#27 CrimsonFist

「っ!!」


 振り下ろされるハンマー。

 緤那は寸前に加速を発動し、後退することでミナスの攻撃を回避。

 空振りしたハンマーは空を裂き、ミナスは僅かにバランスを崩した。


「文乃! 唯と焔呼んで!」

「分かりました!」


 文乃は緤那とミナスから少し離れ、融合を解除してスマートフォンを取り出した。無料通話アプリを開き、最初に唯に位置情報を送信。続いて、捜索前に事前に入手していた焔のアカウントにも位置情報を送信。

 メッセージを受け取った2人は位置情報を確認し、唯は自転車で、焔は全力疾走で緤那と文乃のいる場所へ向かった。


「連絡できました! 私も戦います!」

「楽しそうじゃん、私も仲間に入れてよ」

「「っ!?」」


 そこへ現れたのは、アクセサリーのナイフを持ったプロキシー"アーニャ"。アーニャの持つアクセサリーは少し異形であり、普通のナイフとは異なり薄い刃が三本重なっている。


「あんた誰?」

「私はアーニャ。天国の管理してたんだけど、あなた達のことは知らない。あなた達、現世と地獄を管理してたプロキシーでしょ?」

「どうだっていい。結局あんたは私の敵……これから死ぬ奴のことなんて聞いても意味が無い! 変身!!」


 文乃は変身し、アーニャに向かって走る。アーニャの手前でジャンプし、能力で追い風を付与。風で加速した状態でストームブレイクを発動した。


(ミナスより先にこいつを……!)






「強い風を起こせても、所詮はそれだけ、か……」


 文乃の身体は進行方向とは逆に動き、ストームブレイクは不発に終わった。その瞬間を見ていた緤那は驚愕。そして不発に終わるよう誘導された文乃は緤那以上に驚愕し、アーニャが使用したであろう能力を瞬時に理解した。

 アーニャの能力は"磁力"。対象Aと対象B、或いは自身、或いは対象C以降の複数の対象を選択し発動する。自身か対象Aを核として、別の対象と核の間に磁力を発生させる。

 磁力を発生させれば核と対象は引き合う。逆に、核と対象を引き離すこともできる。言わば能力を付与された核は人間磁石と化す。

 アーニャは自身と文乃の間に反発する磁力を発生させ、勢いよく向かってくる文乃を進行方向とは逆方向に飛ばした。これにより攻撃直前の文乃は空中でバランスを崩し、攻撃は不発に終わった。


「っ!!」


 さらにアーニャは能力を発動し、バランスを崩した状態の文乃を引き寄せた。そして3枚刃のナイフを構え、引き寄せられる文乃に腕を突き出した。


(せめて文乃だけでも……!!)


 引き寄せられる文乃だが、その途中、セトにより融合が解除された。



(セト!!)

(文乃……これでさよならかもしれない……)






「文乃!! セト!!」


 緤那の視界に映り込む鮮血。その血はアーニャのものではなく、アーニャに引き寄せられたセトの血だった。

 アーニャのナイフはセトの顔面に切れ込みを入れ、三本の赤く深い切傷を与えた。

 皮膚だけでなく右の眼球も切られたためか、血液以外の中に硝子体らしき液体が混ざっている。


「人間は逃したか……けど、すぐに殺せる」


 アーニャはセトを躱し、再びナイフを構えて腕を文乃へと突き出す。


「うぉああああああああああ!!」


 その瞬間を見逃さなかった、緤那はミナスではなくアーニャに向かい加速、スキルを発動。そして文乃に気を取られていたアーニャは緤那のアクセラレーションスマッシュを腹部へ受けた。


「ぅげぇえっ!!」


 アーニャは逆流した胃液を口から吐き出す前に後方へ飛ばされ、ブロック塀に激突。


「っ! 緤那!」


 アーニャが塀に激突したのとほぼ同時に到着した焔は、融合しながら緤那のいる場所へ走った。そして緤那の方を向いた時に見えたのは、文乃を抱えた緤那と、右眼を抉られ膝をつくセトだった。

