#25 Convenience

「え!? あれ初陣だったの!?」


 戦闘を終え、すぐ近くの公園で反省会(?)を開いた緤那達3人。


「うん。初めてだったけど案外うまくいくもんだね」

「私……唯にアシストして貰ってようやく戦えたんやけど」

「私も……そもそも融合の方法とかも分からなかったし」


 初陣であったため焔はライティクルの使い方も、変身の方法も、プレイヤースキルや能力の発動方法も知らない。にも関わらず、とても初陣とは思えない程の戦いを見せ、既にプレイヤーとして幾度か戦いを生き延びてきた緤那と吹雪を驚かせた。

 普段から周囲の人間には平々凡々だと思われている焔だが、戦いにおいては意外な才能を発揮。もしもクラスメイトが焔の才能を知れば、二度と平々凡々などとは吐けないだろう。


「そういやプレイヤーって何人いるの?」

「私達入れて、えーっと……6人」


 吹雪が把握しているプレイヤーの人数は緤那、文乃、唯、樹里、焔の5人に、自身を含めた計6人。


「いや、もう1人いたから7人だよ」

「もう1人?」


 緤那は昨夜見た空色の髪のプレイヤーを知っているため、現時点分かっているだけでもプレイヤーは計7人。

 しかし件の少女について緤那が理解しているのは「少女がプレイヤーであること」と「敵ではないこと」のみ。名前も分からなければ少女が日本人なのか外国人なのかも分からない。

 緤那は脳内に空色の少女を思い浮かべるが、やはり分からない。ただ改めて理解したのは、人形のように美しい少女の容姿と、外国人にしては比較的流暢な日本語。

 可愛い。綺麗。抱きしめたい。妹にしたい。連れて帰りたい。嗅ぎたい。触れたい……と、考えれば考える程変態に近づいていることに気付いた緤那は、一旦少女についての思考をストップした。


「意外に多いんだね、プレイヤーって……っと、私お昼ご飯買いに行こうとしてたんだった。今日はこの辺にして、また学校でいろいろ教えてくれる?」

「いいけど……プロキシー殺した直後だってのに食欲あるの?」

「え? 失せるものなの?」

「……ううん、何でもない」


 幼なじみである緤那ですら今まで知らなかったのだが、焔のグロ耐性は異常であり、仮に腹が裂けて小腸などの臓器がボトボトと流れ落ちる映像を見ていたとしても、何の躊躇いもなく食事を行える。

 とは言えグロテスクな人間の映像に強いだけで、虫などに対する嫌悪感は人並みかそれ以上。仮に虫と同じ見た目をしたプロキシーが現れれば、対面した瞬間全身に鳥肌を立て逃走、或いは失神する。

