#26 Defense
昼前の色絵町で、プロキシー"ミナス"は実体を取り戻した。色絵町の外にある学校に通う緤那達は拠り所の声に気付かず、距離的な問題で樹里も声には気付かなかった。
「……実体は取り戻した。まず最初にやるべきことは……"これ"の後片付けね」
ミナスはアクセサリーのハンマーを強く握り、振り上げた後にうつ伏せ状態の拠り所へ向けて振り下ろす。
頭部はハンマーに潰され、耳から脳漿と血液、潰された脳の一部が噴出。さらに砕けた頭蓋骨が内側から頭皮を突き破り、つい数秒前まで"人間"だった頭部は異形としか言い表せないような悲惨な姿へと変わった。
拠り所となっていた男性の身体は少し痙攣したが、すぐに痙攣は止まった。
「脆い……」
拠り所は既に死んでいる。殺し本人であるミナスも理解している。にも関わらず、ミナスはハンマーを振り下ろし今度は拠り所の肩甲骨付近を殴った。
「脆すぎる……」
続いてハンマーは背中を潰し、背骨と腸が露出。路面とハンマーに潰された腸がへばりついたが、ミナスは止まらず今度は足へとハンマーを振り下ろす。
「けど……最高に気持ちいい……」
恍惚とした顔で人体を潰すミナス。頬に返り血が付着したがミナスは血を拭き取らず、潰された人体をさらにハンマーで殴る。
その姿はまるで、虫を殺して楽しむ人間の子供。普通のプロキシーにとって人間は虫以上の存在だが、少なくともミナスにとって人間は虫同然として認識している。
「もっと潰したい……」
ミナスは血塗れのハンマーを持ったまま、その場から離れた。
◇◇◇
休憩時間。舞那はいつも通り、スマートフォンでニュース速報や世界の出来事を閲覧していた。その途中、舞那は気になる速報を見つけた。
「色絵町で身体を潰された人が発見されたって……まさかプロキシーの仕業だったりして」
色絵町で男性が死亡していた。死因は鉄骨などに潰されたことによる事故死だと考えられたが、周囲に成人男性一人を潰せるような物体は見当たらず、警察は事故死から殺人事件へと考えを切り替えた。
しかし殺人事件とは言え、事件は分からないことだらけで、殺人事件と断定することすらも難しいとして、早くも事件は迷宮入りしたらしい。
「可能性は高いかも。けどプロキシーだったとすれば、残念ながらこの時間帯に対応できるプレイヤーはいない。私達みんな学校だし。駆除する時は見つけるのに苦労しそうね」
空色のプレイヤーを除けば、昼間のプロキシーに対応できるのは樹里ただ1人。しかし話を聞く限り、樹里のプロキシーは戦闘向けではない能力を持っている。加えて殆ど1人で店を営業しているため、仮に昼間にプロキシーが出現しても対応は難しい。
プロキシーが拠り所に寄生して、アクセサリーを取得、後に拠り所から分離するまでの時間は、長くとも15分前後。今までは大概出現直後に現場へ到着していたためプロキシーにも対応できたが、今日のような状況であれば確実にプロキシーは移動を開始している。
1度出現場所から離れれば、プロキシーがその場所に戻ることはない。加えて今日であればそもそも出現場所すらも分からない。
即ち、出現しどこかへ行ってしまったプロキシーを探すのは困難。
「でも、奇抜な服装と何かしらの武器もってたら、街中歩くコスプレイヤーじゃない限りプロキシーで間違いと思う。どうもプロキシーは色絵町から出られないみたいだし、手分けして探せば見つかる……かも」
「……私達以外で昼間も色絵町内に居て、尚且つどのタイミングでも動けるプレイヤーがいればいいんだけど……なんか居ない気がする」
「……いっそ学校辞めれば、私達がそうなれるんだけどね……辞めたら辞めたで問題があるけど」
「だね……特に緤那なんて辞めたら、緤那のファンクラブが絶望すると思うな」
「……その話題は止めて……って、何で焔がファンクラブのこと知ってんの!?」
「クラスの半分以上が知ってることだよ。みんな気を使って緤那の前では話題にしないけどね」
緤那ファンクラブの話題になった途端、緤那は青ざめて発汗した。緤那にとっての緤那ファンクラブは嫌悪感の塊であり、話題に出る度に非常に嫌な気分になる。
「ほら、授業始まるよ。青ざめてないで授業の準備しなさいよ」
「……青ざめさせたのは誰よ……」
緤那は次の授業で使う教科書とノートを机から取り出し、ため息を吐きながら机に置いた。
◇◇◇
6時間目が終わり、緤那のスマートフォンにメッセージが文乃から届く。