 続いて唯も到着し、自転車を止めてアスタと融合。現状を瞬時に、尚且つ冷静に分析し、立ち尽くしていたミナスに攻撃を加え始めた。

 戦いの音に気付いた焔も唯に加勢。しかしミナスの鉄壁に2人の物理攻撃は一切通用せず、フロースインフェロスの発動条件である手甲鉤による傷さえも負わせていない。


「文乃ちゃんに何した!」


 焔はフリージングクラッシュを発動し、なんとかミナスの腕を凍らせた。しかし冷気はミナスの体内にまで及ばず、腕はノーダメージで氷だけが砕け散った。


「ぐっ!!」


 反撃を警戒した焔は後退る。しかしミナスは反撃の素振りどころか一切動かない。

 反撃する必要すらないという意思の表れなのか。そう考えただけで焔の中の怒りは沸騰し、怒りに呼応したのか焔の周りに冷気が漂い始めた。


「無駄よ。氷だろうが刃だろうが、私を傷付けることはできない」











 焔と唯がミナスと交戦している頃、緤那は変身が解除された文乃をただ抱えていた。抱えられた文乃はセトの傷を案じるが、何もできず、何も喋れずにただ混乱していた。

 そしてそんな緤那に戦意を呼び起こすかのように、塀に激突したアーニャが歩み寄る。  アーニャは血の混ざった胃液を吐き出し、攻撃を受けた横腹を強く抑えている。しかし能力を使える以上戦える。

 歩み寄るアーニャ。それに気付いた緤那の脳内は、今まで抱いたことも無いような怒り殺意で埋め尽くされた。












 殺す。

 あいつを殺す。

 文乃を殺そうとしたあいつを殺す。

 融合を解除した文乃を殺そうとしたあいつを殺す。

 殺す。

 殺したい。

 絶対に殺したい。

 殺させない。

 あいつは殺させない。

 他の誰にもあいつは殺させない。

 あいつを殺すのは、あいつを殺していいのは……









「私だ……!!」














 瞬間、謎の赤い光の帯が緤那の身体を覆った。

 体を覆う光の帯は徐々に身体へ吸収され、まるで化学反応でも起こったかのように緤那の身体に変化が現れた。

 艶のある黒い髪は、光沢のある銀髪へ。シトリンのようは黄色の瞳は、ガーネットのような赤色へ。黒いシャツは、赤と灰色の半袖パーカーへ。黒いショートパンツは、灰色のミニスカートへ。

 その様子を見ていた文乃も、唯も、焔も、アーニャも、ミナスも、思わず動きを止めてしまった。それほど緤那の変身に次ぐ変身は、誰も予想をしていない衝撃的な出来事だった。無論、緤那本人も自身に起こった現象を理解できていない。

 しかし緤那はこれだけは分かっていた。

 この新たな変身で自分は変わった。外見だけではなく、力さえも。

 

「緤那……さん……?」

「……文乃、ここで待ってて」


 緤那は文乃を下ろし、アーニャに対面する形で立ち上がった。


「今からこいつ殺すから……」


 見たことも無い現象を恐れたアーニャは能力を発動し、緤那を戦闘不能状態へと陥らせるために再度ナイフを構えた。

 緤那は強い磁力でアーニャに引き寄せられ、約2秒でアーニャの手前までやって来た。


(った!!)


 ナイフは緤那の顔面を狙うが、攻撃を防ぐかのように緤那は右手を顔の前に出す。


(その手ごと貫いてやるよ!)


 ナイフは緤那の手のひらに接触。その後皮膚を貫き、筋肉と骨を抉り、顔面に刃は刺さる……はずだった。



 ピシピシピシピシピシピシピシピシ!!

 パーン……!



「っ!?」


 緤那に接触した鋒から、アーニャのナイフは音を立てて砕け散った。


(これが私の……私とナイアの新しい力)


 姿が変わった時、ナイアに宿る能力は変化した。

 新たな能力の名は"破壊"。その能力は単純に、手で触れた物を一瞬で破壊するというもの。

 能力は変わった。加えて身体スペックも上昇しており、さすがに加速を発動した時の速度には及ばないが、スピードは他のプロキシー以上。加えて緤那本人はまだ気付いていないが、パンチ力が著しく上昇している。