 しかし害虫を発見した際は、怯むことなく駆除を行う。そのため過去に害虫を逃したことはなく、校内に出現した蜂や黒い悪魔ゴキブリを見つけた際は確実に仕留めている。

 焔の意外な戦闘能力は、普段から素早い虫も絶対に逃さないようにしているが故の技術なのかもしれないが、焔自身そのとこには気付いていない。


「じゃあまた学校で」

「うん、また」


 焔は自転車に乗り、コンビニに向けて文字通り漕ぎ出した。





「どした?」

「ん~……いや、ちょっと気になることがあって」

「何?」


 難しい顔をする緤那は、吹雪の質問に対し回答しようと口を開きかけた……が、躊躇いが緤那の口を再度閉じた。

 時間にして約3秒。しかし緤那の体感的には20秒程。その3秒間で緤那は躊躇いと決意を繰り返し、最終的に決意が躊躇いを凌駕し改めて口を開いた。


「いや……逆だなーって」

「逆?」

「吹雪は炎で、焔は氷(正確には冷気)……名前と能力が逆なんだよね」

「あー……言われてみれば。まあでも私達の能力やなくてプロキシーの能力やし、逆でもええんやない? ややこしいやろうけど」


 緤那も唯も以前から気になっていた。吹雪という名前にも関わらず、使用する能力は炎。

 ずっと言うことを躊躇ってきたが、冷気を使う焔が現れたため躊躇いも限界を迎えたのだ。

 しかし吹雪的には特に気になることではないため、深くは考えなかった。


「さて、妹が心配しとる(とは思えんけど)けん私は帰るね」

「うん、またね」


 緤那と吹雪も別れ、各々自宅へ向かって歩いた。


 ◇◇◇


 この日、文乃は考えていた。

 幼い頃の記憶。ショートボブの女性にアクセサリーを手渡され、2人だけの約束をした。

 その約束を忘れないために、愛歌を真似て伸ばしていた髪を切り、あの日会った女性と同じショートボブに髪型を変えた。

 だがやはりアクセサリーを渡してきた女性の顔は思い出せない。思い出そうと記憶を辿る程、文乃の脳内に霧のような妨害が入る。

 今までは単純に、時間の流れにより記憶が漠然としているのかと思っていた。しかし先日ナイアが言っていた「時には都合が良く、時には都合が悪い世界」という言葉が思考を変え、世界自体が文乃の記憶に霧をかけているのではないかと考えた。

 フォルトゥーナは天国を管理し、ゾ=カラールは地獄を管理している。現世を管理し、現世への干渉を可能とする神であるクロノス、ティアマト、クピドは既に死んでいる。

 神により「都合」を変動させられているのであれば、納得はできないが何となく理解はできる。しかし神はもう死んでいる。緤那や文乃の都合を変動させられる存在はいない。

 最終的に行き着いた考えは2つ。神により都合を変動させられる訳ではなく、この世界自体が都合を変動させている。或いは、原初の神ではないもっと大きな存在が関与している。

 もしも後者であった場合、その存在というのは一体何者なのか。それだけはいくら考えても仮説すら立てられなかった。


(セト、原初の神が生まれる前のことって知ってる?)

(神が生まれる前……いや、考えたことも無い)

(……命は命から生まれてくる。プロキシーだって神から生まれた。なら、神にだって自分達を生んだ命があると思うんだ……)


 プレイヤーは目的を各々の果たそうとしているが、それ以前に誰しも今を生きるために戦っている。加えて現時点存在しているプレイヤーは皆少女。戦い以外にも学業などがあるため、プロキシーや神の起源などを気にする余裕などない。

 緤那は1度だけ戦いの起源を知ろうとした。しかしナイアから聞いた話はあくまでもプロキシーの起源であり、神の起源については一切聞いていない。

 そしてプレイヤーの中で唯一、文乃だけが神の起源を知るためプロキシーに問いかけた。もしも知ることができれば、文乃は恐らく人類で唯一神と世界の起源を知る存在となる。


(……卵が先か鶏が先か。いくら考えても人間……いや、私達も答えは出せない。仮に答えを出したとしても、それを証明する術がないからね)


 しかし神により作られたプロキシーであるセトでさえも神の起源は知らない。考えたことすらない。


(ただ私の見解を言わせて頂くと、神の起源を知った時、多分話は私達の常識が通用しない領域になると思う。あまり追求しないほうがいいよ)


 常識が通用しない、言わば神の領域に踏み込んだ人間は存在しない。

 神の領域に踏み込めば人間はどうなるのか。

 ただ理解しただけで済む。人間が知れない話を知り脳がフリーズする。そもそも人間では神の領域の話を聞き取れない。聞いた時点で人間ではなくなる。他にも、考えれば考えるだけの可能性が出てくる。

 セトは自信が考えた可能性を恐れ、神の領域へ踏み込もうとはしなかった。


(セトにも怖いことあるんだね)

(……怖いと思うものがない奴なんていないよ)


 その言葉を最後に、文乃とセトの会話は途切れた。

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