#29 Amazing
緤那は黒い空間にいた。それはかつてナイアと出会ったあの夢を彷彿とさせ、緤那はすぐに今自分は夢を見ているのだと察した。
周囲を見回すが、自分の姿だけははっきり分かるものの、自身を照らす光も自分以外にはっきりと目で見えるものも見当たらない。
夢の中だということを自覚した緤那は、眠る前の最後の記憶を思い出していた。
眠りにつく前、ベッドの上に座った緤那と文乃は互いの愛を感じていた。
互いの唇を合わせ、唇から伝わる体温を感じる。
唾液が流れるまで舌を絡ませ、互いに舌を敏感にさせる。
耳珠に舌を這わせながら息を吹きかけ、文乃の感度を上昇させる。
顎の下や頬を指でなぞりながらキスをして、さらに文乃の身体を敏感にさせる。
文乃のブラを外し、人並みに膨らんだ乳房を触りながら首筋に舌を這わせる。
乳房から乳輪、乳頭まで指でなぞり、僅かにビクついてきた文乃を見て笑みを浮かべる。
その後緤那は文乃をベッドの上で押し倒し、それはそれは甘く濃厚な一夜を過ごした。
そして気付けば緤那はこの場所にいた。
早く目を覚まして文乃に触れたい。そう考え始めた緤那は夢から覚めようと努力するが、そもそも覚まし方が分からず苦戦する。
そんな時、突然目の前に何の前触れもなく白髪の少女が現れ、緤那の顔を覗き込んだ。
「うぉ!? 誰!?」
ナイアと出会ってから緤那は驚きの連続だった。それ故か最近はちょっとやそっとでは驚かなくなったと自覚している。
しかし突然目の前に見知らぬ美少女が現れれば、さすがの緤那も声を裏返しながら驚いた。
「私はフォルトゥーナ。ナイアから聞いてると思うけど、原初の神の1人よ」
「フォルトゥーナ……確かに聞いてる、けど……生きてたの?」
「生きてるよ。多分ナイアの説明が悪かったんだろうけど、死んだ神はクピドとクロノスとティアマトの3人だけ。私とゾ=カラールは死んだ訳じゃなくて現世から消えたの」
ティアマトとゾ=カラールは天国と地獄の管理をするため、現世から消えた。そのため"現世を管理する神"は3人になり、いろいろあって現世を管理する神が居なくなったのだが、ナイアはその辺の説明が下手だった。
「ごめんね、夢の中に入っちゃって。けど私達が……面と向かって直接人間と関われば、少なからず人間達に……いや、プロキシーにも悪影響を及ぼす。悪影響を最小限に抑えるには、精神世界に入るしかなかった」
「悪影響? よく分かんないけど……つまり、夢の中じゃないと会話できないの?」
「そゆこと。さて、本題に入るけど……今、君とナイアの身に起きた変化について教えに来たの」
「アメイジング・ナイア。姿を変えた、新しいナイアの名前よ」
暫く沈黙を置き、フォルトゥーナは進化したナイアに名前をつけた。否、付けられるはずだった名前を改めてつけた。
かつてこの世界に訪れた2人の少女の影響で、ナイアだけではなく全てのプロキシーが進化の可能性を得た。その際2人の少女はそれぞれ、進化したプロキシーの名をフォルトゥーナに教えた。
「ナイアは原初の神であるティアマトの力で進化し、既存の能力を破棄して新たな力を得た……それがアメイジング・プロキシー」
ナイアは元々所有していた加速の能力を破棄し、破壊という新たな能力を得た。それはティアマトの力で進化したプロキシー、アメイジング・プロキシーに共通しており、ティアマトの力で進化した個体は新たな能力を得られる。
しかし進化した後に得る新たな能力が、一体どのような能力になるのかは分からない。ナイアは相手にとって脅威となる破壊という能力を得られたが、運が悪ければ戦いに不向きな能力を得ていた可能性もある。
「近いうち、クロノスの力で進化したプロキシー……アウェイクニング・プロキシーが現れる」
「アウェイクニング? アメイジングとはまた違うの?」
「アウェイクニングはアメイジングとは逆の存在。アメイジングは既存の能力を棄てたのに対し、アウェイクニングは既存の能力を延長させる」
クロノスの力で進化したプロキシーであるアウェイクニング・プロキシーは、フォルトゥーナ曰くアメイジング・プロキシーとは対照的な存在。
アウェイクニング・プロキシーは進化前に使っていた能力を進化させることで、進化前の面影を残しつつさらに強力な能力を得られる。
仮にナイアがクロノスの力で進化していれば、既存の能力である加速を進化させた能力を得ていた。
2つの進化は、それぞれ強力であることに変わりはない。
しかし方や既存の能力の破棄、方や既存の能力の進化。
言い方を変えれば、アメイジングは過去の自分を捨て去り得る力。アウェイクニングは今まで通りの自分を成長させることで得る力。
2人の少女が持ち込んだ2つの進化は、何とも対照的である。
それもそのはず、2人の少女は別々の世界からやってきた。
加えて、2人の少女はこの世界では接触しておらず、2人がこの世界で同時に存在したことなどには気付いていない。
2人の少女がこの世界に訪れたのは偶然。
2人の少女の偶然が、この世界に2つの進化をもたらした。
違う未来を歩み、違う力を得た2人の少女が、この世界に訪れないはずの運命と未来を植え付けた。
フォルトゥーナとゾ=カラールは、2人の少女がどんな世界を生きてきたのかを知らない。しかしプロキシーの進化を見て、恐らく2人の世界も対照的だったのだろうと思った。
「アメイジングとアウェイクニングはそれぞれ戦いを引き起こす。もし2つの進化が共存すれば、戦いは今よりも激しくなる。なるべく人間同士の戦いは避けて、プロキシーとの戦いだけを考えておいた方がいい」
「なんでそれを私に教えるの?」
「君がこの世界で最初にアメイジング・プロキシーの力を使った人間であり、尚且つ君は……いや、何でもない。とにかく、戦いは確実に酷くなるから気をつけた方がいい。友達にも伝えておいてくれるとありがたい」
「また会える時に会いに来るから、なるべく生きててね」
フォルトゥーナが目の前から消えると同時に、緤那はベッドの上で目覚めた。
カーテンに阻まれ日光は部屋に入らないが、既に太陽は顔を出しており、「クーポッポポー」というキジバトの鳴き声も聞こえる。キジバトの鳴き声を聞き、緤那はもう朝であると理解した。
すぐ隣から文乃の寝息が聞こえ、緤那は頭を少し動かして文乃の方を見る。後に、緤那は手を動かし頬を触る。
とても綺麗で可愛い寝顔。肌はすべすべでずっと触っていられる。至近距離で寝顔を見つめ頬を触っているだけで、緤那の英気は養われた。
(アメイジングにアウェイクニング、か……)
夢の中でフォルトゥーナと出会ったことは覚えている。
しかし所詮は眠っている間の出来事。目覚めた今では、フォルトゥーナの顔も声も漠然としている。
それでも、話した内容は殆ど覚えている。だからこそ、これから戦いが激しくなることを恐れ、緤那の手は僅かに震えた。
(もう少しだけ、このままでいようかな)
緤那は瞬間的に味わっている幸せに浸り、今後直面する生死を分ける戦いから少しだけ目を背けた。
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