 スペックは前の姿以上。そして能力の変化。これは戦いの中における、プロキシーの進化と言っても過言ではない。


「引き寄せたのが運の尽き……いや、文乃に刃を向けた時点であんたが終わることは決まってた」


 アーニャの磁力に引き寄せられた緤那は、加速した状態でアーニャの首をつかみ着地。そのまま緤那はアーニャのバランスを崩させ、地面に頭部を叩き付けた。その後頭を浮かし、再度叩き付ける。その後も、またその後も、眼球が飛び出て、脳ミソが流出して、アーニャが痙攣を起こしながら失禁するまで頭を叩き付けた。

 ぐちゅ、という頭部が潰れる音に、戦闘状態の唯と焔とミナスが一斉に視線を動かす。


「あれが緤那、なの……?」


 焔は昔から緤那のことを見てきた。緤那はいつでも優しく、誰とでも気兼ねなく接する可愛い少女だった。

 しかし焔の視線に立つ緤那は、焔の知っている緤那ではない。

 アーニャの首を絞めた挙句何度も地面に叩きつけ、殺して尚殺すその姿は、悪逆非道を擬人化させたかのように恐ろしかった。


「はぁ……焔、唯、そいつの相手代わってくれる?」

「……1人で勝てるの?」

「勝てる。唯、例の治療ができる人のとこに文乃を連れてってもらえる?」

「……分かった」

「私はここに残る。万が一のことがあれば、1人より2人の方がいいでしょ」

「ありがとう焔。それじゃあお願いね、唯」


 唯は変身を解除し、地に座る文乃に駆け寄る。


「待たせてごめん。さあ、始めよう」

「……アーニャだっけ、今のプロキシー。あんたの拳はアーニャを壊せたけど、私は壊せない」

「ねえ、聞いていい? 街の人たちを潰して殺したのってあんた?」

「そうだけど、それが?」

「……なら、壊す!」


 緤那は地面を蹴り加速。拳を強く握り、ブーツにライティクルを集約させる。


「……やっぱり納得できない」


 対するミナスもハンマーにライティクルを集約させ、緤那の拳を防ぐため能力を発動した状態のハンマーを構えた。


「人間は脆くて弱い……文字通りの脆弱! プロキシーのお前がなぜそんな存在に手を貸す! ナイア!!」

「確かに人間は脆い……けど!」


 緤那はミナスの手前でブレーキをかけ、慣性の力を利用した拳を突き出した。


「人間は……お前達が思っているよりも断然強い!!」


 能力"破壊"によりハンマーは砕け散り、砕け散ったハンマーを貫通して緤那の拳はミナスの胸に接触。

 その瞬間、緤那の手首から指先にかけて血管のような赤いラインが走った。


「壊れろ!!」


 緤那の拳を受けたミナスの身体に、ヒビのような赤いラインが入る。


「~っ!?」


 赤いヒビ。しかしそれ以前に、ミナスは自らの身体に起こった変化に驚愕した。

 ミナスの能力は鉄壁。殴られた程度では「痛い」とすら思わない。

 しかし緤那に殴られた胸から明らかな痛みが脳内に伝わり、ミナスは痛みというものを思い出した。


(何で能力が……!!)


 その拳はナイアの能力ではなく緤那のスキル。

 後に名付けられるそのスキルの名は"クリムゾンフィスト"。破壊力は通常攻撃時より格段に上がっているが、それ以上にこのスキルは衝撃的な追加効果を持っていた。

 クリムゾンフィストの追加効果は能力の破壊。殴った相手の能力を破壊することで、永久的に対象プロキシーの能力を使用できなくする。仮に相手がプレイヤーであればスキルさえも破壊されてしまうという、プロキシーにとってもプレイヤーにとっても脅威となる力である。

 ミナスは薄れゆく意識の中で緤那の新しい力の正体を考察した。しかし最終的に答えへと至ることはできず、ミナスは吐血しながらそのまま息絶えた。


「…………」

「せ、緤那?」


 緤那は何も言わず、1歩も動かず、その場で立ち尽くしていた。

 声をかけても反応が無く、焔は恐る恐る緤那へと歩み寄る。

 しかし焔が数歩進んだ時、緤那は融合を解除しながらその場に崩れ落ちた。


「緤那!」


 返事がない。ナイアの反応もない。加えて緤那の顔は青白く、呼吸も普段より荒い。


(文乃……)


 消えかけた意識の中で緤那は文乃の名を呼び、そのまま途切れた。

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