」

「……だね。そんじゃそろそろ帰ろう」










「ただいま、蓮」


 仏壇に置かれた蓮の遺影を見て、唯は1人呟く。しかしただいまと言っても、遺影の中の蓮はおかえりとは言ってくれない。

 孤独にはもう慣れた。それでも寂しくない訳では無い。

 蓮が居ればこんな思いはしなかったかもしれない。蓮が居れば、もう少し楽しい日々を過ごせたかもしれない。そんな思いは唯の寂しさを引き立たせた。


「……やっぱり、文乃ちゃんの家で一緒に食べたかったな……」






「ただいまー」

「おかえりー。ちゃんと勉強してきた?」

「モチのロン! そういや光もそろそろテストじゃない? 勉強してる?」

「う、うん……人並みには」


 光は少しだけ俯いた。

 光は嘘をつく時、目を泳がせる癖がある。しかし今回は目を多少逸らした程度で、嘘をついている訳では無い。

 しかし俯いたその表情には僅かに雲がかかっており、嘘ではないが光は何かを隠している、或いは抱え込んでいるのかもしれないと察知した。


「光? どうかした?」

「う、ううん。何でもない! お腹空いたし、ご飯食べよ!」


 光は露骨に明るく振舞おうと努力している。とは言え姉である吹雪には隠しきれていない。

 しかし吹雪は下手な詮索はせず、いつか光が自分で話す時を待った。


「用意するけん、待っといて」

「うん」


 明るく振る舞う光の首からは、鎖鎌を模したネックレスが下げられていた……のだが、吹雪は気付かなかった。








「もうすぐ晩御飯できますから、リビングに行きましょう」


 緤那と文乃と愛歌は、食事をするためリビングへと移動した。

 リビングのドアを開け、室内に足を踏み入れた時、緤那の目に銀髪の少女"エリザ"が写った。

 日本人形のような髪型に、ハーフ或いは日系外国人のような顔立ち。髪色は違うものの、緤那の脳内に以前であった空色のプレイヤーの姿が蘇った。


「あれ……また会ったね、お姉さん」

「っ!?」


 覚えている。即ちこの少女は……


「緤那さん?」

「……ごめん文乃、愛歌。ちょっとこの子と話したいことがあるから、少し外すね」


 緤那の発言に無言で応答したエリザは椅子から下り、部屋を出る緤那の後ろについて行った。


「……今の感じだと、2人は多分どっかで会ってるよね。まさか……恋人とか? なーんてね……文乃?」


 恋人。その言葉を聞いた途端、文乃は青ざめて身体が小刻みに震え始めた。


「せ、せせ、緤那さんに限ってそんなことあるわけないよよよ」

「文乃? どうした?」


 緤那は文乃のことを愛し、文乃は緤那のことを愛している。この2人の関係を引き裂けるような存在は現れない。現れるはずがない。仮に現れても緤那は文乃を変わらず愛してくれる。文乃はそう高を括っていた。

 しかし愛歌の発言に緤那の言動。文乃は今まで築き上げてきた緤那との愛に、なぜかヒビが入ったような気がした。


「きき、きっとどこかで会ってるよ。違いないよ。緤那さんだから心配ないよ。きっとそうよ。絶対そうよ。そうよ。絶対そうよ。よよよよよよ」

「あ……文乃さん?」


 文乃の精神は既に崩壊寸前。

 しかしそんなことも知らずに、部屋の外に出た緤那とエリザは対面していた。



「文乃達は知ってるの? 君がプレイヤーだって」

「知らない。言ったところで信じてくれないだろうし」


 エリザはプレイヤーである。

 しかしエリザは、同居人である文乃と愛歌に自らがプレイヤーであると打ち明けておらず、文乃もエリザにプレイヤーであることを言っていない。

 互いにプレイヤーであることは知らない。しかしそれは、文乃はエリザに、エリザは文乃に戦いへと関与して欲しくないという、互いの配慮故の現状である。


「安心して。前にも言ったけど、私はお姉さんの味方。お互いに改めて見知ったことだし、これからは強力しよ?」


 エリザの言葉を聞く緤那の脳内に浮かぶのは、ただただ可愛いという思いのみ。

 近距離で見る顔は美しく可愛い。声も可愛い。喋る時の仕草も可愛い。服も可愛い。結論、全てにおいて可愛い。


「……聞いてる?」

「ちゃんと聞いてるよ(一応)。私は志紅緤那。緤那って呼んで」

「シグレ……セツナ……かっこいい!」


 エリザは幼少から日本で育ち、一時両親の国で生活していたほぼ純粋なロシア人。日本で暮らし、ロシアで暮らしたため、日本語もロシア語も完璧であり、両国の文化や傾向、風習なども理解している。

 そんなエリザにとって、志紅緤那という名前は個人的に凄く衝撃を受けた。理由はただ単純に、かっこいいというだけである。


「私はエリザ。エリザベータ・フレストフ」

「エリザ……エリザちゃんか……!」

「これからよろしくね、緤那」


 顔や声だけでなく名前も可愛い。まるで"可愛い"を具現化したかのようなエリザを前に、緤那の中にある「萌えゲージ」はほぼ最高潮に達していた。


「それじゃあまずは……お互いのことをよく知るところから、かな」


 緤那は、エリザが何故綺羅家に住んでいるのか。加えてハーフなのかそもそも日本人じゃないのか。エリザのことについては殆ど知らない。

 それはエリザも同じであり、緤那の名前以外は何も知らない。

 これから協力関係になる2人だが、協力するには互いの認知度が低すぎた。


「……けどその前に、ご飯食べたい」

「……食べさせてあげよっか?」

「私もう中学生なんだけど」

「……ごめん」


 とりあえず緤那は、エリザが中学生であることを新たに覚えた。

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