内容は『この後、正門に来てください』と1文だけ。しかしそれだけで文乃が何を考えメッセージを打ち込んだのかは理解できた。
6時間目の後のホームルームを終え、緤那と焔は小走りで正門へと向かう。
正門付近に到着し、緤那と焔は文乃と合流。焔がプレイヤーであることは事前に緤那から聞いていたが、実際に対面するのは初。
文乃と焔は軽い挨拶を済ませ、文乃の方から本題に入った。
「ニュース見ました?」
「潰された死体、だよね」
「はい。それと……色絵町内でまた新しい変死体が見つかったみたいです。新しい方も鈍器か何かで頭を潰されていたとか」
「じゃあもうプロキシーで間違いない、か……」
これまで出会ったプロキシーの中でもトップクラスの残虐性を覗かせるミナスに、緤那達は心の中で恐怖した。
「私抜きで何話進めてんの」
「唯……」
「プロキシー探すんでしょ。私も手伝うよ」
突然現れた唯は事前に変死体のニュース速報を閲覧しており、緤那達がプロキシーの探索をすることに気付いていたため、自転車に乗ったまま正門で合流した。
因みに今日は吹雪がバイトに出勤する日であるため、捜索はこの4人で行われる。
「……行きましょう。これ以上犠牲者を出す訳にはいきません」
文乃の言葉に緤那達は頷き、4人は各々プロキシーの捜索を始めた……のが、今から40分前の話である。
「いましたね……」
「アクセサリーはハンマー……あれで潰したんだね、多分」
緤那と文乃が住宅街を探している時、オレンジ色の髪をして、12月にも関わらず露出度が高く、趣味の悪い装飾が施されたハンマーを持った女性を発見。2人はその女性がプロキシーであると判断し、物陰に隠れて様子を伺った。
「あいつはミナス。最初は現世を管理してたけど、現世担当の中でもトップクラスのサイコパスだったから、最終的には地獄担当になったイカレ野郎よ」
ミナスはナイア達と共に現世を管理していた。しかし元より暴力的であり、クピドが問題を起こすよりも前に人間を嫌っていたため、合法的に人間を痛めつけられる地獄を担当することとなった。
ナイアは現世を管理していた頃のミナスしか知らない。そのためミナスが改心していたとしても、逆に残虐性を増していたとしても、ナイアは今のミナスを「知らない相手」として対面するつもりでいる。
「あいつの能力は覚えてる?」
「覚えてない……というか、そもそも知らない。セトは?」
「知らない。見たことないし、聞いたことも無い。誰も見たことがないってことは、管理には一切役に立たない能力ってことじゃないかな」
「となると自強化の能力が怪しいかな……でも、私達には能力だけじゃなくてスキルがある。今までだってそうやって勝ってきたんだし、今日も勝てるよ」
「……だよね」
緤那と文乃はアクセサリーを装備し、周囲を見回すミナスに歩み寄る。
ミナスは近付いてくる2人と、その斜め後ろを歩くナイアとセトに気付き、状況を察してため息を吐いた。
「意味が分からない。人間なんかと共存して楽しい?」
「少なくとも現世を管理してた頃よりも楽しい。けど、ミナスには一生理解できないだろうね。まあ……その一生ももう終わるけど」
「「変身!」」
緤那と文乃は同時に融合し、殺意剥き出しのミナスと改めて対面する。
「はぁ……来なよ。気が済むまで相手してあげる」
ミナスはハンマーに赤いライティクルを集約させ、能力を発動した。
対する緤那は早期決着を考え、助走無しで加速を発動、スピードと体重の載った拳でミナスを殴る。
「……嘘でしょ……」
殴られたミナスはその場から動いていない。
以前出会った結界のプロキシーとは違い、拳は確かにミナスの腹部に当たっている。にも関わらず、ミナスは平然とした顔で眼前のナイアを見下す。
「ナイア達だって私と同じプロキシー。プロキシーである私が強いんだから、ナイア達が弱いはずない……けど」
ミナスの能力は"鉄壁"。自身、或いは対象の硬度を上げ、攻撃や衝撃によるダメージを最小限に抑える。
自身に能力を付与すれば、ナイアの加速は勿論、アスタの手甲鉤でさえも殆どノーダメージで受け流せる。
「2人じゃ私の身体を傷付けることなんてできない。セーラさえ居れば、状況は変わってたんだろうね……ほんと、居なくて良かった」
ミナスはライティクルを集約したハンマーを掲げ、ナイアに向けて振り下ろした。
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